109日目 御前会議
●109日目(グリウス歴863年8月21日)
そこは草原だった。見渡す限りの草原。
その中でポツンと不釣り合いな真っ白いテーブルと椅子、
そこに俺は一人で座っていた。
不思議なことにそこに座っているのが当たり前のように感じていた。
後ろを振り返るとそこには木が立っていた。
数は9本、まるでこのテーブルを取り囲むように立っている。
「~~さん、こうして会うのも久しぶりですね。そうそう、今はアルスさんでしたね。」
前を向くと、先ほどまでは誰もいなかった対面の椅子に
この世のものとは思えないような美しい女性が座っていた。
俺は過去にこの女性と会ったことがあるなと
頭の片隅の記憶がそう告げていた。
「どこかで会ったことがありましたよね?」
「記憶がないはずなのに憶えているのですね。そうですね、あたなは私とここではないここで、会っています。」
「ここではない、ここ?」
「改めて、私はツクヨミ。あなた方がそう呼ぶものです。」
「・・・ツクヨミ、・・・・月讀命・・・」
「記憶の断片ですか。そうですね。もう一つの世界ではそう呼ばれているようですね。」
「もう一つの世界?」
「あなたがいた元の世界ですね。世界は元々1つでした。ですが幾星霜を経て世界は分裂していきました。その分裂した世界の一つ、この世界を司るのが私ツクヨミです。」
「もしかして、もう一つ俺のいた世界を司っているのはアマテラス?」
「違いますね。あなたのいた世界を司っているのはスサノオです。アマテラスが司っている世界は別にあります。」
「そうなんだ。」
なんだろう、頭がうまく働かない、このモヤモヤ感は。
「でもやはり面白いですね、人の世は。人では計り知れぬ事を知っているというのは。」
「・・・・・」
「さて、今日はあなたに伝えることがあってきました。もしかしたらあなたが目を覚ました時、このことは憶えていない可能性もあります。ですが、伝えることであなたの記憶の片隅に残れば、或いは・・・・」
ガバッ。
薄暗い部屋のカーテンから日の光が漏れている。
何か夢を見ていたようだ。
だが、夢の内容を思い出そうとしても何も思い出せない。
周りを見ると、ここはパルーアの館の自分部屋のベッドの上だった。
ベッドから這い出し、カーテンを開ける。
昇り始めた陽の光が眩しい。
「・・・ツクヨミ。」
突然、頭の中で出てきた言葉を口にする。
なぜ、今この言葉が出たのかも思い出せないが、
頭の中で引っかかる何かで思考が止まる。
頭を大きく横に振り、そのモヤモヤを吹き払い、大きく伸びをする。
最近、朝は少し冷えてきていた。
日中はまだ暑い日が続いていたが、
それでも徐々に気温が下がってきているのは感じられた。
そろそろ、裸で寝るのは考え物かもしれないな。
そう考えながら、タンスを開ける。
タンスの中には、何着か服が入っている。
その中から適当に選んで服を着ていく。
昨日、ミーシャが俺の服が少ないと言っていたので、
古着で構わないから数着買っておいてもらっていたのだ。
別に俺は着道楽ではないから、着られればそれでいいのだが、
それでは侯爵家当主としては面目が立たないらしい。
服は一般庶民から見て豪華すぎる気もするが、一体いくらかかったのだろう。
一応、ホフマン伯爵からもらった金貨100枚ほど入っていたようだが、
それを運営資金として執事のジョハンに渡したのだ。
服はそこから出したのだと思うが、
まあ、ジョハンは、固い人間という話だし、無駄遣いはしないだろう。
「おはよう、アーくん。」
「おはよう、アンジェ、マリア。」
2人は朝食を食べながら、ハモって挨拶してきた。
席に着くと、食事が運ばれてきた。
「昨日はゆっくりと寝られたようね。それよりも聞いてよアーくん。昨日もマリアったらアーくんの部屋に忍び込もうとしてたのよ。」
「どうせ、アンジェも同じこと考えてたんでしょ。」
マリアはサラダを口に運びこみながら答える。
「それで2人して俺の部屋に忍び込んだと。」
「・・・」
「・・・」
