「月明かりに照らされて」
第20話 「月明かりに照らされて」
ラウルは声のした方へ振り返る。
そこには一人の女性が立っていた。
長い金髪。
月明かりを纏ったような白い衣。
そして何より。
身体の向こう側が少し透けて見えている。
女性はじっとラウルを見つめる。
不意にその瞳が揺れた。
まるで何かを思い出したように。
女性 「・・・・・・アイオン?」
ラウル 「アイオン?」
女性 「アイオン・・・」
ラウル 「アイオンって何?人の名前?」
女性 「・・・・・・」
女性 「なんだったかしら?」
ラウル 「えぇ・・・?」
女性は自分の額に手を当てる。
女性 「分からないの」
ラウル 「え?」
女性 「あなたを見た瞬間に浮かんだ言葉なのだけど・・・」
女性 「思い出せないの」
ラウル 「そのアイオンって言葉がなんなのかも?」
女性 「ええ」
ラウル 「えーっと、僕はラウルって言います。あなたの名前を伺っていいですか?」
女性 「いいわよ」
女性「私の名前は・・・。なんだったかしら・・・?」
ラウル「_(┐「ε:)_ズコー」
ラウル「それも思い出せない?」
女性「ええ」
ラウル 「それは大変だ」
女性 「ふふっ、大変なんでしょうね」
どこか楽しげな返答に、ラウルは苦笑する。
しかし女性の声音には嘘も悪意も感じられなかった。
ラウル 「他に覚えてることは?」
女性 「ええと。」
女性は目を閉じた。
女性 「どこか・・・家?かしら・・・賑やかな・・・笑い声?騒がしいけど楽しい・・・」
女性 「・・・・・・」
女性 「それくらいしか思い出せないわ」
ラウル 「それがどこなのかは?」
女性 「分からないわ」
ラウル 「ですよねー」
二人は揃ってため息を吐く。
ラウル 「うーん」
祠の残骸へ視線を向ける。
砕けた石片のいくつかにうっすら文字が刻まれていた。
ラウル「A...N...K...A...N ? ナナック? カンナ? んー・・・?」
女性「カナン」
ラウル「カナン?」
女性「多分カナンで良いと思うの」
ラウル「カナン・・・あなたの名前かな?」
ラウルはふと彼女の顔を見ると、彼女の瞳から一筋の涙が零れているのに気付いてしまった。
ラウル「な、何で泣いてるの!?」
女性「え?あらホント。なんでかしら?」
カナンの身体がわずかに揺らぐ。
まるで消えかけた灯火のように。
ラウル 「大丈夫?」
彼女のその姿はどこか不安定だった。
女性「あなたにカナンと呼ばれたことが、とても嬉しくて、何故だかとても哀しかったの」
ラウルはその言葉の意味が分からなかった。けれど、彼女の涙に嘘はないように思えた。
寧ろラウルには女性が綯交ぜになった自分の感情を持て余しているように見えた。
ラウル 「じゃあカナンさん、これから行く当てはある?」
カナン 「ないわね」
ラウル 「そっか」
ラウルはわずかな時間考えを巡らせる。
ラウル 「じゃあさ、うち来る?」
カナン 「え?」
ラウル 「部屋はあるし、一人くらい増えても平気だよ」
カナンは目を瞬かせる。
まるでその言葉が予想外だったかのように。
カナン 「あなたは・・・」
カナン 「そんなに簡単に知らない相手を家に招くの?」
ラウル 「最近フブキって家族も増えたしへーきへーき」
カナン 「フブキって?」
ラウル 「真っ白な子狼」
カナン 「なるほど・・・?」
ラウル 「って無理矢理納得しないでよ笑」
思わず二人が笑う。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
カナン 「不思議ね」
ラウル 「何が?」
カナン 「初めて会ったはずなのに、こんなに安心してるんだもの」
ラウルにも理由は分からないけれど。
なぜか放っておけないと思った。
ラウル 「じゃあ案内するよ」
カナン 「あ、ちょっと待って」
ラウル「?」
