第97話 パツキン美女は裏切らない
やがて、3両の馬車は動き出した。
ポックリポックリと蹄鉄が石畳を鳴らし、軽快に歩みを進めていく。
「あぁ、上手くいくと良いのだけれど。」
白面の美女シャオリンは幌の隙間から外を眺めながら、そう呟く。
ミナミのギルド長とネコ村の村長さんに、3両目の馬車に乗るよう促された時は……驚きはしたものの、わたしはそのまま素直に受け入れた。
しかも、あの時と同じ看護師の白衣を着て、タマキさんをお世話するよう申しつかった。
わたしは今まで、いろいろなことをやってきたけれど……「任務」のためだったとはいえ、あの時危うく人を殺しかけてしまった。
タマキさんに注射するための鎮静剤が、いつの間にかすり替わっていたのにも気づかずに……。
薬剤の管理は万全なはずだったのに、なぜあんなことになったのか見当もつかない。
わたしはこの娘に恨みなど無いのに……ひどいことをしてしまった。
とはいえ、そもそもわたしは……この娘をさらって、タヌが島へと送り届ける役割を上から命ぜられていたのだ。
……それだって、命を奪わないからといって、人として許されることでは無いのよ?
ギルド長のマスダさんに作戦が露見してしまったあの時、ああ……わたしはこれでもう終わりだ、と思った。
どのような処遇も受け入れるしかないと、覚悟した。
でも同時に……やっと終われるんだ、とも思った。
長い長い欺瞞の人生から、やっと解放されるんだ、と……。
長かった。
わたしは、いわゆる少数民族の長の家で生まれ育った。
魔石鉱山を擁していながらも、畑を耕し山羊を飼い、貧しいながらもみんな楽しく暮らしていた。
あの日の光景は……忘れたくても忘れることはできない。
赤猿帝国の軍が突然、わたしの故郷を攻め落としたあの日。
町は燃え、多くの血が流された。
男は皆殺しにされ、女は連れ去られた。
ある者は強制的に婚姻させられ、またあるものは慰み者として一生を終え、そしてわたしのような子どもは……訓練されて密偵として各国に送り込まれた。
幸運に幸運が重なり、他の子よりも多少見た目も良く頭の切れたわたしは……いつしか「金毛白面のシャオリン」などという二つ名まで付いていた。(※1)
幾度も修羅場を乗り越え生き残り、任務が終われば別の姿でまた潜り込む。
一体、どれが本当のわたしなのか分からなくなるような日々。
たくさんの人を欺き陥れ、騙し抜いてきた日々。
それでも……わたしはこれまで人を手にかけたことなどなかった。
わたしは一体、どこでボタンを掛け違えたのだろう。
いままでこんな過ちは、一度たりとも無かったのに。
やっぱり何かがおかしい。
この作戦が終わってしばらくしたら、別の任地で新しい生活を始められたはずなのに。
……もしかしてわたしは「組織」に裏切られ、いつの間にか殺人者に仕立て上げられたのだろうか?
分からない。
でも……タマキさんはわたしの言うことを信じてくれた。
許してくれた。
この娘はまだ昏睡状態だから直接話したわけではないけれど、あの大魔導士のユリミさんはそう言ってくれた。
あなたは一人じゃないのよ、と。
マスダさんも、わたしのことを許してくれた。
しかも、この事件をまるで無かったことのように調整してくれた。
そして……懐かしい故郷のあの「鶏肉」の味を、わたしの元にとり戻させてくれた。
わたしは、何て幸せ者なんだろう。
だからわたしは自分の命に代えても、タマキさんを護ることにしよう。
たとえ、それが帝国を……同胞を裏切る形になったとしても。
そして、タマキさんが目覚めた時は……まっさきにお礼を言おう。
わたしを信じてくれてありがとう、って。
そうすれば……わたしはやっと「わたし」になれる気がするから。
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※1 「白面金毛」と言えば九尾の狐と相場が決まっているが……シャオリンは「金糸猴」、つまりパツキン美女の設定なので、このような表現でお送りしますw




