03
『シーク』の帰り道、アウラヴィチェの根を売った金でそのままミドルクラスの治癒ポーションを買い、宿へと戻る。
いつもこの街に来たときに使う宿の前では、俺のパーティーメンバーの一人、リュリュシーが膝を抱えて座っていた。……外で待っていたのか。
「悪い、遅くなった」
俺が声をかけると、こちらに気が付いたのか、猫耳をぴょこりと立てる。彼女の、肩にかかるくらいの茶髪が揺れたかと思うと、あっという間に俺の隣にまで距離を詰めてきた。
「……ばか、本当に遅い。リベル、死んじゃう」
ぽこ、とリュリュシーに腕を殴られる。ぽこ、というか、ぼか、というか。普通に痛い。リュリュシーは女、俺は男。しかし、獣人と人間という種族の差は、性別程度軽々と超えてくる。
「治癒ポーションは買えたから。それに命に別状はないって、アルトルツも言ってただろ。あいつの言うことが信用できねえのか?」
「……それはそれ、これはこれ」
「折れる、折れるって」
もう一度、強く小突かれる。同じところを殴るな。あんたにとっては軽いじゃれあいのようなものだとしても、普通に折れる。
「のろまの腕、折れろ」
「リュリュシーさんさぁ……」
俺の腕が儚く変な位置で曲がる前に、宿へと入り、リュリュシーにリベルの部屋を教えてもらう。その部屋の扉をノックすると、リベルからではなくアルトルツから返事が返ってきた。
中に入ると、リベルがベッドに寝ており、そのベッドサイドで、アルトルツが椅子に座っていた。本を読みながら、リベルの様子を見ていたようで、近くのテーブルの上に本が置かれている。
「おかえりなさい、ガーヴァンさん。治癒ポーションは……、ああ、買えたようですね」
俺の手を見て、安心したようにアルトルツが言う。時間が経てば経つほど、治癒ポーションでの欠損部位の回復は難しくなる。今日、明日にでも治療をしなければ、リベルは一生片腕のままだ。ハイクラスの蘇生ポーションがあれば可能かもしれないが、そんな伝説クラスのポーション、俺たちに手が出せるわけもない。
「……リベル、起きれるか」
眠っているリベルの肩を軽く揺さぶる。本当なら寝かせておいてやりたいが、腕をくっつけるのではなく、腕を再生させるとなると、ポーションをある程度飲んでもらわないと、リベルに激痛が走ることとなる。
小さくうめきながら、リベルが目を覚ました。
「寝起きに悪い。治癒ポーションを買ってきた。飲めるか?」
「ぽーしょん……、……? ――……ッ!」
ぼんやりとしていたリベルだったが、数秒ののち、俺が言ったことを理解しきったのか、勢いよく起き上がった。急に動いたからか、軽くふらついた様子を見せたので、身体を支えようとしたが、それとなくよけられてしまった。……いや、身体がたまたま、そちらに動いただけだよな?
「ま、まさかミドルクラスの……?」
「他に何があるんだよ。あんたのおかげで俺たちは生きて帰ってこれたんだ。それなのに、その腕をそのまま放置しておくわけないだろう」
「三分の一くらい飲んでくれ」と言って、俺はポーションの瓶をリベルに渡す。信じられない、という目で、俺とポーション瓶を交互に見るリベル。
「だ、だって僕……、最近このパーティーに入れてもらったばかりで……」
「歴、関係ない。仲間は仲間」
そんなの関係ない、と俺が言う前に、リュリュシーが口を開く。
「そうですよ。命を預ける仲間なのですから、このくらいは当然です」
その横から、アルトルツも強くうなずく。
俺たちが譲らないことを悟ったのか、リベルは、「ごめん」と言ったかと思うと、ポーションを少し飲み、俺に瓶を返してきた。
「じゃあ、垂らすぞ」
リベルの腕に巻かれた包帯を取り、患部にポーションを垂らしていく。ポーションはリベルの腕にしみこんでいき、彼の腕がじわじわと、伸びていく。ちらり、とリベルの顔をうかがうが、事前に、使う治癒ポーションを飲んでいたからか、特に痛みを伴っている様子はない。
じ、と腕が生えていくところをリベルは見ていた。……気が弱そうなのに、こういうところは平気なんだな、こいつ。
数分で、肘の少し上あたりからなくなっていたリベルの腕が元通りになった。
「腕や指は動くか? 違和感は?」
「……、ないよ」
手を握ったり開いたりするリベルの手の動きに違和感はない。……よかった、無事にリベルの腕が元通りになったな。リベルの腕がなくなってから
俺は深く息を吐く。ずっと張り詰めていた緊張が、ようやくほぐれた。
冒険者ギルドで、アウラヴィチェの根に馬鹿みたいな値段をつけられたときはどうなるかと思ったが、リベルの手が戻って、本当に良かった。
「……今日はもう、休むとしよう。俺は飯を食ってくるが……あんたらはどうする?」
全部無事に終わったと思うと、急に腹が減ってきた。リベルの体のことを考えて、今日明日くらいは休みにしたいところだし、この後することもない。こういうときは飯を食って、風呂入って、寝るに限る。
「お腹、空いてない。もう寝る」
リュリュシーはそう言うと、リベルに軽く声をかけてから部屋を出て行った。アルトルツも「食べきったほうがいい保存食が少し残っていますから。それを食べて、私も休むこととします」と言う。リベルが腕を失い、急に予定が変更になったから、食料にもズレが出たのだろう。アルトルツは冒険者の男とは思えないほど少食だしな……。
「リベルはどうする? 外へ食いに行くなら、一緒に行くか?」
誘ってみたが、首を横に振られてしまった。
「ううん、疲れたしいいや。誘ってくれたのにごめんね。僕は寝るよ」
「……そうか、分かった」
力なく笑うリベルは、本当に疲れているようだった。
今日明日、可能なら明後日くらいまでこの街で休むことを伝え、俺は宿を出る。
「……はぁ」
無意識にため息がこぼれた。リベルの腕が戻って良かった、というのが大きいが……なんとなく、リベルの態度に気になるものがあったのだ。
ありがとう、というよりも、ごめん、と謝られてばかりだ。
今回のことだけではない。仲間にして当然の行動も、全て「ごめん」と謝られる。それが、どうにも、引っ掛かる。
礼を言われたくて施しをしている、なんてことは絶対にないのだが、なんというか……リベルに対してすることに、いちいち申し訳なさそうに謝られると、どうにも、心の距離がかなり開いているように思えてならないのだ。
俺とリュリュシー、アルトルツの三人のパーティーに、サポート役が欲しくて最近パーティーに加わってもらったから、確かにすでに出来上がった人間関係の中に入るのは、それなりに勇気のいることだとは思う。リュリュシーやアルトルツとの、長年の付き合いだからこそできる軽いやり取りみたいなものが無理なのは分かる。
でも、それにしたってさ……。もう少しなんとかならんもんだろうか。確かにリュリュシーやアルトルツと比べて、リベルとの付き合いは短いけれど、もう三か月くらいは立つ。流石にそろそろ、距離が縮まってもいいくらいじゃないか?
リーダーとして、俺が頼りないからか? ……今回だって、俺の判断ミスで起きたことだしな。
ぐるぐると、脳内でとめどなく自己嫌悪が起きる。いつも通っている酒場に向かっているからか、余計に。何も考えずとも、足が道を覚えている。
こんなことになって、酒を飲む気分にはなれないが、この辺りだと、いつも通っている酒場が一番気に入っているので、自然といつもの店へとたどり着く。
とりあえず飯でも食って落ち着くか、と考え、俺は店の扉をくぐった。




