↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オヤジ太閤記〜天下人の父に転生した男、株式会社を作って、表裏比興の者として生き抜く。〜  作者: 芭音
永禄五年(1562)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/60

#45 各地への手紙(摂津・尾張・三河)

◼︎永禄五年七月 摂津国 石山本願寺


「上人様。三河より、急ぎお耳に入れたいことがございます」


 門前に集った門徒への法話を中断され、本願寺第十一世宗主・顕如は露骨に眉をひそめながら境内を戻ってきた。


「右兵衛尉、大した話でなければすぐに戻るぞ。門前では熱心な門徒たちが、余の有難い話の続きを待っておるのでな」


 畿内から北陸、東海に至るまで、数多の寺院と門徒を束ねる巨大宗門の頂に立ちながら、顕如は未だ十九の若者である。その若き宗主に、側近の下間右兵衛尉頼廉は深々と頭を下げた。


「三河の本證寺・空誓より、上納の銭が届きました。ただし、通常の上納とは比べ物にならぬ額にございます」


 頼廉が合図すると、僧たちが二人がかりで幾つもの木箱を運び込んできた。蓋が開けられ、ぎっしりと詰め込まれた銭が姿を現した瞬間、顕如の眉間から不機嫌そうな皺が綺麗に消えた。


 箱へ歩み寄り、束ねられた銭を一つ持ち上げる。じゃらり、と心地よい音が鳴った。


「ははは! ようやったぞ、空誓! 余はあやつならやると思っておった!」


「先月までは、あの若造に本證寺を任せて大丈夫なのかと仰っておられましたが」


「昔の話だ。余計なことを覚えておるな」


 この血で血を洗う戦国の世において、寺を守るにも、門徒を救うにも、朝廷や公家と付き合うにも、大名を動かすにも銭が要る。


 銭とは力だ。


 兵を養い、人を集め、飢えた者を救い、時には敵すら味方に変える。顕如は齢十九にしてそのことを骨の髄まで理解しており――何より、その銭そのものも大好きであった。


 だが、喜びながら箱を改めていた顕如の顔に、やがて訝しげな色が浮かんだ。


「それにしても多すぎる。本證寺が半年や一年で蓄えられる額ではあるまい。三河では天から銭の雨でも降ったのか?」


「ある意味では、それに近いことが起きております。木下弥右衛門吉成――今川を三河から追い、西尾を領して一色の湊へ恐ろしい勢いで人と銭を集めている、あの新興大名から空誓へ渡された布施にございます」


 顕如の目が細くなった。


「信心から寄進した、などというつまらぬ話ではあるまいな。これほどの銭を出したからには、必ず何かを買っておる」


「御明察にございます」


 頼廉は人払いを命じると、数か月前に行われた弥右衛門と空誓の密談について語った。


 西尾と本證寺を道で繋ぎ、木下領側の関銭を軽くし、本證寺も市銭を抑えて商人を呼び込む。双方の市を食い合わせるのではなく、一つの商圏として共に富む仕組みを弥右衛門は示し、その元手として巨額の布施まで渡した。


 実際、まだ数か月だというのに本證寺へ入る荷は増え、市にも以前にはなかった活気が生まれ始めているという。


「そして、こちらの銭は木下から渡された布施の一部にございます」


「……これで一部か?」


 顕如は並んだ木箱を見回し、しばらく呆気に取られていたが、やがて肩を震わせ始めた。


「くくっ……ははははは! 面白い! 何だ、この男は。己の銭を寺へ渡し、それを元手に寺を富ませ、増えた銭の一部がさらに余のところまで流れてくる。銭というものの使い方を、よう分かっておるではないか!」


 頼廉が「上人様とよく似た御仁かもしれませぬ」と口を挟むと、顕如は不満そうな顔をしながらも否定しきれなかった。


 だが、すぐに宗主としての顔へ戻る。


「それで木下は何を買った。これほどの銭を、ただ空誓に儲けさせるために出す馬鹿ではあるまい」


「今川との戦における助力にございます。兵糧、荷駄、情報。そして、空誓から三河の門徒へ声を掛けることまで。ただし空誓は、門徒は木下の兵ではないと念を押した上で約しております」


 それを聞いても顕如は怒らなかった。


「それでよい。門徒は木下の兵ではないし、余の兵ですらない。されど寺を守り、門徒を守り、宗門を栄えさせるためならば動くこともある。その行き先が木下の望みと同じなら、何の問題もない」


