75日目 ギルド長との会談
●75日目(グリウス歴863年7月17日)
昨日は寝付きも悪く、少し遅い時間に目覚めた。
宿屋で食事を済ませて、ランゴバルドへ向けて出発する。
フライの魔法とテレポートの魔法を駆使して行くことで、
昼前にはランゴバルドの街の近くに到着する事が出来た。
いつもは開かれている門が半分程しか開けられていない。
やはり戦時中ともなればいつでも城門を
閉じられるようにしているのかもしれない。
しかも出入りしている者はほとんどいないという異様さが伝わってくる。
門の前まで行くと門番から声を掛けられる。
「止まれ。身分証の提示と訪問目的を話しなさい。」
門番の一人が訊ねてくる。いつも見かける門番の人達ではなく、
見かけない顔の門番だった。
「俺はこの街の冒険者でアルスといいます。戦争になったという話を聞いてエルフの街から戻ってきました。」
そう言って、冒険者証を提示する。
「Aランク冒険者?」
その門番はジロジロと見て如何にも嘘をついているんじゃないかという目で
見てきた。
その時、門の近くを偶々通り過ぎようとした別の門番が
俺に気付いた。
「アルス君じゃないか。戻ってきてくれたのかい。向こうでの仕事は終わったのか?」
この門番は時々見かける顔で顔なじみになりつつあった人だ。
出発する時にいた門番の人で街を出る時に
俺がエルフの街に仕事で出る事を憶えていてくれたらしい。
見慣れた門番達にはどこへ出かけるかとか長く空けるとか
そういった話を伝える慣例がある。
門番がいない時には、勝手に出て行く事も多いのだが、
今回は偶々伝えていたのだった。
「これから、ギルドへ報告に行こうと思ってます。それより戦争になったって聞いて急いで戻って来たのですけど。」
「現在の状況は俺達からは話せないんだ。すまないが、あんたなら、ギルドか適当な所で話を聞けるだろう。そっちで訊いてくれ。」
申し訳なさそうに答える。
先程、胡散臭そうに見ていた門番もこのやり取りを見ていて、
バツが悪そうに冒険者証を返してくれた。
「通って良し。」
許可も出たので、門から街中へ入っていく。
そしてそのまま冒険者ギルドに向かう。
冒険者ギルドでは、入るなり受付カウンターから声を掛けられた。
「アルス君。」
手を振って呼んでいるのはヘレンさんで実に2週間ぶりの再会だ。
「ヘレンさん、元気でしたか。」
カウンターへ近づいて話しかけた。
「アルス君も元気そうね。ギルド長は2階のいつもの部屋よ。アルス君が帰ってきたらすぐに通すように言われているから行ってきて。」
そう言われたので、2階のギルド長の執務室へ向かう。
執務室の前でコンコンとノックをすると中から「入れ」と声が掛かる。
扉を開けて中へ入ると、書類の山に埋もれたシモンギルド長が
書類の隙間から覗いてきた。
「おお、アルスじゃないか。予想より早く帰ってきたようだが、仕事は無事完了したのか?」
立ち上がりつつ、椅子へ座るよう誘導する。
「それじゃあ、報告を聞こうか。」
「結論から言うと、調査は失敗だった。これといった証拠らしい証拠はないよ。あるのは状況証拠だけだね。」
「詳しく聞こうか。」
「まず、エルフの王都へ出向いて今回の話をしてみた。エルフ側はこの話の信憑性を確認するために調査の協力をしてくれたのだけど、基本的にエルフ側では、巨人族の襲撃もそれほどの規模でもなかったし、情報はほとんど得られなかった。そこで、エルフの協力者と一緒にドワーフの王都へ行き、ドワーフにも協力を要請したんだ。そこで、一番襲撃の酷かった場所まで行って、その付近にある巨人族の襲撃前のキャンプ地を調査しに行ったけど何も得られなかったんだ。ただ、その後に近くの森で火のような明かりが見えて一瞬人がいた様に見えたという証言が出てきたんだ。その灯りは2日前の深夜の事だったので、その灯りのあった場所まで捜索に出たんだ。そこで人かエルフか分からないがドワーフではない足跡と服の切れ端を見つけて、その足跡の追跡を行ったんだ。だけど、その足跡も川辺までで見失う事となった。その足跡は巨人族のいる荒野から王都を迂回して川向うに出たのならば、向かう先はランゴバルドか法国の方へ行くかのどちらかになると思う。ただ、ここまで人目を避けて移動している事を考えれば、妖魔の森を抜けて法国の北部をとおり帝国に入ったとも考えられると思う。というか、それの公算が高いと俺は考えてるよ。」
そこまで話すと受付の人がお茶を運んできたので、話を一旦止める。
その人が部屋を出て行ってから再び話を戻す。
「そこまで調べて再度ドワーフの王都まで戻って来た時に戦争の話を知った。それで急いで戻ってきたんだ。」
