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勇者の剣、中古美品。10,786ゴールドから  作者: ゴルゴンゾーラ三国
第一章 アウラヴィチェの根

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01

 ――アウラヴィチェの根/買取価格 1,000ゴールド。


 俺はその買取評価額を見た瞬間、思わず、声を上げそうになってしまった。アウラヴィチェの根だぞ? ハイクラスの魔力回復用のマノポーションを作るのに必須の、超高級素材。こんなにも状態はいいのに。ゼロが三つか四つ、足りないんじゃないのか。


「価格に問題がなければ、サインをお願いします」


 しかし、冒険者ギルドの受付嬢は、淡々とした様子で、俺にペンを差し出してきた。

 俺の見間違い? そんな馬鹿な。

 買取価格の書かれた売買書を持ち、じっと数字を睨みつけ、何度数字を確認しても、指でさしながら数えてみても、1,000ゴールドだった。


「お、おかしいだろが……。アウラヴィチェの根だぞ!? こんな、こんなはした金なわけあるか!?」


 俺は思わず声を荒げた。自分が思っていた値段で売れないからと、ごねる冒険者を何人も横目で見てきて、馬鹿な奴ら、と内心で笑っていたこの俺が、まさかこんなことをする日が来るなんて。

 でも、納得がいかない。絶対に、こんな値段なわけがない。現に、以前売ったときは、三百万弱で売買が成立したのだ。

 それが――どうして、こんな価格に。こんなの、廉価ポーションの素材クラスの買取価格じゃないか。


 しかし、俺の混乱と苛立ちなど知ったことではない、と言わんばかりに、「いえ、適正価格です」と、淡々とした声音で、ギルドの受付嬢は言い切った。


「だっ、誰が売るか! こんな値段で、売れるわけねぇだろ!」


 俺は、売買書をカウンターに叩きつけた。ペンが少し跳ね、コロコロ転がって、受付嬢側のカウンター下へと落ちていく。


「かしこまりました。では、こちらの素材は返却と言うことで、よろしいですね」


 事務的な様子で、アウラヴィチェの根が入っていた麻袋を返してくる受付嬢に、一周回って恐怖を俺は感じていた。

 アウラヴィチェの根を納品するときは、いつだってありがたがられていた。確かに、この受付嬢とは別人ではあったけれど、「助かります」と、ニコニコ笑っていて、ときには、「もう在庫がなくなっていたところだったんです!」と泣くほど喜ばれたことだってあったのに。


 まるで、物の価値が全く違う、異世界へと来てしまったようだ。

 そう思うのに、耳に届く周囲のざわめきの言語が、売買書に書かれた文字が、俺の手の中にあるアウラヴィチェの根が、昨日までと変わらない、俺が生まれ育った世界であると、確かに証明していた。


「それでは、またのご利用をお待ちしております」


 形式にそった、受付嬢の挨拶。

 本当に――本当に、アウラヴィチェの根が、いらないものであるかのような態度。


 気味の悪さを感じながら、俺は冒険者ギルドを後にする。

 ――……まさかあんな低価格でしか売れないだなんて、思ってもみなかった。今日の宿を取りに行ってくれているパーティーメンバーに、なんと言ったらいいのか。

 このまま皆の元へと帰れるわけがないのに、買取を遠回しに拒否されたとあっては、冒険者ギルドの前に立ち尽くすのも情けなく、行く当てもなく俺は街を歩く。


 アウラヴィチェの根を手に入れるためには、アウラヴィチェという魔物を倒さねばならない。アウラヴィチェは、今の魔王が目覚めてから産まれた、比較的新しい新生魔物。それゆえに、生体に関しても情報が少ない。

 だからこそ、アウラヴィチェを狩れる冒険者は少なく、必然的に、アウラヴィチェから取れる素材も希少となり、高値で取引される。半年に一度、アウラヴィチェの根を納品すれば、その後、半年は金に困らない。そのくらいには。

 高額で売れる素材。だからこそ、今回も期待していたというのに。


「……リベル……」


 俺は、パーティーメンバーの名をつぶやく。

 今回の依頼で、俺たちはヘマをした。全員、命あって街に戻れたのは、奇跡に等しい。だた――リベルの右腕を代償にした。

 だからこそ、アウラヴィチェの根を慌てて取りに行き、それを売った金で、欠損を治せる、ミドルクラスの治癒ポーションを買うつもりだったのに。

 このままでは、リベルの腕は――。


「キァ」


「――ッ!」


 妙な鳴き声に、俺は思わず足を止める。鳴き声の方を見ると、立て看板の上に、一羽のクレー・ガルがいた。海鳥のような白と灰色の体に、カラスのような太く黒いくちばし。目は赤くも見えるし、金にも見える。ゆらゆらと炎が揺れているかのように、一定の色に定まらない。


「な、なんでクレー・ガルがここに……」


 クレー・ガルは海辺に住む、鳥型の古生魔物。海から遠く離れたこの街にどうして……。


「キァ」


 クレー・カルはもう一度鳴くと、羽繕いを始めた。……よく見ると、クレー・ガルの足にリングがはめられている。誰かに使役されているのか?


