74日目 風雲急を告げる
●74日目(グリウス歴863年7月16日)
夜の間に読みふけっていたので、一通り読み終わった。
この世界の創造主なのか管理者なのかは不明らしいが、
我々にとっては神と呼ぶにふさわしい存在の様だ。
その名はツクヨミという。
また、アルテミスやセレネ等、様々な呼ばれ方をしているらしい。
要は元の世界では月の女神と呼ばれている存在の名だ。
はっきりとは分からないが月とこの世界は
何かしらの因果関係があると思われると考察されている。
簡単に言えば、その存在がこの世界の主神という事なのだろう。
そしてこの魔法使いは元々、日本人で名をヨウコという女性だ。
彼女もこの世界に転生させられた存在で、
一時期、大量の異世界人が転生するという事があって
その時の転生者の一人なのだとか。
しかし、その時期の最後に事件が起こる。
転生の事故なのか分からないが、元の世界とこの世界とはまた別の世界から
神が迷い込んだらしい。
その神は所謂、敵対せざるを得ない存在で、
現存の神とは相容れないものらしい。
そしてこの神が目的は分からないが、
転生する者達を転生の途中で攫ってしまうというのだ。
この事件の真相を突き止めつつあったが、
この悪神による介入で呪いを受けて死んでしまったようだ。
この神に対抗する為に用意されたのが、
この送還のワンドという名前のワンドと雷神剣のようだ。
他の魔具も集めたかったらしいが、見つけることが出来なかったようだ。
その事件以来、転生者の数は激減した。
実際に減っただけなのか、攫われたのかは不明のようだが。
この悪神の名はシャックスと呼んでいる。
元々の我々の世界では悪魔の名と同じである。
それが同一のものを指しているのかは不明らしい。
この神の名が分かった経緯は転生時に攫われた者によって
もたらされた名前だという。
そして、ヨウコさんがいた時代はグリウス歴370年、
つまり約500年前という事になる。
ただ、ヨウコさんがこの世界に来たのは平成2年のことらしい。
元々いた時代は同じような時期なのだが、
転生した時間軸はユミコの時と同様にかなりのズレが生じている。
シャックスという名前と盗みを司る神と分かって、
この事態をツクヨミに対応してもらおうと
神との交信を試みた時に手違いなのか失敗したからなのか、
現れたのはシャックスの方だった。
魔法陣で守られていたのだが、それでも呪いを受けて、
この手記を最後に書いて死んでしまったようだ。
考察というか予測というかこのシャックスの目的について書かれている。
ツクヨミに係わる者達の無力化と同時に
シャックスの尖兵となる者達の創造、確保なのではないか、
最終的にこの世界をツクヨミから奪おうとしているのでは無いかと
考えているようだ。
これらの事を朝食の時に2人に話した。
「話の規模が大きすぎて理解し難いな。」
「確かに、グリウス歴が始まった事から転生者と呼ばれる者達が様々な時代で人間族の間で活躍しているという話は知っています。エルフ族にも稀にそのような者が出現しているという話もありますが、エルフは基本排他的ですから、そう言った者達は得てして旅に出て行ってしまい、その後の事は知られていませんわね。」
ヒュリアとギームがそれぞれ答える。
「何にしても今すぐどうにかなる話でもなさそうじゃな。」
「そうそう、アルス。昨日見つけた雷神剣なんだけど、エルフの言い伝えで思い出したことがあったのよ。この世界には4大魔剣というものがあって、炎の剣、氷の剣、雷神剣、風神剣の4本があるとされています。それぞれにイフリート、フェンリル、ヌエ、ジンという高位精霊が封じられていると言われています。魔剣の中でも特に強力な物で剣に認められなければその剣を振るう事すらできないとも言われています。もし、昨日の剣が伝説の魔剣ならば慎重に扱った方が良いと思うわよ。」