「そうか、やはり証拠を得られるのは厳しいか。それで、エルフやドワーフはどんな反応だったのだ?」
「基本的にはこちらの考えに同調はしてくれたと思うけど、実際エルフやドワーフから見て人族の国家の考えや行動などは理解し難そうな感じだったかな。特に帝国とは直接的な繋がりもないし、法国より東についてはあまり情報を持っていなさそうな感じがしたな。」
「そうだろうな。」
「報告は以上だけど、今、法国、十三連合国、帝国はどうなっているのか教えて欲しいんだけど。」
ギルド長はお茶を一口啜ってから話し始めた。
聞いていた内容とほとんど変わらなかったが、
十三連合国の各領主のほとんどは殺されてしまい領主一族も概ね殺されたか、
幽閉されたかのどちらかだという事。
十三連合国は13の都市がそれぞれの領の唯一の街の為、
今はそれぞれの都市で帝国の代理の為政者が支配しているとの事だ。
つまり、実質的に帝国に占領されてしまったようだ。
法国については、最初は帝国と国境で睨み合いをしていたが、
法国側は内通者が帝国兵を誘導し、そのまま戦線が崩壊。
一気に敗れ去ったとの事だ。帝国はそのまま法国の首都に攻め入り、
法王や主だった重鎮は全て捕らえられたか殺されたようだ。
ただ、その中でジュノー王国に近い港町で聖女を旗頭として
敗残兵が続々と港町に集まって徹底抗戦の構えを見せている。
そして、ジュノー王国は法国との境界である川に掛かった橋の入口に
砦を建設中だ。
初めは簡易の物だったが今はしっかりとした砦に改装中だ。
資材はダンジョン前の砦用に準備してあった物を流用する事で
早期に頑丈な砦が出来る予定だ。
今、その砦付近には1個師団、内訳は騎馬1個大隊、
歩兵旅団の重装歩兵1個大隊と弓兵1個大隊、
傭兵1個大隊が逗留している。
帝国の兵力も1個師団と見られるが、法国の残党と協力できれば、
数的にはこちらの有利で確定だ。
完全な協力体制に出来なくても、どちらかを攻めれば、
どちらかに後背を突かれる事になるので、
早々攻め入られることもなかろう。
「随分と詳しいんですね。」
「そりゃあ、傭兵部隊の大半は冒険者だからな。その手配をする上で情報は出してもらったさ。」
「でも、法国みたいに内通者がいたら、危険なのでは?」
「その点は、考慮済みだ。出発前に王都から来てもらった魔法使いにセンスエネミーとセンスライの魔法で全員調べたさ。」
「どうでしたか?」
「20人程のスパイが見つかって10人程逃亡したが全員捕縛して今は尋問中だと思う。」
こういう時の魔法の凄さは前世ではありえないな。
魔法さえかけられれば拷問なんて
非効率なやり方は必要ないかもしれない。
そんな考えが頭の中で過ぎったが今は関係ないので頭の中を切り替える。
「それで、戦争になったら勝てるんですか?」
ここが一番重要だ。
「君の協力があれば大丈夫だろう。かといって、君みたいな強くてもまだ子供に戦争のど真ん中で戦ってもらおうとは、私も辺境伯も考えてはいない。君には特別なクエストに行ってもらいたい。」
「特別?」
「そうだ。君は異空間収納でかなりの物資を一人で運べるよな。」
かなりというか、どのくらい運べるかは未知数だけどね。
「それで、法国で聖女と呼ばれている者を旗頭に抵抗している組織に物資を運んでもらいたいのだ。そして、我々と協調してほしい事を伝えてもらいたい。もちろん、正式な書面も持たせる。今は各個撃破されるようなことは避けなければならない。今、抵抗組織が潰れてしまうのは、こちらとしても非常に喜ばしくないのでな。君が帰ってこなければ他の者に行かせることになっていたが、確実性が欲しい。だからアルス、君に頼みたい。」
たしかに戦争に直接参加すれば、
いくらチートの俺でも危険な事は想定できる。
しかも、人を殺しまくるなんてことが果たしてできるのかも疑わしい。
以前、怒りに任せて人を殺してしまったが、
あれは相手が極悪人だったこともあり、
自分の中で正当性をなんとか維持できていた。
しかし、戦争となれば、どちらが悪かなんてものは見えなくなる。
指導者が悪でも戦っている兵士はごく普通の一般人だったり、
悪人でない者がほとんどだ。
ただ命令に従っている者達であるので、
そんな人たちと殺し合う事が果たしてできるのか、自分でも分からない。
勿論、自身の身の危険が迫れば
そんなことを考えている暇もないとは思うが、
基本的に避けていきたいと思っている。
話し合いで何とかならないものかと愚にもつかない事を考えてしまう。
ここは元いた世界でもなければ日本でもない。
