第七十話 王嶌(わじま)治記(はるき)
前回のあらすじ
『正義執行委員会』の根城、『疑似学園都市の隙間』
そこに俺は何処か感動させられていた。
この、温かい気持ちはいったい。
ひと際大きい屋敷に連れてこられた。
そして、キノミは挙動不審に入口近くをあっちにフラフラこっちにフラフラと歩きまわっている。
「どうしよう、どうしようどうしよ?」
男がやっているその行動に若干の気持ち悪さを感じてしまい思わず声をかけてしまった。
「ここなんだろ? その副委員長がいるところは。なら何でしり込みしているんだよ?」
「おかしい、おかしいおかしいんだよ! どうして誰も当然という顔をしているんだ? 僕はすぐに目覚めて静沙ちゃんを起こした。ここに五分くらい遅れて来たとは思うけど。伝わるのがあまりに早すぎる!」
「それは、何か不味いのか?」
「大ありだよ! 末端の末端まで君の存在を知られているってことだぞ⁉ ここにいる人々は総じて他人を受け入れるのに時間がかかるはずなんだ。僕でもあの手この手を使って三日かかった‼ それを、たった数分で受け入れる⁉ そもそも知られないようにしないといけな」
ガタン! と屋敷の中から扉が開け放たれた。
「うるさい。キノミ、早く入って」
「し、静沙ちゃ~ん。うえ~ん‼ 怖かった~よ‼ 静沙ちゃんの命令を守れないことがとても怖かったよ~」
「うるさい、気持ち悪い、近づくな!」
ハグをしようとしたキノミだが、あっけなくビンタで撃退されてしまった。
キツイな、あれは。
「はぁ。これでご飯三杯食べられる、よ」
地面に、決して女性に見せてはいけない変形した顔で倒れこむキノミ。
そのまま、明日を迎えればいい。そしてそのまま会わずにお別れしたいよ俺は。
「表道、大丈夫なのか?」
「大丈夫。上手くいった。それにしても、初めて知った。ここにいる人のほとんどは、あなたに縁を持っている人が多い」
「縁だと?」
確かに俺が作った委員会だ。そりゃ多いだろう。でも、
二年になってからは地獄に突き落としたやつが多いし、一年の時の俺は虐められそうだったから暴走したにすぎない。それを縁といういい意味でとらえている、のかよ?
一年前の事なんて、とっくに何かした本人は忘れているのにな。
屋敷を入口をくぐって畳敷きの部屋を一つ、また一つ通り過ぎる。俺は母方の実家にあたる祖母の家を思い出していた。
とても懐かしさを感じさせる。あの家では沢山、ドタバタと飛んだり跳ねたりしたっけ。
それに祖母は黙ってニコニコとしていて――。
「この角を曲がったら私達のリーダー。副委員長、失礼します」
「ああ、よく来た、慎」
床下にある草履の上近く、穏やかな庭にあと一歩で入れる板張りの廊下にいる、正座をしている人間がこちらを見てほほ笑む。
ゆっくりと時間が流れている、もっともそう思うだけだ。何処かどこか、彼の空気がそうさせているんだ。
小鳥が肩に止まる、チュンチュンと包帯を片方にしている男は手を差し出した。
日光が降り注ぎ彼をさりげなく主張させている、その人の手に当たり前でしょというように止まる小鳥。
こいつが、王嶌治記。俺が作った『正義執行委員会』の現リーダー。
「改めて、久しぶりだ、慎。どうだい、世間はどうしようもないくらい、どうしようもないかな?」
人は、『どうしても信じたい』と思うだけの人間を感じ取る時がある。
彼が、俺にとってまさにそうだった。
クソ、この感情を認めるな! こいつは人を殺そうとした、世界を壊そうとした!
その行動に、どこにも正しいと感じる所はないだろう!
「久しぶり、と言っても俺はお前のことはとっくの昔に忘れている。しかし、お前に言う言葉はそう変わらないはずだ。世間なんてどうでもいいと思っているやつがその質問を言うんじゃねえよ」
「そうか」
「し、慎様! 副委員長、こうは言ってますが、彼は私達の委員会に戻ってきた。『いじめや引きこもり専用の探偵、警察機関と彼らを治療する国家資格を作る』を私達委員会に使命として残した彼が」
「静沙、すまない。少し席を外してくれないか?」
「は、はい。失礼、します」
ビクビクとしている表道を、俺はその時初めて見た気がした。
離れていく静沙、そして、何処かで笑い声が響いた。
「慎、ここは好きかい。私の理想を突き詰めた場所を」
こ、こいつまさか!
「どうりで。懐かしさを感じたのはそういう事か。お前の理想は俺のをコピーした、いや昔の俺の理想そのものに世界を似せたんだろう」
「さあ、『心地いい』に誰かの区別はないだろう」
早く離れたほうがいいと感じた。こいつは際限ない力で俺を味方に引き入れようとしている気がする。
「息がつまる場所にいたからね、いち早くここに慣れたほうがいい。静沙が言っていたがこの後体験授業を受けたいらしいね。終わったら、私と飲み明かそうじゃないか」
未成年者に酒を進めるな、と言いたいが。背筋が寒くなってきた。会話を最短で済ませるために頷いていたほうがいいな。
「わかった。また相談しに来る」
「嬉しいよ。竹夏もきっと喜ぶ」
その言葉に、動揺しそうになる。王嶌に隙を見せるな。そうだ。そのまま今知ったという顔で帰るんだ。
「ああ、あとで声をかける」
俺が一息付けたのは王嶌から離れた後、抱き着いてきた表道の温かみを知った時だった。
「良かったの?」
「何がだ?」
俺の時には気配を消していた可愛らしい少女がころころと笑う。
「だって本当は何をしに来たか知っているんでしょ? ここで殺さないと後々厄介だよ?」
ドキッとする。この会話はキノミの能力で覆った盗聴器で『疑似学園都市の隙間』から離れた後聞いていた。会話を盗み聞きするのも、ここまでかと思った。
「そうだな。また良いことをしてしまうな」
「私が殺そうか?」
「いや、『彼』が黙っていないだろう。『君にとって不自然な、非自然な空間を作ろう。ここに簡単に帰ってこられるようにしたら、きっと君はここに居てはいけないことを理解するだろう』。私の考えどおりだ」
「あ~もうつまんないぃ! 【洗脳女神】の力を全力で使えばいいのにぃいいい!」
「あいつは俺を、俺の本質を知ってくれた。悪人で居続けるための理由になってくれるだけで十分」
「ま~た。『何も変わらない』って話ぃ?」
「ああ、俺は一生を悪人で過ごすと決めている。それが前世で人を殺すほどの優しさを持った、俺の罰だ」
俺は、この会話に何かヒントがあると衝撃を受けたはずだったのに、いつの間にか忘れてしまっていた。




