02
中に入ると、ばさり、とクレー・ガルが飛び、壁に取り付けられたランプの上へ飛び乗る。ランプシェードをつんつんとくちばしでつつくと、ランプシェードの中で赤く炎が灯った。
クレー・ガルが一つひとつ、明かりをともしていくのを見ながら、ランプシェードの形に、なんとなく見覚えを感じて、じっと見てしまう。……ああ、リベルが教えてくれた、クラゲ、という生き物の形に似ているのか。
灯りが全て灯ると、少し薄暗いながらも、店内がよくわかるようになる。
右側の壁は一面大きな水槽で、左側の壁は棚が埋め込まれていて、色々な小物が置かれている。正面には腰の高さくらいの棚が並んでいた。
一番奥は会計になっているのか、カウンターがあり、カウンターの右横には螺旋階段がある。螺旋階段の柱も、水槽になっているのか、水が満たされた中で小さな魚が泳いでいた。
二階もあるのか……と、思わず上の方をちらりと見たが、流石に何があるのかここからでは分からない。
予想外の内装に、俺は目を瞬かせた。てっきり武器が並んでいるのかと思ったが……。武器はカウンター近くの壁に数本かけられているだけだ。
一番目を引く、壁一面の水槽を見るが、何の魚が泳いでいるのか、全く見当がつかない。……もしかして、海魚か? 川魚だったら、いくら魚に詳しくない俺だって、多少の検討はつく。
クレー・ガルといい、クラゲのランプシェードといい、この魚たちといい、アルアテーレは海が好きか、海辺出身の人間なのかもしれない。もしかしたら、港町出身のリベルと話が合うかも……と考えたところで、俺は首を横に振った。
遊びに来たんじゃないんだぞ。そのリベルの腕を治すために、ミドルクラスの治癒ポーションが必要で、そのためにはアウラヴィチェの根を高値で売らねばならないのだ。
「……ここは雑貨屋、なのか?」
カウンター内にある、ポールハンガーにローブをかけているアルアテーレに、声をかける。
先ほどまでは顔を隠すようにローブを被っていたが、女はあっさりと顔を見せた。魔力が宿った髪が目立つ以外は、特に変哲はない。目の色がおかしいだとか、顔に派手な傷があるだとか、そんなことはなく――どこかで見かけるような、その辺にいそうな、そんな顔。
その顔で、笑いながらアルアテーレはこちらを見る。
「雑貨屋……と言えば雑貨屋かもしれませんね。ここでは、ダンジョンで発掘されたアイテムや、魔物の素材、ポーションなんかを買い取って、売っています」
「……!」
魔物の素材の買取。まさに今俺が求めていたものじゃないか。
「アウラヴィチェの根の買取、してくれないか!」
絶対にこの機を逃してはならない。そう思うと、自然と声が大きくなっていた。
カウンターまで行くと、アルアテーレは「少々お待ちくださいね」と言いながら、カウンター内にあった、卓上の小型魔法火炉の上のケトルを持つ。
急に何を、と思っていたが、手慣れているのか、俺が状況を飲み込む前に、カップに注がれたお茶が出てきた。カップに引っ掛かっている茶こしは、何やら謎の生き物の形をしている。……これも海の生き物なのか?
