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実らなかった恋の話ー向日葵には届かないー

 中二の夏、私は処女を喪失した。相手は実父。ただ痛くて気持ち悪かっただけ。それ以外は何も変わらぬ日常が緩慢に続いていた。

「ねぇ、早川先輩かっこよくない?」

親友のエリナが囁いた。ロシア人を祖父に持つ彼女は色白で華奢な体、ぷっくりとしたバストに色素の薄い目と髪色、桜色の唇を持ち歩いているだけで人目を引いた。なぜ、地味が制服を着て歩いているような私と仲良くしたがるのかいまだにわからない。

「ああ、かっこいいんじゃない?」

私は窓の外に目を向ける。

 校庭では、サッカー部が炎天下の中走り回っていた。長身で浅黒い早川先輩は遠目から見てもきらきらとして目立っている。

「もう、気のない返事。綾香はどんな人が好きなのよう」

エリナがぷぅっと頬を膨らませた。ほっぺたが薄ピンクに輝いて愛らしい。お人形のほっぺた。

「そういうのよくわかんないのよ、本当に」

「えー、じゃあさ、将来どんな人と結婚したい?」

何だか今日のエリナはぐいぐいくる。私はばれない様にこっそりため息をつき、言葉を吐き出す。

「結婚自体したいとは思わないけど……、どうしてもしなきゃいけないなら、うんとお金持ちのおじいちゃんがいいな。そうしたら遺産で悠々自適に暮らすんだ。猫とか飼って」

「何それ、現実的だか非現実的なんだかよくわかんない。綾香はやっぱり面白いねぇ」

エリナはくすくすと笑った。

「君、エリナといつも一緒にいる子だよね」

翌朝、昇降口で早川先輩に声をかけられた。

「ああ……はい」

「名前教えてくれる?」

「鈴木綾香です」

「綾香ちゃんね。あのさあ、エリナにこれ渡しといてもらえる?」

白い紙袋を手渡された。

「分かりました。渡しときます」

じゃあ、というように手をあげて先輩は走っていく。後姿を眺めながら、エリナとお似合いだな、とぼんやり思った。

「はい、エリナ。早川先輩から」

教室でエリナに紙袋を渡す。

「先輩から?なんだろー?」

紙袋を開けるエリナ。中にはどら焼きが二つと手紙が入っていた。手紙を読みながら、ニヤニヤと笑みを浮かべるエリナ。

「あーやーかっ」

抱き着いてくるエリナ。

「なに、いいことでも書いてあったの?」

「うん。どら焼き一個あげる」

「いいって、エリナが貰ったんでしょ?」

絡んでくる腕を外しながら諫める。

「いいの。綾香にも食べてほしいんだよう。親友なんだからさ」

「手紙、相当いいこと書いてあったみたいね」

突っ込むとエリナがふふふと笑った。

「放課後、早川先輩と友達と四人で会おうって。」

「四人?三人じゃなくて?」

私が首をかしげるとエリナがふふふとまた笑う。

「綾香も、来るの」

 当て馬、引き立て役、そんな役回りは慣れている。結局、放課後はエリナに引きずられるようにして待ち合わせの公園に向かった。

 せっかくの機会なのに、エリナは先輩の友達とばかり話している。私は仕方なく早川先輩と話をした。

「いつも家庭部でなんか作ってるよね」

早川先輩は、どうやら私を認識していたらしい。

「あー、お菓子とかいろいろです」

「今度さ、つくっったやつ頂戴よ。部活後結構腹減るから」

「はあ……」

困ってエリナの方を見ると、突然彼女は立ち上がった。

「私達、もう帰るから」

「えっ。じゃあ私も……」

立ち上がろうとするとエリナに手で制される。

「綾香は先輩とごゆっくり」

去っていく二人の後姿を、私は茫然と眺めていた。

「えっと……」

困って先輩の方を向くと、先輩が向日葵のような笑顔でこちらを見ていた。

「おれがエリナに頼んで、今日をセッティングしてもらったんだ」

セッティング?何のこと?

「前から綾香ちゃんいいなと思ってて、今日初めて話して戸惑ってるかもしれないけど、俺と付き合ってくれないかな。俺せっかちだから黙ってられなくて」

向日葵のようなまっすぐなまなざし。きらきらして、まっすぐで、突き刺さって痛かった。

「私は……」

ようやく言葉を絞り出す。本当は、校庭できらきらした先輩を目で追っていたのは、エリナじゃなくて私だったことを思い出した。

「私は……先輩の思っているような人間じゃないんです。だから、ごめんなさい」

もう一つだけ、言葉を絞り出して私は走り出す。きらきらした先輩の横に、泥のような自分がいることが想像できなかった。

――大人になったら、お金持ちのおじいちゃんを捕まえよう、こんな気持ちはもうこりごりだ――

 あの向日葵はまぶしすぎて、私には届きそうにない。


―了―





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