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エンディング・金色の護り手

 空はどんよりと雲がかかり時折月がその姿を見せるが、その明かりだけでは森を見通すには足りない。


「もう十分離れましたし、休息を取りませんか?」


 一度魔力の切れたサムは辛そうな声色である。


「そうだな。もし穴にでも脚を取られて痛めでもしたら替わりもいないからな」


 未熟な騎乗技術で暗い森を手探りで進んで行くよりも、一度休憩して朝日と共に駆けた方が安全で確実である。


 もし追っ手が来ていたとしても、その時間に出発すれば追いつかれる事もないだろう。


 そう判断して止まろうとしてカイルだったが、フェイクが声をあげた。


「家があるよ」


「家?こんな森の中にか?」


 殆ど光の無い暗闇の中では、それが木の陰影なのか家なのか判別するのは難しい。


「確かに家のようなものがある。じゃがこんな所に住んでいる物好きなのがおるのかのう」


 近くまで進むと森を切り開き、開拓された村のようだった。


 家の数は数軒であり、どこの家も明かりは無く人の気配もしない。


 どうやら地図にすら載らないような小さな村で、既に捨てられてしまった廃村のようだ。


「何軒かは燃やされた後があるな。盗賊にでも襲われたか、それとも敗残兵の略奪にでもあったのか、どちらにせよ久々に屋根のある場所で寝れそうだな」


 残った家の中で一番まともそうな一軒を選び、今日の仮宿とする。


 家の中は埃は少なく、ごく最近まで使われていた形跡がある。


 探せばベッドの一つぐらいはありそうだが、その時間すら惜しいと壁を背に座り込んだカイルは瞬時にまどろみの中へと誘われていった。






 頬にざりっとした今まで感じたことの無い感触。


 強いていうなれば柔らかいやすりを濡らして撫でたような感じだろうか。


 その未体験の刺激にカイルはその目を開いた。


 目前には鋭い牙。


 慌てて頭を振るがその牙は、カイルに迫る事無く離れて行った。


 暫く頭がはっきりとしなかったが、窓から差し込む光に慌ててまずいと立ち上がる。


 既に太陽は中天を過ぎていた。


「皆早く起きろ。すぐに出発するぞ」


 限界を遥かに超えていたのだろう、全員が泥のように眠り込んでいる。


「ルーク、フェイクはどこだ?」


 また一人だけ姿の見えないフェイクの居場所をルークに尋ねると、ルークはドアを出て行き着いて来いとでも言いたげに一度振り返ると歩き出した。


「俺はフェイクを連れてくるから、いつでも出れるように準備しておいてくれ」


 まだ状況を飲み込めていない仲間達を残し、カイルはルークの後を追った。


 小さな廃村であるのですぐにフェイクは見つかった。


 フェイクは石垣に腰をおろし、熱心に焼け落ち残骸になった家を見つめていた。


「先に起きたなら起こしてくれてもいいだろう。一体何をそんなに熱心に見てるんだ?」


 カイルに気づいたフェイクは「あれ、凄いなって」と指差す。


 その示す先を見てカイルは顔を顰める。


 確かに言葉通り凄い光景と言える。


 襲撃を受けた時に逃げ遅れたのだろう。


 丸まって黒焦げになった死体が一つ、死後数日はたっておりその体には蛆が湧いている。


 戦場ではこんな光景はそれほど珍しくはない、本音を言えば運が悪かったとしか言えない。


 それよりもフェイクは、こんなものを見て興奮するような異常者なのかと心配になったが、続けて出てきた言葉はそれを否定するものだった。


「彼女が抱いているのは子供かな。知ってる?生きたまま焼かれて死ぬのは、死に方として一番苦しい死に方なんだって。それでも彼女は子供を守ろうと最後まで離さなかったんだ。それこそ死んだ後もね」


 言われて初めて気づいたが、死体の両腕は何かを守ろうと抱きしめている。


 同じものを見ているつもりで、その実二人はまったく違うものを見ていたのだ。


「女は弱し、けれど母は強しだな」


 フェイクは嬉しそうに頷いた。


「いつか僕にもそんな相手が出来るかな?こんな酷い事をする人間だけど、やっぱり僕は人間を嫌いにはなれないよ。ねえカイルはもし子供が出来たらどんな生き方をして欲しい?」


 子供と言われてカイルは考え込む。


 何しろ子供どころかそれを作る相手すらいないのだ。


 この質問は自分より奥さんがいるバックルあたりにした方がいい気がする。


 それでも真剣に考えて一つの答えを返す。


「どんな生き方だっていいさ。親としては子供に生まれてきてよかったと思ってもらえれば十分なんじゃないか」


 その答えにフェイクは破願した。


「そうだね。きっとカイルはいい父親になるよ」


 俺が父親?内心はよせよと思う。


 自分が父親になるなど想像すら出来ない。


 その時静かにしていたルークが警戒音を発した。


 ここに何をしに来たのかを思い出し、その先を見つめる。


 木々の間を飛ぶようにいくつもの影が通り過ぎる。


 追っ手に追いつかれたのだ。


 まだ距離はあるがそれほど時を置かずにここに到着するだろう。


 安全地帯はもうすぐだが、騎乗技術に差がある以上追いつかれるのは間違いない。


 それなら家に篭って相手をした方がましかと考えた時、フェイクが静かに剣を抜いた。


「行って。あの人達をここで足止めすれば、もう逃げられるでしょう」


「一人であの人数を相手に出来るわけないだろう。お前さんも一緒に逃げるんだ」


「大丈夫。ちょっとだけ本気を出すから」


 その言葉にカイルは気づいた。


 フェイクは出来ない事は絶対に言わない。


 誰かが一緒にいて守りながら戦うよりも、一人で相手をする方が楽なのだと。


 ならば無駄に口論をするよりも、一刻でも早くここから離れた方がいいのだ。


「お前さんにでっかい借りが出来ちまったな」


 そこにあるのは死地に向かって決意を秘めたような男の表情ではなく、いつもの様に温和な笑顔を浮かべた男だった。


「これで食事の借りが返せたかなぁ?」


 こいつは何を言っているんだと、思わずカイルも笑みを浮かべる。


 そんなものとっくの昔に、御釣りが出るほど返してもらっている。


 それを言っても仕方がないと、カイルは別の言葉を選んで放つ。


「お前さんがどう思ってるかは知れないが、俺はとんでもなくでっかい借りが出来たと思ってる。もし困った事があったらいつでも頼ってくれ。何だってやるぞ」


 フェイクは少し考え、また同じように笑顔を浮かべた。


「そうだね。カイルがそう言うなら、困った事があったらお願いしちゃおうかな」


 多分そんな機会は訪れないとカイルも思っている。


 フェイクが困るような事態に陥るなら、自分が何とか出来るとは思えない。


 それでも言わないという選択肢はないのだ。


「もし良かったらでいいんだが、本当の名前を教えてくれないか?お前さんが動けないような状態であっても、その名前で手紙でもくれたら何をおいても駆けつける」


 フェイクは今までで一番の笑顔で一つの名前を答え、その名前はカイルの心の奥深くに刻まれた。


 金色の護り手と呼ばれた青年は、その日を最後に歴史の表舞台に出る事はなかった。













2016年9月29日

狼竜物語外伝~金色の護り手~【完】


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