(10)
トカタン族長の首を獲り、敵本営も壊滅した。
グルー本営にいる雇われた傭兵の中には、弛緩した空気が流れている。
門の上で見張りをしている男達も例外ではなかった。
「突っ込んで来たトカタンの男以外は十人程度の足跡しかなかったんだろ?こんなに警戒する必要があるのかねえ」
「そう言うな。御蔭で安全に日銭が稼げるんだからな」
実際傭兵達の中には逃げた襲撃者の仲間を、危険を冒してまで自ら追いかけようという人間は少ない。
そのせいで追撃隊の編成が遅れ、指揮官であるウォルフは怒り狂っていたが、雇われである傭兵達にはどうでもいい事だ。
森で仲間を殺されたグルー族とは違い、傭兵達には仲間意識は希薄だ。
襲撃があった事で、数日は雇われる日数が増えるだろうぐらいにしか考えていない。
「問題はないか?」
彼らに声を掛けて来たのはグルー族の男。
「はっ問題はありません」
慇懃に答えたが、問題があるはずがない。
敵は既に無く逃げた襲撃者の仲間も今頃は、過剰とも言える人数を率いていったウォルフに捕まるか殺されているかしているだろう。
あくまで慇懃に徹っしているのは、雇われている間は彼ら傭兵よりもグルー一族の方が地位が高いからに過ぎない。
「あれは?」
グルーの男に言われ見ると、森からこちらに転がる様に向かってくる一団。
斥候に出している一隊なのだろうが、明らかに様子がおかしい。
一人は怪我でもしているのかおぶわれており、他の者も誰なのか判別できないほど泥に塗れている。
彼らは門まで辿り着くと狂った様に門を叩き始めた。
「開けろ!開けてくれ!殺される!」
真下で起きている狂乱に門番は、冷静にいつもどおりの問い掛けをする。
「どこの所属の隊だ?」
「????の??隊だ!」
一人が答えたが、突然吹いた突風にその言葉はかき消され、聞き取る事が出来なかった。
「聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
門番の問い掛けは今度は風ではなく、獣の咆哮に消し去られた。
突如現れた大型の魔獣が、あっという間に門下で立ち往生する彼らに襲い掛かり、その内の一人を鋭い牙で貫いた。
地面は見る間に赤く染まり、その凄惨とも言える出来事に男の思考は停止する。
突如魔獣が咥えていた男を放して後ろに跳躍した。
血塗れの男と魔獣の間の地面には一本の矢が突き刺さっている。
「そこのお前!俺のクリフアングルを下まで持って来い」
傍らの男に鍵を放り投げグルー族の男は次々と矢を魔獣に向けて放つ。
百発百中と評されるその腕は、確実に魔獣のいた空間へと吸い込まれていくが、その全ては地面へと突き刺さりグルーの男は舌打ちをする。
「門を開けろ!」
門の前でクリフアングルに乗った男達が声を上げ、門がゆっくりと開かれていく。
「あれは俺の獲物だ。勝手な真似をするな」
矢を放っていた男が門下に怒鳴るが、クリフアングルに跨った男達は意にも返さない。
「誰がそう決めた?お前の矢は一本も当たってないじゃないか。あれは俺が仕留める」
門が開かれ一斉にクリフアングルに乗った男達が飛び出すと、流石に形勢不利と見た魔獣は身を翻し森へと走る。
門上から矢を射ていた男も、自分のクリフアングルがひかれて来たのを確認すると、門下へと駆け下って跨り森へと消えていく。
この間僅かに数分の出来事。
完全に蚊帳の外だった門番も自分の仕事を思い出し「門を閉めろ」と声を上げた。
魔獣に襲われていた一隊は既に陣内へと入っている。
今二人に抱えられて引きずられるように、連れて行かれている襲われた男はまず助からない。
傭兵同士の繋がりが薄いといっても同隊ならばその限りではない。
下手に声をかけて恨まれるのも嫌であるし、何かあっても門を開けたのは自分ではないのだから責任もない。
隊の所属をまだ聞いていないが、男は気付かない振りをして確認しにいくのを諦めた。
「名演技でしたね。本当に死にかけてるようでしたよ」
「演技じゃない。本当に死に掛けてたんだ」
陣幕と陣幕の間に隠れ、フェイクの治癒で傷を癒したカイルは声を荒げる。
まともな方法では入る事もままならないが、常時と違う状況を生み出す事で判断力を鈍らせる。
かなり一か八かの暴策ではあったが、思っていた以上に上手くいった。
そこにはグルー族が狩人としての矜持を持っていた事も影響した。
シビルタイガー程の超大物等滅多に巡り合えないのだから、狩人であるなら一度は自分の手で狩ってみたいと思うのも道理である。
「ところでわしは、いつまでおぶわれとりゃいいんじゃ」
サムの背におぶわれているバックルが疑問を投げかける。
「もう少し我慢してくれ」
万に近い人がいる本営にはバックルに近い身長の人間もいるだろうが、並んで立っていればやはり目立ってしまう。
斥候に出ている人間にそんな人間がいなければ、門番に疑われる可能性もある中で苦肉の策であった。
同じ理由で彼の愛斧も道中に捨てざるを得なかったので彼は丸腰である。
「俺だってカテリーナならともかく、ごつごつしたおっさんを背負うのは嫌なんですけどね」
「ふん!わしだって泣くような男に背負われるのは恥辱の極みじゃわい」
「泣いてませんってば!あれは汗が目に入っただけです」
「そういう事にしておいてやるから、さっさと足をかっぱらいにいくぞ」
立ち上がったカイルだったが、足元が揺らめいているように感じる。
傷こそフェイクの治癒で癒えたが、失った血は戻ってはこない。
自分の太ももにパンチを入れて気合をいれるとカイルは走り出す。
理想はクリフアングルを手に入れた後、誰にも気づかれる事なくここから脱出することだが、入るよりも出る方が困難である。
それでもやり遂げるしかないと彼らは歩を進めるのであった。




