第05話 惰眠の昼
「んっ……。んんっ……。」
リンゴンカーン、と遠くで鳴り響く鐘。
身体の芯を揺さぶるその重い音色は、沈んでいた意識を覚醒させていく。
「あーー……。」
今、季節はまだ肌寒い春。
私の監禁生活は、四年目に突入した。
布団の温もりを手放すのが惜しい。
だが、更なる鐘の音に起床を強いられ、上半身をベッドからのそりと起こす。
「……眠い」
カーテンの隙間から陽の光が差し込み、目の前で埃がきらきらと舞っている。
それを寝ぼけ眼で眺めながら、枕元に置いてある髪留めを手に取った。
銀の長い髪を後ろで一纏めにする。
本能が欲するまま身体を傾け、片尻をあげる。
「フニャーッ!」
プ~~、と間延びした音と共に、黒猫の悲鳴があがった。
寝床になっている本棚の上から落ちる。
仰向けになったまま、床でぴくぴくしている。
その滑稽な姿に、私は思わず苦笑した。
「コジューローってば、大げさ過ぎ。
……って、臭っ!? な、なに、これっ!?」
少し遅れて、私にも臭さが届いた。
たまらず鼻を摘み、手で臭いを散らす。
ここ最近、慢性的な便秘が続いているせいだろうか。
「うっ……。ううっ……。」
「キャっ!?」
突如、私とコジューローだけの部屋に男性の声が響いた。
掛け布団を慌てて手繰り寄せ、自分を目元まで隠す。
ベッドの隅へ座ったまま下がった。
こちとら、十八歳の乙女だぞ。
寝起き直後に男性がいたら焦るに決まっている。
前世を合わせた精神年齢は聞くな。
「世が世なら、王妃として民を導く立場だったというのに……。」
「それが、屁を……。屁を平然と……。嘆かわしい……。」
この部屋唯一の出入口に立つ人影を見て、安堵の溜息を漏らす。
天井を見上げているため、顔は見えない。
でも、そのプルプルと震わせて反らす顎に生えた特徴的な虎髭で、誰かがすぐに解った。
「なぁ~んだ……。爺じゃん」
辺境伯の爵位を持つ、この城にして、この部屋の家主。
今生の父に仕えている片腕的存在。
私が『アメリア』になる前のアメリアが幼い頃から『爺』の愛称で呼んでいる初老の男性だ。
こうして、会うのは約三ヶ月ぶりだった。
爺なら、寝起きを見られても平気だ。
「もうぉー……。驚かさないでよね」
私はベッドから下りて、両手を腰に突きながら胸を張る。
乙女の部屋へ勝手に侵入した不満を、唇を尖らせて訴えた。
春用のピンクのネグリジェは生地が薄い。
胸のぽっちと色の組み合わせが悪い紫のパンツがうっすらと透けている。
でも、やっぱり爺なら平気だ。
恥ずかしさはない。
「驚いたのは、こちらの方です!」
爺が目をかっと見開く。
「去年の暮れ、儂が王都へ上る時、約束したはずですぞ!
夜更かしをせず、早寝、早起きを心がけた健康な毎日を送ると!」
「い、いや……。あ、あのね?」
ワンブレスの猛烈な責め。
たまらず視線で、助力をコジューローに求める。
コジューローは欠伸した。
「黙らっしゃい! 今、何時だと知っていますか!
先ほどの鐘は朝の鐘ではありませんぞ! 昼の鐘です!
誰もが汗水を流して働き、ようやく休みを取る時間というのに……。
こんな時間まで惰眠を貪って! 少しは恥ずかしいと思わないのですか!」
まずい。
この調子だと、いつまで続くか分からない。
こうなったら、逆ギレしてやる。
「いやいや、それ言うなら、ノックは?
人の部屋へ入る時はノックをするのが礼儀! そうだよね!」
「しました! しましたとも!
ええ、ええ! 何度もノックをいたしました!
ですが、そのノックに気づかず、こんな時間まで寝ていたのは誰ですか!」
「うっ……。」
だが、逆効果だった。
爺の勢いは増した。
「それでも、ドアを開けた後は声もかけようとしました!」
「しかし、お嬢様!」
「この部屋の惨状を見て、平然としていられる者がいるとお思いか!」
「足の踏み場も無い! ここはゴミ捨て場ではありませんぞ!」
「本を出したら出しっぱなし! 本は本棚に戻して下さい!」
「この洗濯物だって……。んっ!? これは……。」
私は、目をはっと見開いた。
ドアの傍に、一週間前から『明日こそ、片付けよう』と溜まっていた汚れ物の山。
その中から最も恥ずかしい一枚を爺に見つけられてしまう。
爺がつまみ上げたブルーのソレを、慌てて奪い取る。
「やっ!? それ、パンツっ!?」
なぜ、よりにもよって、それを引くのか。
汚れ物は、ワンピースやネグリジェ、ブラジャーと他にもあるのに。
パンツを背中に回して隠し、真っ赤に染めた顔を俯かせる。
コジューローが私の足に手を乗せた。
今は慰めたりせず、放っておいてほしい。
「おっほんっ!」
爺がわざとらしい咳払いを鳴らした。
「と、とにかくですな!」
「じ、侍女長に聞けば、最近は風呂に入るのもサボりがちだとか……。」
「い、今、湯を沸かさせていますから準備が出来次第、風呂に入って下され」
「よ、よろしいですな?」
「で、では、儂は留守中に溜まった仕事がありますので!」
勝った。
怪我の功名というやつだ。
爺は、用件を上擦らせた声で伝えると、部屋をそそくさと出ていった。