「そうなんだ。昨日、剣を抜こうとしたけど抜けなかったのはそう言った意味があるのかもしれないね。どうすれば、認められるのかな?」
「予想だけど、アルスなら剣に魔力を流せば抜けるかもしれないわよ。」
「今度やってみるよ。」
「それで、今日はどうするのじゃ。追跡も失敗してしまったようじゃし、これ以上は難しいのではないかな。」
「そうだね。残念だけど一旦王都に戻る事にしようか。それでね。試したい事があるんだけど、2人には協力してもらいたいな。」
「まさか、あれをやるんじゃないでしょうね。」
ヒュリアは嫌そうな顔をしている。
「あは。」
笑って誤魔化す。
朝食を済ませて、地下にあったチェストボックスを回収して表に出る。
「さてと、2人とも帰る準備は出来てる?」
「ええ、大丈夫よ。」
「リリーはいつも通りね。」
リリーは服の中へ潜り込んだ。
「それじゃあ、2人ともしっかりと手を握っていてね。」
2人がしっかりと手を握ったのを確認して魔法を発動させる。
「テレポート!」
最初のテレポートで上空へ向かって瞬間移動する。
完了したその瞬間に連続でテレポートを発動させる。
一瞬落ちそうになるが、その前に次のテレポートで
瞬間移動するので落ちる事はない。
ただし、MPの回復は見込めないのとヒュリアとギームが慣れるまで
4~5回の連続テレポートで小休止する事にした。
ヒュリアは2度目なので今回は前回ほど取り乱してはいないようだ。
「ギーム、大丈夫?」
ギームは前方を見据えたまま、微動だにしない。
一旦、手を離そうとしたのだがギュッと握られていて離す様子もない。
ヒュリアの方はすぐに手を離したので、ギームの顔を覗き込む。
「ギーム、大丈夫?」
もう一度問いかける。
ギームはハッとしてこちらを見る。
「な。なんじゃ、もうおしまいか。全然大したことなんぞ無かったぞ。」
「そう?だったら、もう少し連続で飛んでも大丈夫そうだね。ヒュリアも大丈夫?」
「私は2度目ですからね。流石に少しは慣れてきたわよ。」
ヒュリアは目がいいので、急激に景色が変わる様がまだ慣れないらしい。
そうこうしている間にMPも回復してきたので、再度2人の手を握る。
「も、もう休みは終いか?」
「うん。それじゃあ、もう一回行くよ。」
「テレポート!」
「ま、待つ・・・のああああああああ!」
こうして、昼前にはドワーフの王都の近くまで戻ってくることができた。
2人が少し疲れた表情だったので、休憩がてら昼食を取る事にした。
「たしかにこの方法だと移動も早いですが、なかなかなれませんね。」
「儂は時間かけても歩いて旅をしたいものじゃ。」
「そう?行くときは歩いてきたから、別に帰りは歩かなくてもいいと思うけど。」
「そんなことはないぞ。歩いていれば色々な草花を愛でたり、もしかしたら何か面白い事が見つかるやもしれんて。」
「新発見は別にして、ドワーフに草花を愛でる習慣があったなんて初耳ですわよ。」
ヒュリアはギームを揶揄う様に言った。
「フン、ドワーフも時にはそう言う事もするのじゃ。」
「あら、そうなの、それは知らなかったわ。木や草を無造作に切っていたのは誰だったかしら?」
クスッとヒュリアが笑う。
「あれは、アルスが歩きやすいようにだな、・・・まあ、良いわい。」
食事後、歩いて王都に入る。
ドワーフ王国では一応街に入る手続きが必要でテレポートや
フライで入る事はできない。
審査といっても、持ち物や目的などの簡単な口頭申請だけなので、
時間はそれほどかからない。
街に入り、そのまま王城へ直接向かう。
王城に入る際にも検査があったが、ギームのおかげで大した手間なく
入る事が出来た。
ギームとヒュリアはそれぞれ報告があると言って別れた。
その間俺は部屋で待つように言われたので部屋で日記の続きを読んでいる。
魔剣の取り扱い方法について書かれていたのを見つける。
「試してみるか。リリーは少し離れていてくれるかい。」