カナン「確かあの壁の右上の方・・・ラウル、この辺押し込んでくれない?」
ラウル「いいけど、えーっと・・・ペタペタ・・・ガコンッ」
音とともに岩の一部が少しだけ手前にせり出してくる。
ラウル「え゛?」
カナン「そうそう、これで上に戻れるはずよ」
ラウル「えぇぇ・・・」
ドアの奥には上への階段があり、上った先のドアを開けると・・・拠点裏側の壁に出るのであった
ラウル「うそーん」
カナン「これがお家かしら?近かったわね」
カナンはクスクスと笑いながら片手を差し出す
カナン「もちろんエスコートしてくれるんでしょ?」
ラウル「手、すり抜けちゃうよ?」
カナン「こういうのは雰囲気で良いのよ」
金月の光に照らされながら。ラウルは新たな住人を連れて、静かにホームへの帰路につくのであった。
***********************************************************************
ラウルが裏口を開ける。
カエデはちょうど明日の朝食の仕込み中。
カエデ 「ラウルー?ちょうどええとこに……」
カエデの言葉が止まる。
ラウルの後ろに見知らぬ女性。
しかも少し透けてる。
カエデ「──────は?」
数秒の沈黙。
ラウル「ただいまー」
カエデ「いや違うそうやない」
ラウル「え?」
カエデ「え?やないねん。説明して?」
ラウル「庭に井戸あるでしょ?」
カエデ「あるな」
ラウル「なんか井戸が光っててさ」
カエデ「ほぅ」
ラウル「降りたら横穴あった」
カエデ「うん」
ラウル「奥に祠あったんだけど」
カエデ「うん」
ラウル「転んだのよ、盛大に」
カエデ「うん?」
ラウル「頭打ってさ、思わずゴロゴロしたの」
カエデ「うん・・・?」
ラウル「そしたら祠壊しちゃって」
カエデ「うん???」
ラウル「そしたら彼女が出てきた」
カエデ「なるほどわからん」
ラウル「信じてくれるよね?」
カエデ「全然信じられへん」
ラウル「しかも記憶喪失で霊体?かな」
カエデ「情報量が多すぎる」
そこへトテトテトテとフブキ
フブキ「わふ?」
フブキが首を傾げながら近付き、カナンの足元をくんくん。
カナン「ふふっ」
カナンは微笑みながらしゃがみ込む。
フブキ「わふ?」
フブキは前足でカナンの脚をちょんと触ろうとする。
スカッ
フブキ「わふっ!?」
もう一回。
ちょん。スカッ
フブキ「わふっ!わふっ!?」
カナン「あら、ごめんなさい」
フブキ大混乱。
ラウル「フブキがバグってる」
カエデも思わず笑ってしまう。
カエデは改めてカナンを見る。
カナン「はじめまして、カナンっていうの」
カエデ「……」
カナン「ご迷惑だったらすぐ出ていくわ」
カエデ「それはあかん」
カナン「え?」
カエデ「ラウルが連れて来たんやろ?」
カエデ「弟がやった事は姉ちゃんも責任を負うんや。
他に行く当てとかあるん?」
カナン少し困ったように笑う。
カナン「ないわ」
カエデ「ほな決まりや。うちの名前はカエデや。よろしゅう。」
ラウル「おお」
カエデ「まずはご飯食べ」
カナン「え?」
カエデ「あと風呂……は難しいか」
カナン「私この状態で食べれるのかしら・・・」
カエデ「とりあえず座り」
カナン「……」
カナンは不意に固まる。
リビングに響く笑い声。
誰かを迎える言葉。
記憶の奥底で何かが過る。
カナン「ふふふっ……」
カエデ「ん?」
カナン「ううん」
そしてカナンが席に着く。
フブキ「わふ」
ラウル「わふ」
カエデ「わふやない」 パシーーーン! イタァァァイ!
不思議な団欒は夜半まで続く。
聴こえてくるのは楽し気な笑い声ばかりであった。
次回、「開演」
各地で雨が凄いですね。
皆様、身の安全を第一に行動ください。
読みづらい場所などありましたらご指摘ください。
ご感想などいただけますと執筆モチベーションに直結しますので、とてもありがたいです。
引き続きよろしくお願い致します。