「マジか。」
「大丈夫よ。寝顔見ただけだから。あはっ。」
今度から部屋にハードロックでもかけておくべきか。
「まあ、いいけど。それで2人は今日も城に行くの?」
「そうね。新体制の為の面談と人員配置とで大変よ。アーくんのほうは今日はどうするの?」
「そうだね。家の事はジョハン達に任せてるから、今日は特に予定もないかな。」
「それは丁度良かったわ。実はモルガン公爵とアメリア女王からアーくんに相談したいことがあるって言われてて、出来れば今日の午前中に連れてきてくれないかって言われてるの。どうかしら。」
「相談って?」
「たぶん、例の守護伯爵の件だと思うわ。私たちも呼ばれてるのよ。」
「ああ、そういえば早めに決めないといけないんだったね。」
何せ、言い出したのは俺だしな。
アンジェ、マリアと一緒に登城をする。
そのまま、王室近くの一室に入る。
そこには、アメリア女王、モルガン公爵、
アメリアの義兄のファーンの3人がいた。
モルガン公爵は臨時の宰相を務めていて、
落ちついたらファーンにその座を譲ることになっているそうだ。
ファーンはこれといった特技を持っていないのだが、
元々継承権もなかったため、勉学に勤しんできた努力家だ。
今は、フォルテス伯爵家の後継ぎとして伯爵号を受けている。
「お待たせしました。」
アンジェが挨拶をすると、アメリアが席を勧めた。
「では、皆さんお集りになったことですし、始めましょう。」
アメリアの一言で会議が始まる。
「今日の本題は、守護伯爵の任命についてですが、明日の午前中に王城広場にて証の開放を行いたいと思っています。そこで、守護伯爵についての義務や権利など詳細を詰めていきたいのです。」
そこからは、あれやこれやと様々なことが決められていった。
アメリアからも忌憚ない意見を出すように言われたこともあり
意見のぶつかり合いがなされた。
特に既存の貴族の待遇との差や平民からも任命する可能性の事や、
また、すでに要職についていた場合など措置なども話し合われた。
そして昼になり、一度休憩を取ることとなった。
「意外と決めることが多くて疲れたな。」
運ばれてきた食事を食べながら、愚痴をこぼしてしまった。
「でも大まかな内容は粗方決まりましたし、あとは詳細を詰めるだけですわよ。」
アメリアが笑いながら答えた。
「それにしてもアルス殿は博識ですね。驚嘆の限りです。私もまだまだ勉強不足と認識いたしました。」
ファーンは素直に感想を言った。
ファーンはこう言ってくれるが、俺の知識など歴史で習った程度のものや
社会で身に着けた知識で、この世界にそぐうかどうか怪しいものだ。
それに俺の記憶も完全なものではないから、
どこまで信用してよいかも判断がつきかねる部分もある。
もしかしたら、記憶を失くしているのではなく、
思い出せないだけなのかもしれない。
歴史で習った知識と社会人としての経験と知識がその都度、
思い浮かんでくるのだから。
「そういえば、アメリアは後継者問題はどうするんだい。」
ファーンが突然、話題を180度転換させた。
その言葉を聞いて、その場にいた全員がスプーンの動きを止めた。
「おお、そうじゃ、どうするんじゃ。」
これ見よがしにモルガン公爵は話に乗ってきた。
「新体制になるからのう。早めに候補者くらい立てておかんと国が荒れる元だぞ。」
「おじい様のおっしゃりたいことは分かっておりますわ。おいおい決めますわよ。」
アメリアも身内ばかりの席なので、つい慣れしたんだ呼び方で答えていた。
「何なら、儂が見繕うてやってもよいぞ。」
その言葉を聞いて3人の女性はピクリとしたが、
アンジェとマリアは素知らぬ体で食事を続けていた。
「今はそんなことよりも目前の問題のほうに注力しましょう。」
「んむむ、残念じゃのう。」
その言葉を最後に沈黙が室内を支配した。
ファーンは自分がもしかしてとんでもない爆弾を
投げてしまったかのように感じ、下を向いてしまった。
「そういえば、帝国の動向はどうなってますか。」
重い空気を取り払うように、話題を変えた。
