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元悪役令嬢、ニートを目指して世界を放浪中  作者: 浦賀やまみち
黄金の日々の崩壊

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第04話 空を飛べるようになった日




「なんやかんやって、私は元気です、と」



 婚約破棄から三年が経った。

 最初の一ヶ月くらいはノイローゼ気味に悩んだりもした。


 だが、現状の手がかりを探せる範囲は自分の思考の中だけだ。


 神様の啓示なんて聞こえてこない。

 諦めて、割り切るしかなかった。



「いきなり、どうしました?」

「……あっ」



 隣で、戸惑いがあがる。

 私は、自分の失敗を悟った。


 彼女は、私の魔術の師匠である。



「まあ、こんな生活ですから、独り言が増えるのは分かります」



 私は婚約破棄の後、監禁された。

 辺境伯の領都にある城の尖塔に。


 だが、この三年間は退屈の日々とは無縁だった。



「でも、あなたは魔術師です」



 そう、魔術だ。


 ファンタジーの代名詞ともいえるそれに、私は夢中になった。

 辺境伯が退屈しのぎとして、魔術の師を付けてくれたのである。



「魔術師は、世間的に賢者のイメージが強い」



 それに私は知っていた。

 この世界の元になった乙女ゲームを。


 アメリアは、隠しボス『灼熱の魔女』へ至るほどの類稀な魔術の才能を持っていた。



「だけど、実際は違う。知っていることしか知らない」



 自分に才能があると知っている時点で、チートだ。

 ならば、これを伸ばさずして何を伸ばせというのか。



「だから、沈黙は武器になります」



 もっとも、ド派手な爆裂魔法を使えても、それを披露する機会は無い。

 師匠に見せて、褒められるくらいしか意味はない。


 ただ、最近は日頃の話し相手になる使い魔が欲しいなと思っている。


 黒猫がここにちょくちょく顔を出すので、餌付けをしているのだが、ちっとも懐いてくれない。

 昨夜は、メインディッシュの魚の煮付けまで献上したというのに、なぜなのか。



「それで、相手は何となーく高く評価してくれます」

「はい、師匠。気をつけます」



 要するに、私は今の生活に不満はない。

 師匠のいつもながらのくどくどした説教に、神妙な面持ちで頷いてみせた。




 ******




「では、私のあとに続いて、唱えてください」

「はい」



 新月の夜、師匠は尖塔の屋上に私を誘った。

 空には厚い雲が広がり、足元のランプの灯だけが闇を押し返している。



「風よ、我が翼となれ」

「風よ、我が翼となれ」



 師匠の詠唱に続き、復唱する。

 すぐに『あれ?』と思った。



「翼となって、我を駆けさせよ」

「翼となって、我を駆けさせよ」



 文言が明らかに飛行呪文だ。


 私はここに監禁されている。

 その私に、逃亡の役に立ちそうな魔法を教えて大丈夫なのだろうか。


 まあ、働かなくても衣食住は保証されている。

 逃げるつもりは、さらさらないが。



「ストームウィング!」

「ストームウィング!」



 だが、空を飛ぶ。

 そのロマンに勝てなかった。


 師匠が上空へと飛ぶ。


 翻ったスカートの下から、青の縞パンが見えた。

 三十代は超えているはずなのに、ずいぶんと可愛らしい趣味である。


 私は、アダルトレースな赤だ。

 勝った。


 そう思いながら、私も後を追った。



「わあっ……。」



 厚い雲を突き抜けた瞬間、思わず息を呑んだ。



「きらきらと輝いて、宝石箱みたい」



 私は思わず声を漏らした。


 足下には、世界の丸みが分かる暗闇。

 頭上には、満天の星空。


 その狭間を吹き抜ける夜風は冷たいのに、不思議と心地よかった。



「ふふっ……。世界征服でもします?」



 少し前を飛ぶ師匠が、振り返りもせずに言った。



「それもいいかも!」

「いや、あなたの場合、シャレにならないから……。」



 だが、師匠の動きがピタリと止まる。

 引きつった顔で振り返った。



「冗談ですよ。冗談」



 私はくすくすと笑うが、師匠は首を左右に振る。



「私よりも才能あるし、本当に出来ちゃいそうだから……。

 私、指名手配になりそうだし、冗談でも止めて……。」



 ならばと、私は胸を張った。



「私は、今の生活を手放すつもりはありません!」

「本当ぉ~~? 私、魔王の師匠とか呼ばれるの嫌だからね?」



 師匠は疑わしそうな目を向けてくる。


 よく分からない。

 働かないでいい今の生活と、気苦労が絶えない支配者の生活。


 どっちを選ぶかなど愚問だ。

 私は前世のお弁当工場で、管理職になると碌なことがないと学んだ。


 だが、今はそんなことよりも師匠だ。



「それより、私は卒業ですか?」



 私が問いかけると、師匠は小さく笑った。



「あっ、分かっちゃった?」

「まあ、ずっと教えてほしかった飛行魔術ですからね」



 三年間、色々と学んできた。


 魔術のこととか。

 外の世界のこととか。

 師匠の年齢イコール彼氏いない歴の愚痴とか。


 その締めくくりが、空を飛ぶことだったのだ。



「なんかさー……。この国、危うい気配あるんだよね」



 不意に師匠の声色が変わった。

 夜風に流されそうなほど軽い口調だったが、その横顔はどこか真面目だった。



「へーー……。」

「へーー、って自分の国じゃない! もっと危機感を持ちなさいよ!」

「大丈夫です! 師匠が教えてくれた力があります!

 今の生活を守るためなら、何だってやります!」



 私は、親指を立てた右拳を突き出す。


 私の人生において重要なのは、平穏で怠惰な生活である。

 そのためなら、当方迎撃の用意あり。



「まあ、あなたならそうだろうと思ったけど……。」



 師匠は呆れたように笑った。



「じゃあ、ここでお別れね。辺境伯には、よろしくって言っておいてね」



 その言葉に、胸の奥が少しだけ寂しくなった。



「はい、師匠もお元気で!

 魔術学院の追手に、くれぐれも捕まらないでくださいね!」



 私が満面の笑みで手を振る。



「うるさい! 私は悪くねえ! 

 私の才能を認めない世界が悪いんだあああああっ!」



 師匠は雄叫びを轟かせながら、夜空の彼方へと爆速で飛び去った。

 超速かった。




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