 むしろ顕如は、空誓の判断を高く評価した。


 木下から銭を引き出して寺を富ませ、その利益の一部を本山へ納め、自らの成果として余すことなく報告してきた。弥右衛門からは「石山へわざわざ触れ回る必要はない」と言われていたにもかかわらず、である。


「ははっ、空誓の奴め。木下との約定は守りながら、余へ銭と手柄を一緒に送りつけてきたか。存外頭が回るではないか。あやつの評価は上げておけ」


「御意。されど上人様、面白いのはここからにございます」


 頼廉は一通の書状を取り出した。

 その前に、顕如は障子の向こうへ目をやった。


「確かに面白い時に、面白い男が現れたものだ。六角にも三好にも畠山にも、必要な折に銭を流し、人を繋ぎ、噂を流してやった甲斐あって、京は随分と面白い具合に掻き回された。三好豊前守実休が久米田で討たれたのは完全に計算外だったがな」


 三好実休には、もう少し働いてもらうつもりだった。


 とはいえ、先月には大樹・足利義輝も京へ戻り、六角と三好も一旦は矛を収め、畿内は表向き落ち着きを取り戻しつつある。


 顕如はそれが少々つまらなかった。


「平穏が嫌いなわけではない。ただ――儲からん」


「上人様。それではあまりにも身も蓋もございませぬ」


「冗談だ。半分はな」


 悪びれもせず笑った顕如は、東の方角へ視線を向けた。


「だが、六角、三好、畠山、大樹と、いつまでも同じ者どもだけを相手にしていても仕方あるまい。三河には今川、松平、その向こうには織田もいる。東海道へ一本、太い糸を伸ばしておくのは悪くない」


「まるでそれを見越していたかのように、木下弥右衛門本人より私宛てに文が届いております。『近々、直々に面会したい』と」


 頼廉が差し出した書状を、顕如は奪うように受け取った。いきなり宗主への面会を求めるのではなく、まず側近の頼廉へ筋を通している。そのあたりの礼儀も弁えているらしい。


 文面へ目を走らせるうち、顕如の口元が次第に吊り上がっていった。


「会うぞ、右兵衛尉。お前ではない。余が直接会う。これだけ派手な挨拶を寄越した男を、下の者だけに会わせて帰すなど勿体ないではないか」


 顕如は足元の銭箱を軽く叩いた。

 じゃらり、と心地よい音が響く。


「木下弥右衛門吉成……、間違いなく、余と同じ臭いがする」


 頼廉が、その意味を尋ねるように首を傾げる。


 十九歳の若き宗主は、手にした書状で銭箱を叩きながら、悪戯を思いついた童のように笑った。


「決まっておろう。欲の深い――銭好きの臭いよ」


 



 

◼︎永禄五年七月 尾張国 犬山城

 

「――猿ッ!!」


 今年の初めに謀反人であった犬山城主・織田十郎左衛門信清を討ち取って以来、織田上総介信長はその犬山城を拠点としていた。

 

 信長が描く美濃攻略の手順は極めて緻密であった。

 西美濃に対しては、先の戦で手に入れた墨俣砦近辺の拠点を厳重に保持・防衛することに徹底する。力押しはせず、機を見ては本拠たる稲葉山城下への放火を繰り返し、敵の経済を揺さぶる。こうした執拗な揺さぶりこそが、領国すら満足に守れぬ頼りない主君という不信感を美濃の国人どもに植え付けるのだ。

 また、本拠地の稲葉山城への力攻めは断じて行わない。あの城は天下に轟く堅城であり、強引な力攻めは兵の損耗を招くだけの愚策だからだ。

 ゆえに、東美濃の国人たちを一人また一人と裏から寝返らせる調略を進めることこそが最優先であった。その圧倒的な威圧と後押しのため、東美濃から木曽川を挟んで目と鼻の先に位置するこの犬山城に、信長率いる織田家臣団の主要な面々が揃って陣を張り、美濃へ睨みを利かせていたのである。


 弥右衛門の長男――羽柴藤吉郎秀吉もまた、その渦中にいた。墨俣砦の死守という前線の防衛任から、東美濃の国人を切り崩す調略の任へと、その役割を変えていたのだ。


「上様! お呼びでございましょうかッ!」


 信長の雷鳴のような呼び出しに誰よりも早く反応し現れた藤吉郎は、流れるような動作で素早く畳にひざまずいた。その左右には、藤吉郎の直臣である蜂須賀小六と前田慶次郎が、息を殺して身構えるように手控えしている。


