(6)
月の明かりに反射して煌めいた凶刃は、今は足元に転がる者の血によって赤く濁っている。
周辺には倒れた男が放つ血の臭いよりも濃い死の臭いが漂う。
顔に刺青をいれた男ゼフィが指だけで指示を出し、部隊がまるで一つの生き物の様に任務を完了し、また音と気配を消して森を突き進む。
誰もが時間との勝負だと理解している。
カイル達が通って来た道には、声を出す間すら与えられずに命を落としたグルーの哨戒の亡骸が、野ざらしのまま幾つも転がっているのだ。
いずれ気付かれる。
メイナスを討ち取る前に気付かれれば、それは暗殺の失敗と同義である。
先頭のゼフィが地面に伏せ、カイル達もそれに習い地面に伏せた。
匍匐前進でゼフィの横まで進み出た時、その光景は眼下に広がった。
侵入者を防ぐ為の柵の中で、眼に入るだけでも数千の兵士が蠢いている。
盆地のようになった場所に、それを覆い隠すような深い木々。
よほど近づかなければ、到底発見など覚束ない。
丘の上から見つけられたのは僥倖と言える。
相手を巨象に例えれば、カイル達は蟻である。
だが蟻は気付かれることなく象の足元まで忍び寄った。
後は頭に忍び寄り猛毒を打ち込むだけである。
そして幸運と不運は同時に訪れた。
陣内から歓声があがり何かを両手で抱え、歓声に応えながらゆっくりと歩く恰幅のいい男。
遠めでも見間違いようのない体型は、グルー族を束ねる族長メイナスで間違いない。
苦労する事無く標的の発見が幸運ならば、不運は今いる場所からどれほど力のある者が矢を放ってもメイナスは気付きもしないほど、遠くに落ちてしまう距離があると言う事である。
カイルがメイナスの隣の男を指差すと、ゼフィは首を振り知らない男だとジェスチャーで伝えてくる。
護衛であればそれは障害になる得る。
だがゼフィが知らないのであれば、隣の雄大な体格を持った男は護衛ではなく、アストンから派遣された戦術家とはこの男だろう。
一度でも見たなら見忘れるはずが無い。
何しろ頭が獅子の獣人なのだ。
その雄大な体格は戦術家よりも、歴戦の戦士と言った方がしっくりと来る。
出来れば事を起こす時には近くにいて欲しくは無い。
メイナスが陣内で歩みを止め、抱えていた物を両の手で天に向けて差し出すと、先ほどまでの歓声など比べようも無い悲鳴にも似たような歓声へと変わる。
それは見張りについている兵士ですら後ろを振り返り、両手を突き上げる程熱狂的なものである。
気付かれぬ様に警備の手薄な場所に移動するなら絶好の機会であるが、カイルはゼフィの腕を強く握っている。
「撤退だ」
大歓声にかき消されて聞こえないのか、反応しないゼフィにもう一度大声で告げる。
「撤退だ!」
カイルを見たゼフィの口は確かにこう動いた。
すまないと・・・
カイルの手を振り払い、ゼフィは槍を手に斜面を下り敵に向かっていく。
ほぼ同時にカイルも走り出していた。
ゼフィとは間逆の方向にほぼ全員が走り出す中、一人状況を飲み込めていないフェイクだけが取り残されている。
チッと舌打ちをして叫ぶ。
「お前達は先に行ってろ。クリフアングルがいる場所で合流だ。俺はあの馬鹿を連れ戻す」
カイルとルークだけが今来たばかりの道を引き返し、地面に伏せたままのフェイクを引きずり立たせる。
「何やってるんだ!すぐに追っ手がくるぞ。逃げるんだ」
「でもゼフィが」
ゼフィは見張りの兵士を突破して、陣内への突入を成功させていた。
だが幾人もの兵士が異変に気付いている。
メイナスまでその穂先が届く事はないだろう。
「あいつは死ぬ事を選んだんだ。行かせてやれ」
メイナスが天に掲げたのは、トカタン族長の首。
本営を離れた数日の内に本営が落ち、戦争は終結してしまっていたのだ。
報酬を支払う人間が存在しないのだから、もうメイナスの首を獲る事には何の意味も無い。
ゼフィはトカタン族としての矜持に従った。
今でしか駄目なのだろう。
自分の族長が死してなお衆人の前で辱めを受けている今だからこそだ。
せめてカイル達が安全な場所まで逃げてからとは、今更言っても詮無きことだ。
先に行かせた仲間達の姿はもう見えない。
最悪の状況に置かれているのをカイルは感じ取っていた。