リリーはそのままベッドの方へと飛んで行く。
日記に書かれている内容で、雷神剣の所有権を剣に認めさせる方法を
やってみる事にした。
日記ではヨウコさんは雷神剣をものにできなかったと記されているが、
方法についてはしっかりと書かれていた。
その方法は至って簡単だ。
剣の柄を握り、魔力を流し込みつつ、鞘から引き抜く。
その時に剣が暴れると言っても雷神剣の場合は放電するらしいので、
その対策もしておく必要がある。
後は、魔力で押さえつける様にすれば、魔力によって雷神剣は
その所有を認めて意のままに使う事が出来るようになるらしい。
まず、対抗魔法を発動させる。
「プロテクションフロムサンダー!」
「マジックプロテクション!」
「マジックシールド!」
「身体強化-全」
防御魔法を発動させた後、柄と鞘に手をかけて引き抜けるように持つ。
柄の方から魔力を一気に流し込み、引き抜く。
引き抜く際に僅かな抵抗が感じられたが、予想より簡単に引き抜けた。
しかし、引き抜いたそばから、剣から放電が起こった。
防御魔法をかけてはいるが、完全にダメージを遮る事は出来なかった。
「くッ!」
若干の痛みに堪えながら、魔力を更に流し込んでいく。
魔力を更に流し込んだ時、頭の中でヒョーヒョーと
何かの鳴き声のようなものを感じたのだが、
その鳴き声の後には放電が収まっていた。
握っていた時に感じた抵抗感も無くなり、
剣が自分に同化したような錯覚すら覚える。
剣はショートソードよりも長く、
全長で約1m弱で刃渡りで70~80cmくらいだろうか。
今の俺が振り回すには少し長すぎる気がする。
ただ決して振れない長さではないが
戦闘での自由度を欠くという点では厳しいかもしれない。
そう感じながら、袈裟斬りのように振ってみる。
やはり、切りつけた時に地面にぶつかってしまう可能性が大きい。
剣を横に構えて眺める。
「このくらいの長さなら、ちょうど良いのにな。」
といって、ちょうど良い長さのあたりを左手で触る。
すると、頭の中であの鳴き声が聞こえたと同時に剣が短くなった。
自分のイメージする長さピッタリだ。
「へー、魔剣って大きさも変われるんだ。凄いな。」
思わず、口から感想が出てしまう。
少し短くなった剣を振ってみる。
「うん。いい感じだ。」
鞘に剣を戻そうとした時にふと鞘の大きさは合うのだろうかと
疑問に思いつつも鞘に仕舞ってみる。
すると元々鞘もその長さであったと言わんばかりにピッタリと収まった。
しかし、これほどMPを持って行かれるとは思わなかった。
魔力の値が高いおかげで何とかなったのだと思う。
これだと中々扱える者がいないのも頷ける。
コンコン。
「アルス、いる?」
部屋の外からヒュリアの声が聞こえてきた。
「開いてるよ。」
ヒュリアは部屋に入るなり、神妙な顔つきをしている。
「何かあった?」
「ええ。詳しい話はたぶんギームが持ってくるわ。」
「あまりいい話ではなさそうだね。」
ヒュリアは何も言わず椅子に座る。何か考え事をしているみたいだ。
そしてほんの数分後、ギームが入ってきた。
ギームも厳しい顔をしている。
「ギーム、一体何が起きたのか教えてくれる?」
少し、黙ったままだったが、ギームはその重い口を開いた。
「戦争じゃ。戦争が始まった。」
「どこで?何処と何処が?」
「帝国と法国とよ。」
ヒュリアが代わって答える。
「先程、ジュノー王国経由で情報が入ってきた。3日前の7月13日に突如帝国が法国へ向けて宣戦布告をしたそうじゃ。法国では元々13連合国という場所で内戦状態になっていたらしい。その内戦で帝国に恭順した側が帝国の援軍を受けて勝利したそうじゃ。その時に中立を謳っていた者と反帝国側の者が全員処罰されて6国で支配されるかに思われたのだが戦勝国による調印式で帝国がその戦勝国の者達を全て襲って殺してしまったようじゃ。元々その計画だったんじゃろう、帝国から軍隊が進駐してきて一気に占領されてしまった。」