「大沢次郎左衛門の調略、その進み具合を申せ。一向に捗らぬというのであれば、容赦なく他の者に差配を任せる。たかが鵜沼一城に無為な刻を費やす気は毛頭ないぞ。」


 藤吉郎は犬山城から川を挟んだ目と鼻の先、鵜沼城を預かる大沢次郎左衛門正秀の切り崩しを任されていた。しかし、頑固な大沢の態度は硬く、お世辞にも首尾が良いとは言えない難航ぶりであった。


「大変申し訳ございませぬ! 正直に申し上げまして、未だ思うように捗っておりませぬ……! しかしながら、大沢の家臣団の中には、我が家臣・蜂須賀小六と古くから深い馴染みのある者がおりまする。どうか他の者へとお差し替えなさらず、この藤吉郎にもう少しだけ刻をお与えくださりませ!」


 問われたことに一切の嘘をつかず、変にごまかさない。これこそが、気まぐれで苛烈な信長に対し、藤吉郎が身を削って編み出した処世術であった。だからといって、ここで調略の任を奪われれば出世の道を自ら閉ざすことになる。それゆえ、必死の覚悟で食い下がり、自らの有用性を懸命に訴えかけたのだ。


「……良かろう。そこまで申すなら、もう少しだけ待ってやる。」


 冷徹な信長の言葉に安堵の胸を撫でおろしつつ、藤吉郎はさらなる出世の契機を掴むべく、恐る恐るひとつの大きな提案を差し出した。


「上様……不躾ながら、一つお願いしたい儀がございます。聞くところによりますと、いま三河の岡崎城や西尾城には、驚くべき『三重の巨大な櫓』が築かれているそうでございます。そりゃあもう、見上げる者どもが言葉を失うほどの高さを誇るとの噂にございます。我が織田におきましても、ぜひあれを築いてみてはいかがかと存じます。美濃の敵陣からも一目でよく見える、この犬山の絶壁にそびえ立つ三重の櫓を建てれば……我が織田の圧倒的な威勢を四方に示すだけでなく、美濃の国人どもを調略する上でも、この上ない無言の威圧となりましょう。上様、いかがでございましょうか?」


 信長は鋭い光を宿した目を向け、犬山城の大規模改修と作事全般を任せていた丹羽五郎左衛門尉長秀を指し示した。


「五郎左、猿の提案……実現できるか?」


 丹羽五郎左衛門尉はすっと正面に躍り出ると、恭しく頭を下げた。


「もちろんにございます。調略を大いに助け、美濃の斎藤勢の肝を冷やさせるような、見事な大櫓を速やかに築いてみせまする」


「猿……これで満足か。お前の望み通り、巨大な櫓は建ててやる。だがな、見事な櫓を建ててやったにもかかわらず調略が成らぬとなれば、ただでは済まさんぞ。必ず結果を出せ」


「ははっ……! 勿体なきお言葉、ありがたき幸せにございます!!」


 藤吉郎は深く何度も頭を下げ、冷や汗を拭いながら部屋を辞そうとした。まさにその時である。


「待て、猿。……そう言えば、そなたの父から手紙が届いておる」


 信長の不意の一言に、藤吉郎の背筋が凍りついたように固まった。


「『近々直々にご相談にお伺いしたく存じますので、宜しくお願い申し上げます』……との内容だ。細かな事情までは書かれておらんが、直接膝を突き合わせて相談したいそうだ。猿、そなたもその席に同席する用意をしておけ。」


「ははっ……恐縮にございます! お気遣い、心より感謝申し上げまする!」


 主君である信長と同じく、今川の大軍を三河で完膚なきまでに打ち破った自慢の父・弥右衛門に会えると知り、藤吉郎の胸には武者震いにも似た誇らしさと強い昂揚感がこみ上げていた。



◼︎永禄五年七月 三河国 岡崎城


 今川との激闘を終え、吉田城の守備を酒井小五郎忠次に一任した松平蔵人佐元康は、本拠である岡崎城へと帰還していた。日々の山積する領内の報せや兵の処遇に忙殺されながらも、夜な夜な服部半蔵を密かに呼び寄せ、今後の方針を巡る周到な密談を重ねていた。


