(13)
手足を縛ったメイナスを二頭のクリフアングルが引く荷馬車に乗せ、急ぐ事無くゆっくりと門に向けて進み始める。
カイルは鼻歌混じりで上機嫌だ。
「よくそんなに上機嫌でいられますね」
「まるでどこかの王様にでもなったようじゃないか。もう二度とないかも知れないんだからサムも楽しめ」
進むカイル一行の左右には、まるでパレードの主役を一目見ようとする大衆が詰め掛けたように、門まで人の道が出来ている。
「王様を見送るような視線じゃないですけどね」
カイル達を見送る視線はとても冷たい。
特にグルー族に至っては、僅かな隙を見せれば弓で射てきそうなほど殺気に満ちている。
「お前さんが急にいなくなったのは、族長を人質に取るためか?それともそれを手に入れる為だったのか?」
メイナスと同じ荷台にいるフェイクの手には槍が握られている。
切断されて長さは半分程になっていて、激闘を示すように傷だらけになっているが、それは確かにゼフィの槍だった。
「もし捕まってるだけなら一緒にと思ったんだけど駄目だったよ」
フェイクが言った全員が生きての意味は、カイル達だけでなくゼフィや別れて逃げた他の奴らも含まれていたのだろう。
それは残念ながら果たされる事はなかった。
門が近づいてくると、一人中央に腕組みをして通せんぼするかのようにウォルフが仁王立ちしている。
腕組は心理的に相手から自分を守ろうとする無意識の行動ではあるが、彼の腕組はまるでカイル達に攻撃を仕掛けようとする自分を押さえ込んでいるように見える。
「族長に傷一つでもつけようものなら、貴様らが地の果てまで逃げようと見つけ出して殺してやる」
そう言って脇にさがったウォルフの横を通り過ぎるが、カイルは一人その場でクリフアングルを止めた。
「一つだけ聞きたい事があるんだが、俺たちの足跡が途切れた場所でお前さんすぐに周辺の探索を始めたろ。何でわかった?」
ウォルフはつまらんことをとでも言いたげに鼻を一つ鳴らした。
「蹄の大きさでクリフアングルの大体の大きさはわかる。人が乗ってるにしては足跡が浅すぎたからな。それだけじゃなく足跡の間隔が狭すぎる。逃走しようとしている奴が悠々と並足で逃げるはずもない。大方預けていた奴が先に逃げ出しただろうてのは簡単に予測が付く事だ」
何一つミスはしていなかったつもりだったが、見る人間が見れば一目瞭然だったのだ。
カイルは素直に敬意と尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
「たいしたもんだ。お前さんと敵になるのは二度とごめんだな。族長は俺達が安全な距離まで離れたら、わかるように合図を出して無傷で開放する。わかってると思うが合図があるまで一人たりともここから出るのは許さないぜ」
「どんな合図だ」
「そうだな。まだ決めてないがはっきりとわかるように出すから心配するな」
そういい残すとカイルは先行する仲間達のもとに走り出した。
「一体何時まで私を拘束するつもりだ!」
砦が見えなくなってからずっとこの調子でメイナスは喚いている。
「少し静かにしないか。それにお前さんがちゃんと案内すれば、そこで開放すると何度も言っただろ」
「場所は説明しただろ!後は貴様達だけで行けばいい」
「それが嘘じゃない証明がどこにある」
人を見下す事に慣れた人間は始末が悪い。
自分が置かれている状況というのが、冷静に判断できないのだ。
そろそろカイルが辟易してきた頃、メイナスの悲鳴が辺りに響いた。
「お前達早く私を助けろ!」
森から飛び出してきた魔獣が、メイナスが乗っている荷台に飛び乗り威嚇の唸りを発っしている。
だが半狂乱になっているのはメイナスだけで、他の人間は落ち着いたものだ。
「相当な数のグルー族に追われてたのに、傷一つないなんてSランクってのはとんでもないですね」
荷台に飛び乗ってきたのは、引き上げの合図が出され追う者がいなくなったルークだ。
サムの言う通りあれだけの数のグルー族を相手に、一頭で逃げ切ったルークは大したものだとカイルもサムに同意である。
縁があって契約こそできたが、フェイクがいなければ契約どころか命を落としていた。
まだルークの力量に見合うだけの力が自分にはないのだとも自覚しているが、それでもマスターらしくあろうと声を掛ける。
「よくやったな相棒。そのデブが騒いだら頭をかじるくらいは許してやるぞ」
ルークはもうメイナスには興味がなくなったようで、フェイクに寄り添うと目を閉じ暫しの休息に入った。
ここ数日カイル達と同じでろくに睡眠もとれず、騎乗している人間とは違い自分の脚でかけていたのだから流石にルークも限界に近かったのだ。
クリフアングルの脚力に任せて道なき道を行く荷台では、快適な睡眠など望むべくもないだろうが休むべき時はしっかり休むルークに、本当にたいした奴だとカイルは独り言ちる。
静かになったメイナスを乗せて更に進んでいくと、最初に変化に気づいたのはカテリーナだった。
「変な臭いがしないか」
「ああ、どうやらちゃんと案内されたみたいだな」
「だから言ったであろうが。さあ縄を解け」
当然の如くメイナスを完全に無視をして進むとバックルが驚きの声をあげた。
「黒い池じゃと」
「話には聞いた事はありましたけど、俺も見るのは初めてですよ。燃える水ってのはこんな風に地面に湧いているんですね」
「ここが特殊なんだ。普通は地中に埋まってるもんだからな」
燃える水はカイルが言った通り普通は地中に埋まっており、見つけたり採取するには専門の知識や技術が必要である。
それなのにそんな人間がいるとは思えないグルーやトカタンが見つける事が出来たのは、地震か何かで地表に噴出したからだと当りをつけていた。
燃える水は急速に普及しているランプの燃料として需要は高まっている。
それ以外にも使い道の研究がされており、これから価値は更に高まるだろう。
「荷馬車とこいつはここに置いていく。フェイクその槍ももう持ち主がいないんだ。持っていても仕方ないだろう?貸してくれ」
槍を受け取り先端を燃える水につけると、粘力のある水はべったりと槍に絡まった。
「サム火をつけてくれ」
取り出した火打ち石を数度叩くと、燃える水をまとった槍は勢いよく燃え始めた。
「待て!何をするつもりだ」
まだ日は高く松明等必要のない明るさである。
メイナスはカイルが何をしようとしているのか薄々感じ取り声を荒げる。
「お前さんを解放したら合図を送るって約束したからな」
「やめろぉぉぉぉぉぉ!」
メイナスの絶叫が轟く中、カイルは構わず槍を燃える水に投げ込んだ。
「こんな物見つからなけりゃ良かったんだ」
勢いよく吹き上げる炎を前に絶叫し続けるメイナスを一人残し、カイル達はクリフアングルを駆り森へと姿を消した。