ここまで一気に説明してギームは一口革袋の水を飲んで話を続けた。
「法国ではこのような事態を想定していたわけではないが、内戦状態で難民が押し寄せる危機感から国境にそれなりの部隊を置いていたそうじゃ。そしてこの情報を得てすぐに国境を封鎖。追加の軍も送って様子をみていたそうじゃ。帝国は最低限の部隊を残して、法国との国境まで進軍し、そのまま宣戦布告をしてきたそうじゃ。初めは川を挟んでの睨み合いで終始していたらしいのだが、理由は不明だが、突然戦線が崩壊して帝国に侵入されてしまったようじゃ。14日になってジュノー王国に法国から援軍の要請が出されたのだが、昨日の段階ではジュノー王国と法国の間に援軍の為の部隊が集結中となっておる。状況から法国はかなり追い詰められている可能性が高い。下手をすると法国の首都はもう戦場になっているか、すでに落ちている可能性もある。ジュノー王国では、このような電撃的な作戦に戸惑いつつも、法国との間に砦を構築中と聞いておる。その為、こちらに回す救援物資等は一時凍結となっておる状況だ。」
「そんな、間に合わなかったという事か。」
「仮に調査が成功していても戦争は起こるべくして起こったのだ。アルスのせいではないぞ。」
ギームが諭してくれる。
「それで、それ以降はどうなってるの?」
「情報はここまでじゃ。そもそも1日前の情報が得られただけでも幸運な事なんじゃ。」
「そうだよね。」
情報伝達の遅さと不便さを忘れていた。
2人の顔が優れない理由が何となく分かった。
「それでエルフとドワーフはどうするつもりなの?」
「今、それを協議している段階だ。儂も無理行ってこっちに来させてもらった。すぐに戻らねばならん。」
そう言って、ギームはヒュリアをチラリと見る。
「エルフの対応がどうなるかはここではわかりません。私も急ぎ戻る必要があるでしょう。」
ヒュリアは意を決した様に話を続ける。
「アルス。もし良ければ私と一緒にエルフの王国に行きませんか。話を聞く限り帝国の戦力は強大です。法国が抵抗できているならまだしも、法国がすでに滅亡しているような状況ならジュノー王国が単独で帝国と渡り合えるとは考えにくいと思うわ。それならばいっそ、エルフ王国に住む事も選択肢に入るのではなくって。そう、それにアルスはエルフ領に家を買ったじゃない。いい機会なんじゃないかしら。」
「そうだね。それも一つの選択肢だね。」
ヒュリアの顔が一瞬明るくなったが、すぐに俯いた。
「でも、その判断は今じゃない気がするんだ。何れ家に帰るにしてもあそこにも世話になった人達がいる。戦争は怖いけど、もし、守れるなら守ってあげたい。それと、一連の事件の黒幕が帝国にあるのなら、今やれることをしなければ取り返しのつかない事になる気がするんだ。だから、俺は一旦ランゴバルドに戻るつもりだよ。もちろん、ヒュリアを無事にエルフの王都まで送った後でね。」
ヒュリアは少し悲しそうな顔をしていたが、分かったと言って顔を上げる。
「なら、急がないとね。まだ、時間もあるわ。アルスなら、日暮にはエルフの王都へ着くのでしょう。」
「気をつけて行くんじゃぞ。特にアルス、戦場にもし立つことになったら十分に気をつける事だ。戦果よりも生き残る事に注視するんじゃぞ。」
ここでギームとは別れ、エルフの王都を目指す。
テレポートの魔法を駆使して、日暮前には何とかエルフの王都へ
着くことができた。
「アルス、何度も言うけど、本当に気をつけてね。今日は宿に泊まるのでしょう。私も明日は忙しくなるわ。だから、ここで一旦お別れね。必ず、戻ってくるのよ。家に案内してくれる約束憶えていてね。」
「大丈夫だよ。無理はしないから。ヒュリアも元気で。」
宿に着いてベッドに横たわる。
「なんで戦争なんかになってるんだろう。みんな無事だといいけど。」
明日は早く出発するため、早く就寝する事にした。