「帝国の正規軍は国境まで撤退しました。ですが、モンスターは散り散り逃げ出していて、十三連合国内でモンスターの被害が出ている可能性があります。今のところ、パルーアと帝国の間の農村などの住民は南部方面に逃げ出しているのでそれほど大きな被害はないとは思いますが、住民が残っている農村も多いと思います。他の市国が壊滅状態と考えるとこれらの被害を抑えることはできないでしょう。ですが、モンスターの大半は壊滅した都市や帝国の占領下にある都市に逃げ込んでいるという報告もありますので、そこだけが救いでしょうか。」
たしかにあの軍勢のモンスターの大半が野外でバラバラにいるよりは
マシかもしれない。
「そうそう、これは不確定な情報ですが、帝国でレジスタント活動が活発化しているという話も出ています。それで、帝国の正規軍は帝都から離れられないともっぱらの噂です。」
ファーンは諜報部から入ってきた情報を披露した。
「帝国も皇帝の支配が完全ではないということでしょうか。」
アメリアは考えながら言った。
「帝国がモンスターをどのように扱っているかはわからないけど、いつ自分たちにも襲い掛かってくるかわからない。モンスターが近くにいたら不安になるのもわかるけどなあ。そういった意味ではレジスタンス活動をしている人がいても、おかしくはないよな。」
「まああれじゃな、不確定な情報に惑わされる事なく、我々は我々のできることをすべきじゃな。」
そうして、食事の休憩時間も終わり、再び会議が続けられた。
「これで、大体決まりましたね。あとは、公文書の作成と演説用の文書の作成をお兄様のほうでお願いできるかしら。」
「ああ、すぐに取り掛かろう。」
「皆さん、お疲れさまでした。明日の公示に備えてゆっくりと休んでください。」
「そういえば、アンジェとマリアは今日面談の仕事だったんじゃないの?」
「それでしたら、下級職の面談を別のものにやらせておきましたので、大丈夫ですよ。上級職の面談は明後日という事で、明日にでも資料をお渡ししておきます。」
アメリアが代わりに答えた。
「そうそう、今、外は雨のようですから、近いとはいえ濡れたら大変ですから馬車で送らせますわ。」
「へー、雨か。そういえばこっち来てから雨ってあまり降ってない気がするなあ。」
「そうかしら。月に数回は雨のような気がしましたけど。」
「きっとアルスは晴れ男なのよ。アルスと一緒にいないときに雨が降ってることが多いもの。」
マリアは冗談交じりに答えた。
「明日は晴れたらいいですね。」
アンジェは明日の式典を心配して答えた。
帰宅する為に部屋を出て廊下を歩いていると、
後ろからモルガン公爵が声をかけてきた。
「アルスよ。済まないが、少し付き合ってくれ。アンジェとマリアは先に帰っていてくれ。アルスは後でこちらで送らせよう。」
有無を言わさぬ物言いに、アンジェとマリアは
重要な話なのだろうと思い頷いた。
「じゃあ、アーくん、またあとでね。」
「リリーも退屈だっただろう。2人と一緒に帰ってもいいよ。」
リリーはフルフルと顔を横に振り服の中に紛れ込んだ。
まあ、リリーの好きにさせることで、2人と別れた。
通されたのは、宰相室で今はモルガン公爵が執務に使用している部屋だった。
そこでお茶と菓子が出されて一息つく。
リリーも遠慮なく菓子をパクパク食べている。
「どうかされましたか。」
「1つ相談したいことがあるんじゃが、今回、ジュノー王国とフォーテルムーン法国と同盟を結んだわけじゃが、実際のところ、一番近い法国まで考えても距離がありすぎるのは、理解しているだろう。帝国との戦争でお互い協力関係を結んだのはいいが、このままでは有名無実化してしまう。法国領から街道を通ってここまで来るにはタイス市を抜けてアクアン市、ダイア市を通ってようやく到着できるレベルだ。平時であれば、3日もあれば到着できるが、現状、タイス市、アクアン市、ダイア市全て壊滅させられてモンスターの巣窟になっている状況だ。そうなると現実的に援軍が来る見込みはほとんどないと言って過言ではない。」