「わたしはどうにも鑑定が遅くて。良ければお茶でも飲んでいってください。サービスです」
得体のしれない店から出たものを飲むのに抵抗があるが、これから買取をしてもらわなければならないのだ。いらない、と突っぱねるのもトゲがあるだろう。
迷ったが、重ねて「どうぞ」と笑顔で言われてしまえば、逃げ場がない。解毒ポーションは……ロークラスだが、あるにはある。即死しなければ何とかなる。
アウラヴィチェの根を少しでも高く買い取ってもらうには、この女の機嫌を損ねるわけにはいかない。
恐るおそる、一口だけ口に含む。……普通に美味い、ただの茶だな。無味無臭の何かが入ってれば流石にお手上げだが、少なくとも、何か怪しいものが入っているようには思えなかった。
「それで……アウラヴィチェの根、でしたか?」
「ああ、これだ」
俺はアウラヴィチェの根が入っている麻袋をカウンターに出す。
「失礼しますね」
アルアテーレがそう言い、麻袋からアウラヴィチェの根を出す。細長い根を、丸い形に巻き、丸めてある。
「紐を切っても?」
「あ、ああ……」
丸い形を保てるように固定してあった紐が切られていないことに、今更ながら気が付く。これが切られていないということは……ギルドの鑑定では、一瞥して、すぐにあの値段を叩き出されたということか。
アルアテーレは慎重に紐を切ったかと思うと、丁寧に根を観察し始めた。遅い、と言っていた彼女の言う通り、中々鑑定結果を出してくれない。
「ど、どうだ……?」
話しかけない方がいい、と分かっていても、これが正規の値段で売れるかどうかにリベルの腕がかかっている、と思うと、どうにもじっとしていられない。
「そう、ですねえ……。……、……扱いは丁寧ではありますが、少々若いアウラヴィチェの根を取ってきましたね?」
その言葉に、俺はぎくり、と固まる。確かに、いつも狩っていた個体よりは小さいものを倒してきた。だが、少なくとも子供というほどではなかったはず。
「あ、あんたの言う通り、小さい個体のものだった。でも、花はちゃんと咲いていたからな」
やましいことを隠すような言い方になってしまったが、何も隠していることはない。人を食うと花を咲かすアウラヴィチェ。そのアウラヴィチェの体に花が咲いていたということは、少なくともその個体は人を襲い、食っているということ。生まれたてのアウラヴィチェをいたぶってとってきたというわけではない。
人を襲っている以上、たとえ討伐の依頼が出ていなくとも、駆除の対象になるのだから、なんの問題もない。
今まではアウラヴィチェの年齢なんて、気にされたこともなかった。どれだけ綺麗な状態で持ち込めたかが重要だと思っていたが……もしかして、年老いた個体の方が良かったりするのか?
俺の想像は正しかったようで、「あまり若いと、水分を飛ばす過程が増えて時間がかかるんですよねえ」とアルアテーレは言った。なんでも、アウラヴィチェの根は、乾燥させて粉状にしてからポーションの材料として使うらしい。年齢を重ねたアウラヴィチェの方が、乾燥させるのが楽なのだと言う。
「……、……、そう……、ですね。うん、少々安めにはなってしまいますが、120万ゴールドほどでいかがでしょう。若い根ですし、こちらの事情で申し訳ないですが、店を始めたばかりで、ポンと高額を出せないもので」
アルアテーレが提示した金額は、彼女の言う通り比較的低い買取価格ではあったが、先ほどの冒険者ギルドよりはずっとマシだ。それに、その金額で売れるのであれば、なんとかミドルクラスの治癒ポーションを購入することができる。安くたって、目的の物が買える金額なのだから、下手な欲を出さずに売ってしまった方がいい。
「分かった、その金額でいい」
「了解です」
俺が納得すると、アルアテーレは、カウンター内のすぐ背後にある、棚の下の方で何やらごそごそと作業をし始めた。……まさか、そこに金をまとめて置いているのか?
「……なあ、あんた、他に店員はいないのか?」
「いませんよ。わたしだけです」
「…………」
即答されて、なんとも言い難い感情に襲われる。他に腕っぷしのいい男の店員がいるならまだしも、若い女一人で経営している店で、そんな分かりやすい場所に大金を置くのは、不用心過ぎやしないだろうか。
角度的に、カウンターの近くにいれば、身を乗り出さずとも、いくらくらいの金が置いてあるのかが分かる。実際、今、見えちまってるし。
「そこに金を置くのは辞めた方がいいんじゃないか。強盗が来たらどうするんだ。危ないぞ」
俺が忠告すると、女がきょとんとした表情で、こちらを見上げてきた。そして、数度、俺の顔と、金を置いている棚の部分を見比べた。
「それは……確かに?」
その表情は、金を盗み見られるとか、脅されて持っていかれるとか、そんなことは一切想定していなかった、と言わんばかりのものだった。
大丈夫か、この店……。
俺はきっちり120万ゴールドを貰いながらも、そんな不安に襲われていた。
「また何かあれば、お待ちしております」
にっこりと笑うアルアテーレに、俺は、「あんたも気を付けて頑張れよ……」と、妙な励ましをして、店を去ったのだった。