いい加減考え方を改めないと、いずれ自身を危険に晒すことになるだろう。
「それで、具体的に何をすればいいんですか。」
「今、法国の抵抗組織は物資が困窮しているという情報が入ってきている。法国の重鎮や政治的な力を持った者たちもほとんど殺されたか捕まったとみている。それなので、現在求心力の一番高い抵抗組織を唯一の法国の継承者として認め、法国奪還の為の援助をする協定を結びたいと考えている。現状、エルフとドワーフに援助を求めたいが、向こうも復興が優先でさして協力できる事は少ないと考えているので、当てにはできない。そして、抵抗組織はあちこちから人が集まってきている。政治的にも聖女と呼ばれている者に主導権を持たせて求心力を維持させて組織力を上げる必要もある。それと、抵抗組織と我々の連絡網の構築も必要だ。連携が取れなければ話にならない。その為の方法や具体的な内容は書状に認めてある。援助物資は、槍200、盾200、弓50、矢800、食料5000人分。もちろん、輸送ルートが確保できれば、こちらから、随時援助物資を送る手筈になっている。」
「随分多いのですね。」
「何言っている。食料なんか500人いたら、10日しか持たないんだぞ。槍や盾、矢だってそれほど高品質な物ではなく、量産した物だからな、無いよりマシな程度だ。数も必要とされる量には程遠いだろう。」
「わかりました。いつ出発したらいいですか。それと場所の詳細を教えて下さい。」
「出発は、物資の準備は整っているから、明日には出発してもらいたい。場所については、この地図を見てくれ。」
テーブルに法国との国境付近の地図が広げられる。
「国境にある橋を渡って、そのまま一度南下してくれ。海岸沿いに南下して半日ほど進むと小さい港町が見えてくる。その港町が抵抗組織の拠点になっている。街の周囲には今、簡易な土嚢やバリケードが街の周囲に造られているという話だ。そこへ向かってほしい。」
「これなら、迷うことも無さそうですね。」
「だが、気をつけてくれ。どちらの勢力圏内という訳ではないからな。いつ帝国の兵士と遭遇してもおかしくは無いのだぞ。」
「ええ、十分気をつけます。」
「では、早速来てくれ。物資を引き渡したい。それと、これが書状だ。」
そういって、書状を渡される。場所を移して、物資の保管庫へ向かう。
そこで、物資を受け取った。
収納した段階で数が簡単に分かるのは、こういう時は非常に便利だ。
いちいち数を数えなくてもいいからだ。
そのあと、遅くなった昼食をギルド長と一緒に食べながら、
お互いの近況などの情報交換を行った。
正直俺の受けた依頼は結局意味をなさなかったが、失敗扱いではなく、
一応、エルフやドワーフとの協力体制の維持が図られたという事で
任務完了としてくれた。報酬として金貨200枚追加で受け取った。
「なあ、アルス。これは未確認の話なんだが、公言するなよ。」
「なんですか?」
「こちらでも調査中なんだが、といってもこの状況下だ。さして情報が入ってくるわけではないのだが、帝国が侵攻してきた時に彼方此方でモンスターが跋扈していたという報告が上がっている。もし、偶然でないのならば帝国は何らかの方法で魔物を手懐けている可能性があると思える。」
「それは可能性としてかなり高いと思いますよ。」
「お前もそう思うか。」
「仮に俺達の予想が正しければ、何らかの方法で巨人族をエルフやドワーフに、けしかけていた可能性が高い。オーガやトロール、ジャイアント種を唆せるのならば、その辺の雑魚モンスターを操るのは簡単にできるのではないかと思いますよ。」
「そうだろうな。」
「そして、俺が帝国側であればその方法を使って、国境に戦力を集結させている現在、妖魔の森からこの街を襲う計画を立てますよ。後背を突かれて右往左往している間に間者に攪乱させて一気に橋の砦を落とすことを考えますね。」
「・・・・」
「ところで、今この街の守りはどうなってますか。」
「最低限の守りしかいないな。」
「じゃあ、俺の作戦は成功ですね。」
「しかし、前線から戦力を戻すこともできない。王都へ増援も要請しているが、来られても1個中隊が精々だろう。しかもいつ来るか現状分からん。いくら王都が国境から離れているとは言っても、空にするわけにもいかんしな。実は、今、港町に大量の難民が船で来ているのだ。その対応でも部隊が出動しているからな。」
「難民?」
「ああ、十三連合国の国家で反帝国側にいた海上交易を唯一行っていた領から逃げてきた者達だ。我が国以外にも海洋国家やエルフ領まで逃げていった者達が同様にいるらしい。」
「という事は、帝国側には今、攻めるだけの船舶は無いのですね。」
