第06話 監禁生活パラダイス
「昼間から優雅に泡風呂……。
控えめに言って、最高よね」
赤いバラの花びらが散らされたバスルーム。
私は白い陶器のバスタブに足を伸ばし、四日ぶりの入浴を満喫していた。
「そうなのか?」
「そうなのよ」
胸の上に頭を乗せるコジューローも気持ちよさそうに目を細めている。
顔の周りに泡を付けちゃう。
「ぷっ!? ライオンみたい」
「止めろって!」
「ふふっ……。」
コジューローは不満そうに顔をふるふると振り、泡を飛ばした。
なんて満ち足りた日々なのだろうか。
婚約破棄された直後は、これからどうなってしまうのかが不安だった。
「なあ、ご主人?」
「んっ? なぁに?」
私は、婚約破棄のショックで乱心したと判断された。
アメリアの姿で、自分がアメリアでないと。
現実の世界で、ここはゲームの世界だと。
そんな世迷い言を、会う人、会う人に訴えていれば当然だ。
「ご主人はさみしくないのか?」
「さみしい?」
そして、爺が私を憐れんで身柄の引き取りに手を挙げた。
当初は、他国の修道院という名の牢に送られる筈だった。
その道中で馬車は進路を変え、王国版図の端にある爺が治める領都へ到着。
以来、城の最奥にある尖塔が私の住む場所となった。
「だって、こんな場所だぞ?
ご主人に会いにくるのだって、爺ちゃんと医者の二人だけだろ?」
記録上、私は今も当初の修道院にいることになっているらしい。
そのため、ここにいる私の存在は極秘。
尖塔を出入りするドアは常に堅く閉じられている。
私に許された行動範囲は、この四階建ての尖塔の上下のみと狭い。
「そうねー……。
師匠も居なくなっちゃったし、少しさみしいかな」
「だったらさー」
窓からの景色は、岩肌を見せる山の断崖だけ。
城下町側の窓は木が打ち付かれて開かない。
屋上も城下町側は衝立が設けられ、私の姿は徹底して隠されている。
「でも、今はコジューローがいるでしょ?」
「よせやい」
修道院と比べたら遥かにマシだが、まさに籠の中の鳥だ。
侯爵家令嬢として、不自由のない暮らしを過ごしてきたアメリアにとっては、地獄のような場所である。
この世界が舞台になっている、私を喪女沼と腐女子沼にずぶずぶと嵌まらせた乙女ゲーム。
トゥルーエンディング後、アメリアが隠れ裏ボス『灼熱の魔女』と化し、王国を燃やし尽くそうとするのも頷ける。
「それに、ここはパラダイスじゃん」
「えーー……。絶対、違うぜ」
だが、私にとっては違う。
ここでの暮らしは控えめに言っても最高だ。
「じゃあ、コジューローに教えてあげる」
「なにを?」
確かに、尖塔の中は狭い。
元が監視塔だったと考えられる場所を改装したのだろう。
居住の体裁を整えるため、ドアや壁が設けられた分、より狭く感じる。
私の部屋なんて、六畳くらいしかない。
ベッドと机、あとは半ば枯れかけている植木。
それでスペースはほぼ埋まっている。
「労働は、クソ!」
「はあ?」
しかし、私はここで『引き籠もり』の『ニート』を望まれている。
不満を持つ理由が、これっぽっちも見つからない。
「一日、焼きそばとパスタを延々と乗せているとね。
十分が一時間のように感じて、仕事終わりには無我の境地になっているんだよ」
「……ご、ご主人?」
「クソ・オブ・クソ! クソ・オブ・ザ・イヤー!」
「どうどう、落ち着くんだ」
食事は、朝夕の二回。
ほぼ決まった時間にノックが鳴り、ドアを開けたら部屋の前に温かくて美味しい食事が置かれている。
夕食を食べ終えれば、一階のバスルームには熱々のお湯がなみなみと張られている。
そればかりか、今そうであるように香りを持つ花びらが日替わりで散らされているゴージャスさだ。
洗濯済みの着替えも用意されている。
常設されている籠にゴミや脱衣した汚れ物、食べ終わった食器を分別して入れておけば、朝には回収されている。
「マサムネのやつは、いつまで経っても迎えに来ないし!
早く専業主婦させろ! 高齢出産はリスクがあるんだぞ!」
「深呼吸だ! 深呼吸! いつもの発作が始まってるぞ!」
至れり尽くせりのパラダイスと言うしかない。
欠点は、自分の部屋の掃除だけは、私がやらないといけないことくらい。
「そうだよ! 私は悪くない! マサムネが悪い!」
「ニャニャーーーっ!?」
私は、勢いよく立ち上がり、右拳を突き上げる。
その拍子に、コジューローは私の胸を滑り、バスタブの中に沈んだ。




