ー刑務所の中の首なし死体ー
こんなに綺麗な顔をした凶悪犯を、俺は見たことがない。
その男――囚人番号十一番は一週間前に収監されたばかりだ。歳は二十五歳。身長は百六十五センチ、体重四十八キロの小柄な体、透けるような白い肌。華奢な鎖骨には星形のタトゥー。長い睫毛に桜色の唇。
男だと知らなければ、女子高生と間違えそうな儚さがあった。
監視カメラ越しで見ているうちに、段々とその男に俺は興味がわいてしまった。
「ん?」
よく見ると、男を縛るロープが緩んでいる。
普通なら、刑務所内で囚人を拘束することはない。しかしこの男は、男女幼児合わせて五人を素手で腹を裂いて殺しているところを現行犯逮捕された前代未聞の凶悪犯だ。その為、彼には特別待遇をすることになった。
――これは直さなきゃいかんな――
俺は腰を上げた。ロープを直す、は言い訳で本当ははこの囚人に対する興味が抑えきれなくなっていたのかもしれない。カツンカツンと靴音を立て、俺は十一番の独房へ向かった。
「お前が連続殺人犯なんてなぁ」
俺はぽつりとつぶやいた。
「看守さん、僕のことが気になりますか?」
十一番はにこやかに囁いた。小さくつぶやいたはずなのに、聞こえていたのか。
「ああ、正直お前が人を殺すようになんて見えないよ。しかも五人もな」
俺は男を縛るロープを確認しながら小声で答えた。
「看守さんは優しいですね。他の方はあからさまに侮蔑の表情を投げかけてくるのに、貴方は目が優しい」
囁くような甘い声。
「そうか?俺は公務員だから平等に接しているだけだ」
彼を男だと分かっているのに、耳をくすぐる甘やかな色気に俺は下半身に血が集まってくるのを感じた。断じてそっちの趣味はないはずなのに。
「看守さん、いつも監視カメラで僕のことを見ているでしょう」
「まあ、そうだな」
「今度、看守さんにだけわかる合図を送りますよ」
いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「まあ、大人しくしておけよ」
俺は平静を装うと独房を出た。足早に喫煙室に入り、マルボロに火をつけ一服する。下半身に集まっていた血は、ようやく元の場所に戻り始めていた。
――一体どうなってるんだ、今日の俺は――
立て続けに三本吸って灰皿に吸殻をねじ込む。
看守室にに戻ると、十一番は穏やかな笑みを湛えながらカメラ越しにこちらを見つめている。
――看守さん、遅いですよ。三十分も僕を一人にするなんて――
妄想の中、十一番の声が聞こえた気がした。
「おい佐々木」
看守長に名前を呼ばれる。
「はい、何でしょう」
「昼飯の配膳なんだが、配膳係がさっき胃腸炎でぶっ倒れたんだ。悪いがお前、十一番の食事の世話してやってくれ。ロープを切るわけにはいかないからな」
「分かりました」
また十一番の男に会える――
自分の心が弾んでいることに気づいたとき、ぞわりと不思議な嫌悪感が湧いた。
――相手は囚人で、男だぞ――
自分に言い聞かせながら昼飯を手に独房へ向かった。
「看守さん、また会えましたね」
「なんだお前、寂しがり屋か」
「違いますよ。ただ、僕が脱獄したらもう会えなくなってしまいますね。それが寂しい」
彼は笑いながらさも当たり前だという風に言う。
「ここは刑務所だぞ、それにそんなに縛られてたら脱獄どころか身動きも取れないだろう」
俺の言葉に彼は舌なめずりをした。
「僕を自由にしてくれたら、僕はこの手や唇を使って、看守さんを気持ちよくさせてあげるのに」
「大人をからかうんじゃない」
自分でも、声が震えているの分かった。彼にそういわれた一瞬、俺は確かにあってはいけない蜜月を思い浮かべてしまった。
「可愛い看守さん、特別にいいこと教えてあげるから少しだけ近くにきて」
熱に浮かされたように俺は数歩だけ彼に近づく。
「本当は僕、誰も殺してないんだ」
一瞬、空気が真空になった。
「現行犯だろお前。おしゃべりはここまでだ。昼飯持ってきてやったから大人しく食べろ」
俺は邪念を振り払い十一番に食事を促した。。
配膳室は混んでいた。どうやら水道管が破裂したらしい。おかげで食器を返しただけなのに、看守室にたどり着いたのは三十分も後だった。
ドアにカギを差し込み、回す。
ガチャリ
「っつ……」
俺は思わず息をのんだ。
監視カメラに映っているのは椅子、テーブル、そして切られたロープ
「十一番!どこだ!」
俺は叫ぶ。
「看守長!脱獄です!十一番!」
俺は看守室の内線を掴み必死に叫んだ。
場内は騒然とし、たちまち大捜索が始まった。五分後、さらに事態は混迷を極めた。
喫煙所近くのトイレで、男の死体が発見されたのだ。それはただの死体ではない。頭部がなかった。
駆け付けた俺は息をのんだ。首なし死体の鎖骨には――星形のタトゥー――
(十一番!?)
死体の状況を確認していた医者がおもむろに口を開いた。
「死亡推定時刻は一時間以上前――ですね」
「血液検査もまだなので断定はできませんが……体型、状況そしてこのタトゥー、十一番の囚人の線が濃厚でしょうな」
――嘘だ!――
俺は叫びだしそうな声を必死に抑えた。
これが彼の死体なら、あの誘惑してきた男は誰だったのか。でも、もし彼じゃないならどこに消えたのだろうか。
『本当は僕、誰も殺してないんだ』
彼の残した甘やかな声が耳の中でねばついていた。