「そうだな。帝国にも船舶はあろうが、攻め入るほどの艦船は持っていないだろう。不幸中の幸いだな。」
俺は少しだけ考えを巡らせた後
「逃げてきた者達の中でお偉方はいるのですか?」
「ああ、領主を始め、兵士も多く載せていたらしい。だから厄介なのだ。敵に内通しているかどうかも分からんしな。」
「その領主はどんな方なのですか。」
「その領主は決して武勇に優れた人間ではないと思った。どちらかというと商人気質が大きいと思う。そう報告を受けている。」
「その領は、今までどこと交易していたのですか?」
「そうだな。ウチと海洋国家群とエルフ領とも交易していたと思うぞ。メインは海洋国家だったらしいがな。」
「そうですか・・・。」
「何か気になるのか?」
「いや、何故ジュノー王国に逃げてきたのか理由があるのではないかと考えていました。普通、逃げるだけなら、交易が盛んだった海洋国家に逃げる事を考えますよね。元々商売で生きてきた者達です。国が無くなっても商売で生きて行こうとするでしょう。であれば、尚更、付き合いの深い海洋国家に身を寄せた方が今後ともやりやすいと考えるはずです。しかも、海洋国家まで逃げれば帝国もおいそれとは手出しできない。船がないですからね。それなのにジュノー王国に身を寄せてきた。ジュノー王国が戦乱に巻き込まれれば、また逃げるしかない。商人としてそんなリスクを考えないのは些か腑に落ちないのですよ。商人にとって活動拠点は安全な場所が一番ですからね。」
「なるほど。それで、アルスはどう考える?」
「そうですね。2つあります。1つは、既にその逃げてきた者達全員とは言いませんが、主導権を持っている者達が帝国に恭順している場合、2つ目は商業国家とはいえ、国土を回復、つまり取り返したいと考えているかの2つが考えられますね。」
「ただ、物資不足で海洋国家まで行けなくて仕方なくこちらに来たという事は考えられないか?」
「その場合、帝国は法国を既に落とした事を知らなければ可能性はあるでしょう。知らなかった場合でも、俺ならばここに留まるリスクを考えれば物資をさっさと補給して海洋国家へ向けて出発しますけどね。でもそうはしていない。法国が事実上落ちている事は商人ならばたやすく知る事ができるはずです。ならば、ここに留まっている理由が何かしらあるはずです。もし、敵ならば、ジュノー王国は港に、妖魔の森に、法国側に3方向から囲まれているという図式になり、非常に危険な状態であると言わざるを得ないと思うんです。」
「そんなことになれば、この国は壊滅してしまうじゃないか。」
ギルド長は突然立ち上がって珍しく大きな声で怒鳴った。
「シモンギルド長!声が大きいです。」
ギルド長はハッとして周囲を伺う。
ここはギルド長の執務室なので周りに人がいるはずもなかったが、
下手したら階下に聞こえていたかもしれない。
「取り敢えず、落ち着いて食事を続けましょう。」
ギルド長は一旦椅子に座り、大きく息を吐いた。
「それで、お前は結局どう考えているんだ。」
「どうでしょうね。その領主の方の為人を知っているわけでもありませんし、その領主もどちらに付くべきか迷っている可能性もあります。ただ、十三連合国の領主のほとんどが殺されている現状、帝国側に付くのは考えにくいですけどね。脅されていれば別ですが。対処する方法としては追い出すのも一つの手ですし、懐柔するのも一つの手です。周辺国からは反感を買うかもしれませんが、いっそ亡き者にして後顧の憂いを無くすのも一つの手です。ただ、一つ言えるのは、俺はただの冒険者ですから責任は持てませんよ。」
「くっ、散々煽りおってからに。分かったお前の言い分は尤もだ。内容も十分価値ある物だ。このことは辺境伯に丸投げしよう。」
「それでは、明日の早朝に出発しますので、くれぐれもこの街を落とされないように手配して下さいね。」
食事も終えて、帰り際にそう、声を掛けた。
「分かっている。任せておけ。」
ギルド長が答える。
ギルドを出た後は、既に日が暮れ始めそうな時間になっていた。
「なんだ、昼食じゃなくて夕食になっちゃったな。」
肩に乗って姿を消しているリリーにそう言った。
リリーは肩の上で果物を食べている。
「どこ行くの?」
リリーが訊いてきたので食料とか買いに行くよ。
果物や、蜜、パスタを追加で買いに回った。
ただ、最近食料の値段が高騰し始めているのと在庫が減っているという事で
予定の量を買う事が出来なかった。
高騰していると言ってもいつもの1.2倍の価格で収まっていた。
品薄の方が問題らしい。
買物も済んだので、明日に備えて、宿屋で休むことにした。