「気になる情報を得たって?」


 閉ざされた襖の向こうに黒い影のように控える半蔵に対し、元康は手元の山のような検地帳や兵糧の帳簿から視線すら外さず、どこかぶっきらぼうに問いかけた。


「はっ。他でもございません、木下弥右衛門の不穏な動きにございます」


 その名を聞いた瞬間、松平蔵人佐はピクリと綺麗に整った眉を動かすと、持っていた筆をぴたりと止め、薄暗い部屋の中に半蔵を招き入れた。


「木下殿の動きは、逐一教えてくれ……。それで、どうしたんだい?」


「先の戦以降、木下は己の本領である西尾には戻らず、新しく手に入れた領地である田原城に腰を据え、検分や民政の立て直しを行っているとのこと。その傍らには腹心である木下勘十郎、そして商人上がりの茶屋四郎次郎が常に控え、日々渥美半島の使い道について密談を交わしていると。実際に、その三人で半島全域を細かく見回る姿を、服部党が幾度も捉えております。」


 血の繋がった兄である木下勘十郎をまるで他人のように淡々と評し、無機質な声音で報告を積み上げていく半蔵。その徹底した仕事ぶりに、松平蔵人佐は小さくうなずいた。


「ふむ。それで……何がそんなに気にかかるんだい?」


「木下弥右衛門が……不審な動きをしております。手ずから数通の密書を書き上げ、遁尾衆の者どもに運ばせているのでございます」


 木下の影の動きに、松平蔵人佐は思わず身体を前へと乗り出させた。


「遁尾衆が……どこへその書状を運んだかは掴めているかい?」


「尾張、甲斐、駿河、摂津にございます。駿河と摂津へ向かった者の足取りは途中で綺麗に撹乱されましたが、石山本願寺と駿府の今川館の周辺には我が服部党を深く忍ばせておりましたので、不審な人物が門前に近づいたのを現認しております。おそらく、間違いございません。」


 松平蔵人佐は美しい顎に手をやり、深く考えに耽った。その瞳の奥が、冷ややかに光る。


「流石だね……半蔵。尾張の織田はともかく、武田に、今川に、本願寺か。同盟者である僕らには一言の相談もなく、あちらこちらの勢力に密書を飛ばして、一体何を企んでいるのやら……。」


「して……如何いたしましょう。」


「何もしない。まずは足元を固めよう。三河は度重なる戦で疲弊しきっている。先の石川与七郎の報告にもあった通り、このままでは富がそっくりそのまま木下領へと吸い上げられてしまう。だからこそ、今は徹底して内政に注力し、領内を豊かに潤す。それが結果的に、あの厄介な一向宗への防壁・対策にもなる。これが、表向きに家臣団へ伝えるべき方針だ」


 そこまで言い終えると、松平蔵人佐は冷たく暗い影を落とした。表向きの家臣団へ示す言葉と、暗部である服部党への指示が全く異なるのは当然である。


「半蔵……君たち服部党には、その尾張、甲斐、駿河、摂津の見張りを、今日から倍増してくれ。木下の企ての尻尾だけでも、絶対に捕捉したい。」


 半蔵は深く頭を垂れ、素直に首を縦に振った。先の戦で野田城の偽落城という大きな功を服部党は得たものの、木下の「三河の大返し」という決定的な一手には、最後まで気付けなかったという痛切な悔恨が今なお胸の奥に残っていた。木下の謀略は常に商売の裏に巧妙に隠されており、表と裏の境界があまりに曖昧で掴み所がない。だからこそ、わずかな変化や異変にも気づけるよう、平時の倍以上の厳重な警戒を敷く必要があった。


「そして……もう一つ。京の朝廷との間に、太い繋ぎを作ってくれ。」


 命令を受けた半蔵は、意外だというように少しだけ目を丸くし、よく分からぬという表情で首を傾げた。

 

「京の朝廷に、でございますか……? 一体、何のために。」


「木下という成り上がり者には切れぬ手札を切ろうと思ってね。国を治め、天下を従えるには、実力と、そして何より権威がいる。武の力が拮抗し、領内統治の実力で木下に遅れをとっているのなら……こちらは権威を我が物にするのさ。世間の人間というものはね、意外とそういう目に見える権威にはめっぽう弱いものなのだよ。」


「その『権威』を得るには、具体的に何をすれば宜しいのでございましょうか。」


 半蔵の問いかけに、松平蔵人佐は不敵な笑みを浮かべ、静かに言い放った。


「京の公家衆に礼金と献金を手配し、朝廷から直々に格式高い官位を叙任してもらうのさ。三河を統べる支配者としてのお墨付き――従五位下、『三河守』の官位にね。銭で権威が買えるのなら、我が松平にとって安いものさ。」


 

 

ご拝読いただきありがとうございます。

幕間を終え、次話より弥右衛門が動き出します。


続きが気になる方、本作を気に入ってくれた方はブックマークをしてお待ちください。

励みになりますので、評価もぜひお願いします

★★★★★

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。