「――……、……『シーク』……。ああ、これ、店名か?」


 シンプルに一言だけ書かれている看板。明らかに、立て看板の面積と、単語の比率が釣り合っていない。


「こんなところに店なんてあったか?」


 この街に長らくいるが、見たことがない。この辺りは、ずっと空き店舗が並んでいた。……最近できたのか?

 看板だけではなく、店先を観察してみる。窓から見える店内は薄暗く、何があるのかはよく分からない。ただ、中に物が入っていて、少なくとも、空き店舗でなくなっていることは確かだった。

 ふと、入口の扉、その扉に付けられた窓の部分に張られた紙に目が行き――「は」と、思わず声がこぼれた。

 買い手募集中。かつて、そんな風な文言の張り紙だったはずなのに、今は別のものにすり替わっている。そこには、こう書かれていた。


 『勇者の剣、中古美品。10,786ゴールドから』。


 信じられない文言に、俺は思わずそのチラシをまじまじと見てしまう。

 勇者の剣――、勇者の剣、って、あれか……? 冒険者パーティーの頂点、一番実績のある奴らへ、『勇者』の称号と共に贈られる、最強の武器のことか……?


 過去の勇者の剣が売られているっていうのか? 中古美品ってなんだ……魔王へと挑む前に勇者が死んじまったってのか? というか安すぎないか? いや、本当に売られているわけが……。こんな張り紙をするってことは、ここは武器屋なのか?


「いらっしゃいませ」


「――ッ!」


 いろんな考えが一気にどこかへと吹っ飛ぶ。驚いて振り返ると、一人の女が立っていた。

 ローブを頭から被った女。顔は鼻から上が隠れていて口元しかよく見えないが、ローブの中に納まりきらない、緩くうねった黒髪が目立つ。黒髪の中に、ちらほらと、様々な色の髪が分かる。赤、青、紫、緑……黒髪の方が多いものの、様々な色の髪が混在しているので、酷く派手に見える。


 女が軽く腕を上げると、先ほどまで立て看板の上にいたグレー・ガルが、ふわりと女の腕の上に乗り移った。

 そのグレー・ガルが機嫌良さそうに、女の髪をつついている。黒髪ではなく、その黒髪に紛れた、赤髪の部分を。グレー・ガルがもしゃもしゃと赤髪を噛むと、赤かったはずの髪が淡い光を放ちながら、黒く濁っていき、光がやんだ頃にはすっかり黒髪になっていた。


 ……錬金術師、か? ポーションを作るのを生業としている錬金術師は、素材の持つ魔力の色が、身体に移ると聞いたことがある。黒髪に色を付けるほどの錬金術師であれば、相当な数、あるいは、ハイクラスのポーションを作り続けてきたのだろう。

 クレー・ガルが髪を食みながら魔力を吸い取ったので、火属性の赤い魔力が抜け、黒髪になったってことか。


「あ、あんた、この店の店員か?」


 俺は、驚きで跳ね上がった心臓を落ち着かせるように胸元を握りしめながら、女に問う。


「はい。店主のアルアテーレと言います。今からオープンしますので、よろしければどうぞ」


 「少し失礼」と女が言うので、軽く避けると、女はドアノブにかかっていた木札を、クローズからオープンにかえる。張り紙の方にばかり見ていたから、そんなものがあるとは気が付かなかった。

 もう夕方で、普通の店にしては変な時間からの開店だが……とはいえ、冒険者が多い街だ。朝に依頼のために街の外へと出た冒険者が街に帰ってくる時間に合わせて、この時間から店を開けるのかもしれない。ということは、冒険者向けの店と考えていいだろう。


 ローブをまとい、古生魔物のクレー・ガルを使役する女。いつの間にかできた得体の知れない店。


 怪しさは抜群で、正直店に入るのは抵抗があるが――。

 ……ポーションを作る錬金術師なら、アウラヴィチェの根の価値を、ちゃんと分かってくれるだろ。

 この店が素材の買取をしているのかは定かではないが、取引を持ち掛けるだけはタダだ。


 うっすらと笑いながら、扉を開けたままにしてくれている女――もとい、アルアテーレ。怪しい。ものすごく、怪しい。

 しかし、背に腹は代えられない、と思いながら、俺は扉をくぐった。

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