13 「街中でおじいさんが若い男に服を脱がされて裸にされる事件」
「海、どうだった」
一口目のうどんを飲み込んでから、オマタがさも素っ気なさを装ってそう聞いてきた。帰宅した時からずっと聞きたかったのだろうが、おそらく僻んでいると言われるのが嫌で、今まで我慢していたのだろう。あまり興味ないけど一応聞いておく、みたいな口調にそれが如実に表れている。
「楽しかったぜ。ベコナが作った砂の城が好評だった。そよそよもはしゃいでたし、おまるも初海で楽しかったよな」
「久々にハッスルしましたわい。海は広く大きく波がありましたぞ。それに確かに塩辛い味がしましたな」
ニンジンをもぐもぐしながらおまるが答える。本当に楽しかったのだろう、空気を抜いて窓際に乾かしている浮輪を目を細めて見やる。
腹はすいていなかったはずなのに、めんみの香りに食欲を刺激された俺もうどんをすすりつつ、そんなおまるをながめる。俺のはオマタの冷やしうどんとは違って胃にやさしい温かいやつを少し。もちろんビールは忘れない。
「んで、アキがナンパされてた」
「はあっ!?」
「と思ったら、おまるがターゲットだった」
「な、なんだそれ」
安心したような、不安なような、苛立っているような、笑い出しそうな、いろんな感情が混じり合って紛然とした顔で、オマタが足下にいるおまるを見下ろした。
「おまるの尻が魅力的だったんだろ」
「むくつけき男共に体の隅々まで撫で回されましたわ……」
ギャランドゥとつぶやき、昼の惨劇を思い出したおまるが、咀嚼していたニンジンをぐばぁと吐き出した。
「残念ながら、ナンパ男が来てアキを賭けて勝負だとか、水着が流されて手ブラ、とかいう事件はなかったから安心しろ」
「アキはその、やっぱビキニとか……?」
「ふぇへへへ、ようやく本性を現したな。お前、水着の色とか形とか知りてぇんだろ」
「ガキじゃあるまいし、いいよ別に」
と言う顔が憮然としている。
「おまるに聞けば。おまるは一緒に泳いでたしな。だっこもされてたし、一緒の浮き輪で遊んでたし、おっぱいも触ってたし、細かいところまで覚えてるだろ」
「役得ですな」
研ぎ澄まされた氷のナイフのようなオマタの視線がおまるを突き刺す。ビール缶を握りしめる爪が白い。だが、おまるは怯まず、わしはただのアヒルですじゃ、と言ってエロじじぃの顔をしていた。どうしようもねぇなこいつ。
「ま、別に仲間外れにしようってわけじゃねぇんだから、今回は残念でしたってことで。アキが今度はオマタも一緒に行こうって話をしてたぜ。お前が休みの取れる日に合わせるって。夏はこれからだしな」
「北海道の夏は短いんだよ」
お盆が過ぎたらすぐに短い秋が来て冬になる、と言ってオマタが悲しそうな顔をして浅めの息を吐き出す。
おいおい、それじゃあまともな季節は春と冬しかねぇじゃねぇか。ビールの美味い夏と、祭りの楽しい秋が短いんじゃ、人生の半分を棒に振っているようなもんだぞ。てんでダメな大地だな、チキウの北海道ってとこは。
「なら夏が終わる前にまずお前たち二人で行けばいいんじゃねぇの。最近デートもしてねぇだろ」
「どうしたお前が気を使うなんて珍しいな」
どんぶりを片手に持ったオマタが訝しげに俺を見た。失礼な。俺はいつも気を使っている。
「別に。俺はもともと海好きじゃねぇし。それに、チキウ人の寿命は北海道の夏と同じくらい短いんじゃねぇの。大切にしなきゃな」
「北海道の夏よりは長いよ」
少しだけ悲しげな顔をしてオマタは小さく笑った。
明らかに明度の下がった顔を見て、もしかして俺、余計なこと言ったか、と思ったが時既に遅し。でも本当のことだから仕方がねぇ。
「も一本ビール飲む?」
「うん、貰おうかな」
罪滅ぼしにビールを勧めると、空になった缶を振ってオマタは頷いた。酔いが回れば細かいことなんてどうでもよくなるものだ。早く酔い回れ。って、地球人の寿命の話はオマタにとって細かいことじゃないかもしれないけど。
「そうだ、今日おかしな事件があったんだ」
二本目のビールのプルタブを開けると同時に、酔いのせいか、暗くなった雰囲気を明るくしようと気を使ったのかわからないが、オマタがやや楽しげな様子で口を開いた。
「おかしな事件?」
気を使ったのならこちらも使い返さなくては。俺の返答に、ああ、と頷きオマタがまじめな顔でこう言った。
「街中でおじいさんが若い男に服を脱がされて裸にされる事件」
俺は麺を箸に乗せて口を開けたまま、しばし目の前にいる警官の顔を凝視した。ぽたりぽたりと音を立てて、ひんやりとした空気に熱を奪われた汁がお椀の中のつゆの海に還っていく。
「おじ……なに」
「おじいさんが若い男に脱がされ裸」
「ほう」
なにがなんだかわからないが、とんでもねぇ事象だということだけはわかる。
「隣の市でもあったらしく、ここと合わせて今日だけで三件だ」
「公衆の面前でか」
「白昼堂々お天道様の下で」
「とんでもねぇ事件があったもんだ……。チキウの人間は腐ってんな。お年寄りは大切にしろよ」
「しかも目撃情報によると服を切り裂いて裸にしたとかで。男同士の痴情のもつれって暴力に発展するのが多いから怖いな」
ずずず、と汁まで飲み干し、ごちそうさまとオマタが手を合わせた。
「そんな三人もと痴情のもつれかよ。それって同一人物だろ、どう考えても」
「多分な。ま、近々捕まるだろうけどな」
あっけらかんとした様子でオマタが言う。
閑静な田舎町なのにそんなに恐ろしい事件が起こるのか。気をつけなきゃな。
さすがに疲れたのかなんだか調子が悪い。今日はビール一本で止めておこう。珍しいこともあるもんだ、と言われつつ、おやすみの挨拶もそこそこにいつもより二時間早く潜り込んだベッドの中で、俺は一分とたたずに意識を手放し泥のように眠った。




