第03話 王と侯爵の密談
王太子ルパートと侯爵家令嬢アメリアの突然の婚約破棄があった、その日の夜。
王立学園ではなおパーティが続き、若者たちは踊り明かしていた。
だが、ラバマ王国王城デトロイは静かに混乱していた。
本来なら閉じられているはずの裏門が、ひっそりと開く。
そこから侯爵家当主の馬車が入り、やがて庭園の東屋へと案内された。
ランプの淡い明かりの下、そこには国王が待っていた。
「早かったな」
「国の一大事とあらば」
「夕食は食べたか?」
庭園の東屋には、簡素な食事がすでに用意されていた。
パンとスープ、ワイン。
「まだにございます」
「儂もだ。共に食べよう」
国王が席に着くと、侯爵家当主もそれに続いた。
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「やはり、陛下もご存知でなかったのですね」
庭園の東屋には、夜の冷えた空気が静かに満ちていた。
ランプの火だけが、揺れる影を二人の間に落としている。
「ああ、最初に報を聞いたときは、面白くない冗談だと思ったよ」
「……どうします?」
食事はすでに終わっていた。
腹は満たされているはずだった。
「あの場には、この国の貴族子弟が集っている。
他国の王族もな。もう止められまい」
「……ですな」
それでも、胸の奥のつかえだけは消えない。
東屋の中に、長い沈黙が落ちた。
「飲め……。飲まねば、やっておれん」
「いただきます」
国王は、自らワインボトルを手に取った。
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「娘が、少し焦っていたのは把握しておりました。
件の男爵家令嬢にいやがらせをしていたのも……。」
東屋の空気がわずかに重くなる。
「しかし、その上で『なぜなのか』と思わざるを得ません」
「それよ」
「男爵家令嬢を密かに調べさせました」
「わしもだ」
小さな夜風が、庭園を抜けてゆく。
ランプの火がかすかに揺れた。
「サハルハ男爵家は、先王のときの大戦で名を挙げ、新興の三代目。
辺境の村を二つ治めているに過ぎません。中央の政治基盤はないに等しい。
これでは、貴族からの大きな反発が出るに決まっています」
「側妃なら、まだしもな」
「娘の父としては、受け入れがたいですが、まさしくです。
そこが妥協点でした。私としても、サハルハ男爵程度なら敵にもならない」
「では、これは知っているか? あの娘は、元平民だぞ」
「なんっ、ですと?」
侯爵家当主のグラスを持つ手が止まる。
その動揺は、テーブルの上にワインの染みを落とした。
「サハルハ男爵は、子どもに恵まれなかったようだ。
だから、隣国の孤児院から養子を迎えた」
「待ってください。
こういってはなんですが、子宝に恵まれない話はよくあります。
そして、他家から養子縁組することも。
それが、わざわざ平民を選ぶ理由はなぜです? それも男子ではなく、女子を」
「ひと目見て、ティンと来たそうだ」
「……陛下?」
一瞬、場の空気がわずかに緩む。
だが、その緩みは長くは続かなかった。
国王は自分のグラスにワインを注ぎ、それを一息に呷った。
「ふっふっ……。この報告を聞いた当時、わしもお前と同じ顔をしていたのだろうな」
「何にせよ、サハルハ男爵は出会ったその日に養子縁組を申し出ている。これだけでも異常だ」
秋の虫の声が遠くで途切れずに響いている。
庭園の木々が夜風にさわさわと揺れた。
それだけが、そこにあった。
「しかし、男爵家令嬢の評判はいい。すこぶると言っていいほどにな。
ルパートが心を許すのも納得ができる」
グラスがテーブルに置かれる音がした。
「まあ、それは同意します」
侯爵家当主は、国王のグラスへとボトルを傾けた。
とく、とく、とワインが満ちていく。
「ただ、おかしいのだ……。
孤児院にも探りを入れたが、孤児院での彼女は内気で無口な少女だったそうだ」
「今と違いすぎませんか?」
「ああ……。まるで、『人』が変わったようにな」
「そして、その娘が今、ルパートのみならず……
宰相の息子も、騎士団長の息子も、神官長の息子も、法務大臣の息子も、虜にしている」
ランプの揺れる明かりが、グラスの赤をゆっくりと揺らしていた。
その光はテーブルの上にも落ち、踊っているように見えた。
「あの年頃なら、奪い合いが起きて当然なはずなのに、ですね」
「いずれにせよ、もう流れは止められん」
「……はい」
空気が重く沈む。
風も虫の声も、途絶えていた。
「備えよ。……わしも備える」
「御意」
何も変わらぬまま、何かだけが動き出していた。




