第98話 ミーナの胸騒ぎ
馬車が走り出してしばらく経った。
無事に町を抜け、田園風景の真っただ中を進む3両。
花盛りの時期も終わり、平地はもう直ぐ田植えが始まる季節。
あちこちで牛に農具を引かせて代かきが行われている。(※1)
本来なら、ネコ村ももう田植えは終わってる頃なんだけど……このところの事件で、農作業はほったらかし。
「まぁ、でも……村に帰ればとりあえず一段楽つけるだろうから、私が心配することでもないよね?」
ネコ娘ミーナは独りごちる。
ガラガラゴトン。
車輪が砂利を踏み締め、時折大きな石を踏み越えて馬車が揺れる。
のどかな風景だ。
「……でも、着くまで何も起こらなければいいんだけど。」
「そんな神妙な顔して、どうかしはりましたん?」
キツネ姉さんはちょっと心配な面持ちで、わたしの手をそっと包み込んでくれる。
袖口からほのかな香水の香りが立ち上ってくるのがわかる。
「ユカリさん……あ、いいえ、わたしの思い過ごしだと思うんですけど。」
「……何か、気ぃになることでもあらはりますの?」
「ええと〜、いや、わたしも良くは分からないんですが……何だか胸騒ぎがしてしまって。」
「ふふ?ミーナちゃんはそない心配性やったんやろか?」
町に来て2度も夜襲を受け、しかもその後……タマキさんは昏睡状態。
今まで、わりと平和に暮らしてきた私にとっては、こういうのって……やっぱり、そう何度もあることじゃない。
しかも、今回の移送は……秘密裏にとはいえ、3両の馬車を連ねた移動だから、どうしても目立ってしまう。
周りにはギルドの騎兵隊もついてるし、ミレイネ様とお母さんが上から見てくれているから大丈夫、だとは思うんだけど……。
「だって、2度あることは3度ある、って……言うじゃないですか?」
しばらく言葉を飲み込んだ私は、そう切り返す。
「3度目の正直、とも言いますやろ? 今回はまだ日ぃも高いさかい、相手さんもそうそう迂闊なことはできひんのと違いますやろか?」
……そう言いながらも、ユカリさんの視線は外の景色から外れてはいない。
やっぱり、不安なのは私だけじゃないのかもしれないなぁ。
うん……これ以上、空気を澱ませるのはよくないよね。
それからしばらく、誰も口を開かなかった。
馬車だけが、変わらず進み続ける。
ガラガラゴトン。
ガラガラゴトン。
やっと山裾が見えてきた。
周りは相変わらず、広大な田んぼに囲まれている。
どうと強めの風が吹き……。
瞬間、音が消えた気がした。
その時だった。
ドン!!!
いきなり、右前の田んぼが土を噴き上げ爆ぜる。
「敵襲!!敵襲!!全方位警戒!!」
馬車が止まる。
周囲の騎兵も一斉に警戒態勢。
前方では、1両目に乗っていた剣士や魔導士たちがすでに展開を始めていた。
「君たちは動くな!私たちがこの馬車を護る!!」
私たちが乗っていた2両目の剣士たちも、外へと飛び出していく。
ドン!! ドーン!!!
馬車の左後方、右後方で爆発音。
おそらくこの破裂音は、炎属性の魔法。
つまり、敵側にも魔導士が何人かいる!
「あかん!3両目が!タマキさんの馬車が危ないわ!!」
気づいた時には、隣にいたはずのキツネ姉さんが——馬車の外へ躍り出ていた。
「待って!ユカリさん!待って!!!」
なぜか咄嗟に……私も馬車を降り、走り出していた。
キツネ姉さんはあっという間に3両目の馬車に辿り着き、荷台の後ろ側に取り付くとひょいと飛び乗る。
ユカリさんのあんな姿……初めて見た!
そう思っているうちに、馬車が動き出し始めた。
「え!待って!ユカリさん待って!!!」
私も乗ろうと、懸命に追いかける。
あともう少しで――荷台に手が届くはず……
「あっ!!」
砂利に足を取られかけた、その瞬間……
馬車から差し出された白い手が、視界に飛び込んできた。
「ミーナ!早よおいで!!」
差し出された手を掴んだ瞬間、グイと体が引き上げられる。
「ユカ姉さん……ありがとう……」
「ふふ?『ユカ姉さん』って、何だか懐かしいわぁ……」
キツネ姉さんはそう言いながら、私を抱きしめ頭を撫でてくれた。
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※1 田んぼに水を張り、土を砕いて平にしていく作業のこと。現代ではもちろんトラクターで行う。