「でも法国で得た話で、タイス市のモンスターの大半は冒険者たちによって狩られていて完全に駆逐するのは時間の問題と聞いてますよ。」
「ああ、それはこちらでも確認している。ただ、タイス市は大火災があったようで、復興させるのは時間も労力もかかりすぎるので、打ち捨てられることになるだろう。それで、パルーアと法国の間にどうしても中継拠点が必要になる。可能ならば防衛拠点としても機能させたほうが良い。いつまた、帝国の侵攻があるやもしれんんからな。そこで、アクアン市を奪還したいと思う。アクアン市に拠点を設けて、アクアン市とパルーアを結ぶ街道を整備する事で流通の確保をしたいと思っておる。街道と言っても馬車が通れるように簡単に整地するだけじゃが、それでも必要だと考えておる。」
確かに現状では援軍を派遣されてもアクアン市とダイア市のモンスターに
ちょっかい出されたら進軍は遅々として進まないだろう。
「それでまさか俺に退治して来いと。」
「まあ、そうなのだが、一人で行かせるわけじゃない。250人、2個中隊を率いてほしいと思っておる。」
「250人も。そんなに出したら、ここの防衛が薄くなるんじゃないの。」
「まあ、そうだが、ここの防衛の主力はケルピーライダーと戦艦、それにペガサスライダー達だ。地上戦部隊の通常部隊は魔法部隊以外はあまり役に立っていない。防衛だけを考えればそれほど戦力低下した状況にはならん。」
「部隊編成は了解しました。それで、アクアン市にいるモンスターはどのくらいなのですか。」
「正確な数は分らんが、偵察した者の話では恐らく1000はいるだろうと。」
「4倍ですか。それはまた、無茶ぶりですね。」
「数だけ見ればな。だが、向こうは統制が取れているわけでもない。アルスならやれると期待しているんだがな。もちろん、報酬も考えておる。やってくれないか。」
国から給金が出ているが、基本的に館の維持費で
ほとんど使ってしまっている。
何か仕事をしないと何れはジリ貧になってしまうし、お金は欲しい。
「わかりました。引き受けましょう。」
「うむ、アルスならそう言ってくれると信じていたぞ。それでは、具体的な内容だが、連れて行くのはペガサスライダーを5騎、魔術師10人、内半数は回復系の魔法が使える者たちだ。諜報部員を10人、索敵や偵察を得意としている者たちだ伝令にも使ってくれ。後方支援部隊25人、主に物資の運搬や陣地設営などの作業員だな。戦闘もできなくはないが、この部隊は戦闘は得意ではないので、気を付けてくれ。それと、弓兵部隊が50、槍兵部隊が60、歩兵部隊60、騎兵30で総勢250名だ。」
モルガン公爵はメモを見ながら説明した。
「それとそれぞれの部隊に中隊長クラスの人間を入れている。そいつらを上手く使ってくれ。それとこれも申し訳ないが、アンジェとマリアは内政の仕事のために残していってくれないか。」
「それは構わないよ。わざわざ危険な場所に連れて行くつもりはないよ。」
「明日の式典後に隊長たちと顔合わせする場を設けるから時間を作っておいてくれ。」
「そうだ、用意してもらいたいものがあるんだけど、無理にとは言わないからできる範囲で構わないんだけど・・・」
そう言って、召喚の素材を伝えた。
「わかった。揃えられるものは揃えておくが、儂は詳しくないのでな、期待しないでくれ。」
その後、簡単な詳細を詰めて、話は終わった。
オルガン侯爵が用意してくれた馬車で帰宅する。
時間はすでに夜になろうとしている時間になっていた。
館に着くとアンジェとマリアが出迎えてくれた。
「おかえり。遅かったね。」
「何か大変な話でもあったの。」
「食事をしながら話そうか。」
その後食堂で食事をしながら、アクアン市の奪還作戦に参加する事を話した。
アンジェとマリアも一緒に行くと言っていたけど、
そこは内政の問題もあるし、片付いたらまた一緒に冒険でも買い物でも
繰り出そうとなだめて納得してもらった。
明日は式典。早々に休むことにしよう。




