04
夕食時の酒場は混んでいて、俺は相席を取ることとなった。少し出遅れたか。
「悪いな、失礼する――」
一声かけてから席に着こうとして、俺は一瞬、言葉に詰まる。俺が相席しようとしたテーブルにいたのは、アルアテーレだった。
「んん……。こんばんは」
ごくり、と咀嚼しているものを飲み込んで、アルアテーレが俺に挨拶をしてくる。まさかこんなにすぐ、こんなところで再会するとは思ってもみなかった。
椅子に座りながら、ちらりと彼女が食べているものを観察する。パンと魚の塩焼きか。
俺のよく知る店にいるからか、それとも普通に食事をしているからか、店で見たときの、少し怪しげな雰囲気はどこにもなかった。女一人で来るには、少々治安が悪い店だとは思うが……。
まあ、俺には関係ないか、と考えながら、俺はウエイトレスに注文をする。
「…………」
「…………」
……中途半端に知り合っているからか、妙に気まずい。会話が弾むような関係性ではないものの、だからといって何も言わないのは他人行儀過ぎると言うか。全く知らない仲ではないのだから、何かしら話しかけた方がいいよな……。
「……名前」
「え?」
「名前、聞いても?」
何か話せるような話題はあったかな、と考えていると、アルアテーレの方から声をかけてきた。名前――名前か。そう言えば名乗っていなかったか。
「俺はガーヴァン。好きに呼んでくれていい」
「ガーヴァン……」
アルアテーレは小さく俺の名前を繰り返し、そのまま食事を再開した。
……早く料理来ねえかな。
注文したばかりだというのに、妙な空気に耐えられなくなって、俺はちらちらと、店を行きかうウエイトレスの方をつい見てしまう。
「あー……、あ、そうだ。昼間は助かった。あんたのおかげで無事に仲間の怪我を治せた」
「仲間……?」
「ああ。あんたに素材を売った金で、ミドルクラスの治癒ポーションを買った」
アルアテーレは、客がどんな金の使い方をしたか興味なんてないだろうが。それでも、礼を言わねば。
そこでふと、昼間のやりとりを思い出したことで、気になったことを彼女に問うてみる。
「なあ、あの店の張り紙、マジなのか? 勇者の剣が、中古美品で、みたいなやつ。売ってんのか?」
「……あの金額は釣り広告です。欲しいんですか?」
まあ、そりゃあそうか。勇者の剣、なんてもんが街の外れにある客の出入りがあるのか怪しい店に売られているわけないか。というか、誰が買取を頼んだって話だよな。
「いや、俺には昔から愛用してる剣があるんでね。これが折れない限りは新しい奴は買う気はねえが……」
そこまで言って、彼女は、勇者の剣を売っていない、とは言っていないことに気が付いた。……マジで売ってるってのか? 金額は変わってくるんだろうが、あるにはある、とでも言いたげな言いぶりじゃないか?
本当にあるのか、と聞こうと思ったが、なんだか聞ける雰囲気でもない。俺が、欲しい、と言ったところで、彼女は売ってくれないような気がした。
まあ、客を呼び込むための釣り広告ってんなら、商品が売れる方が困るか。
「……お仲間さんは」
「ん?」
「お仲間さんは、元気になりました?」
食べる手を止めて、アルアテーレが聞いてきた。……ミドルクラスの治癒ポーションって言わない方がよかったか? 無駄に気を使わせたかもしれない。ミドルクラスの治癒ポーションは高額で貴重。その分効果がある。そして――そのレベルのポーションを必要としたということは、必然的にそれだけの怪我をしたということに他ならない。
「元気……元気だとは思うぜ。少なくとも体の方は。まあ、疲れてるだろうから、今日はもう休むみたいで、寝ちまったけど」
これがリュリュシーやアルトルツだったら、元気になった、と即答できるんだが。リベル相手では、どうにも。もしかしたら、リベルが俺に気を使っているだけの可能性もある。
「それにしても、なんでアウラヴィチェの根があんな価格になったんだか……」
思わず愚痴をこぼすと、「どうしたんです?」と思いのほかアルアテーレが食いついてきた。先程の、探りさぐりな会話の声音とは全然違う。
店の中では普通に喋っていたし、素材の話になると饒舌になったりする……のか? 錬金術師なのだろうし、自分の分野なら気後れせずに会話ができる、とかか。
隠すことでもないし、俺は素直に事情を話した。
アルアテーレの店に行く前に冒険者ギルドへと買取依頼を出していたこと。
冒険者ギルドが提示した買取価格が、たった1,000ゴールドと、人を馬鹿にしたかのような値段だったこと。
受付嬢の態度が妙に悪かったこと。
自分で思った以上に不満を持っていたのか、すらすらと文句が出てくる。
「……なあ、あんた錬金術師なんだろ? どうして買取価格が下がったんだと思う?」
俺たちのパーティーにとって、アウラヴィチェの根は一番の稼ぎだった。主軸になっていると言ってもいい。
そんなアウラヴィチェの根が、これから先もあんな値段でしか買い取られないというのなら、活動方向を見直さなければならない。
「素材の質や需要、供給で多少は値段に差が出るのは分かるぜ? でも、ここまで暴落した素材は一度も聞いたことがない」
二倍、三倍、程度の差なら、まだ俺も納得できる。でも、今回の件はそんなレベルではない。
「買取価格が最低でも100万ゴールドから始まるアウラヴィチェの根が1,000ゴールド。流石にそれは……普通に考えたらありえない値段ですね」
「だろ!?」
アルアテーレの言葉に、俺は少しばかり嬉しくなって大声を上げてしまう。ようやくこの異常事態を理解してもらえる人間がいた。冒険者ギルドのあの受付嬢の態度にうすら寒いものを感じていたが、普通はこうあるべきなのだ。
「ふむ……。一つひとつ、考えてみましょうか」
言いながら、アルアテーレはくるくると指先を回すようにして、髪をいじる。黒髪と一緒に青い髪も泳ぐようにアルアテーレの指先にまとわりついている。彼女の考えるときの癖、なのだろうか。いくら髪に魔力が移っているとはいえ、髪の魔力を外に出しても思考力が上がるわけでもあるまい。
「一つ――誤認。アウラヴィチェの根と煮ている素材があるでしょう? それと間違えた、とか。セルマンスの根は廉価ポーションの素材です」
確かにアウラヴィチェの根とセルマンスの根は外見が似ている。ただ、新生魔物の体の一部であるアウラヴィチェの根とは違い、セルマンスの根は普通の植物。入手難易度が全然違う。初心者の冒険者でも採取できる素材だ。セルマンスの根であれば、1,000ゴールドでも納得である。
だが……。
「いや、それはねえな。売買書には、しっかりとアウラヴィチェの根と書かれていた」
見間違い、ということはない。出された金額が信じられず、俺は何度も、指を指して確認したのだから。
「なるほど……。では、次に一つ――質。……と、言ってみたはいいものの、わたしもこれはないと思います。若いアウラヴィチェの根は安くなる傾向がありますが、生まれたてのものでもない限りはもう少し高額になるはずです」
それならまだ、見間違い、勘違い、の方があり得る話だ。
何か別のものと間違われたわけでもなく、粗悪な素材だったわけでもない。
きちんと正しく、使えるアウラヴィチェの根に、あんなふざけた値段が付いた理由。
「誤認でも質でもない。となれば――……」
「はい、お待ちぃ! ステーキと芋スープ、それから黒パンね!」
アルアテーレが、するりと髪から指を離し、言葉を続けようとしたところで、俺が頼んだ料理が届いた。




