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(5)

 先頭を駆けるクリフアングルの背にゼフィ、その後を十頭のクリフアングルと一頭のシビルタイガーが続いて森を疾走する。


「こいつが持久力があるのはわかったから、そろそろ休憩にしないか?人間の方が先に参っちまいそうだ」


「駄目だ、まだ予定よりもかなり遅れている」


 カイルの休憩の提案はあっさりと却下された。

 

 ここまでほぼ丸二日休みなく走らせている。


 それでも予定よりも遅れているのは、ゼフィ以外にクリフアングルの騎乗経験が無く、半日は落馬しながら感覚を覚えた為である。


 馬には騎乗経験があるものが多かったが、馬とはかなり呼吸の合わせ方が違うため、カイルでも二度ほど落馬している。


 一度も落馬していないのは、完全にクリフアングルの背にもたれ掛かって爆眠しているフェイクぐらいである。


 どんな状況でも寝れるのは羨ましくも思うが、真似しようとは露ほどにも思わない。


 出発時にもちょっとしたゴタゴタがあり出発が遅れたが、それに関しては原因になったバックルにも、人数分のクリフアングルを用意したゼフィにも責任はない。


 まさかドワーフのような体型をしたバックルの足が、用意された鞍の鐙に届かないほど短いとは誰も思わなかったからである。


 後ろを振り向けば、誰一人脱落する事無く着いてきている。


 流石激戦をここまで生き抜いてきた勇者達と言いたいとこではあるが、皆疲労の色は濃く、もし先に情報どおり敵の本隊がいた場合満足に動けるかは微妙である。


「ゼフィ、もし相手がいた場合作戦はあるのか?」


「相手の布陣もわからないのにある訳ないだろう。だから君の相棒には期待している。限界まで近づく事が出来たなら、私達が盾になっている間にメイナスを討ち取る事も可能だろう?」


 行き当たりばったりの作戦とは言えない程の作戦だが、もしメイナスがいれば成功の可能性はゼロではない。


 ルークのスピードと攻撃力はメンバーの中では突出しているし、なんといってもこちらには最強の盾であるフェイクがいる。


 カイルの言う事をルークが聞いてくれるかは別問題である。


 それから半日走り続け、先頭のゼフィはやっと止まった。


「ほらフェイク、いい加減起きろ」


 まだ寝たりなさそうな眼を擦りながら「ご飯は?」と言い放つ。


「こっからは歩きだ。食事はもうちょっと我慢しろ」


 歩きと言われてフェイクの表情はあからさまに嫌な顔をしている。


 まだ目的地までは徒歩で半日は掛かる。


 クリフアングルは繁殖期以外は単体で生活する動物である為、この数の足跡が斥候にでも見つかれば潜んでいるのが簡単にばれてしまう。


 ここにヤールフという世話役を一人残し、残った十人でメイナスを討ち取る手はずなのである。


「三日帰って来なければ一人で本陣に帰陣して構わない。私達が留守の間こいつらの世話は頼んだぞ」


 ゼフィの言葉にヤールフは無言で頷き、カイル達は目的地の丘に向けて歩き始めた。







 それからまた半日、道なき道を掻き分け進むが、目的地に近づくば近づく程、隊には落胆の色が広がっていく。


 目的地に敵の本隊がいるならば、斥候の一人ぐらい遭遇して当たり前なのだ。


 辺りを見渡せる丘に着いた時、全員がその場に崩れるように座り込んだ。


 丘の斜面に生えた草を揺らしながら吹き抜ける風、青空に浮かぶ白い雲、見渡す限りの大森林。


 そこが戦地である事を忘れさせる絶景。


 辿り着いたのは敵の本隊どころか、人っ子一人いない平和な空間であった。


「俺も残念だ。お前さんはこれからどうするんだ?」


「勿論本陣に戻って一族と運命を共にする。言っておくが、クリフアングルは貸せないぞ。あれは私の物ではなく一族の共有財産だからな」


 やはりゼフィはカイル達が、この後どう行動しようとしているのか理解した上で連れてきたのだ。


「止めないのか?寧ろそうしなきゃいけない立場だろ」


「もう払う金もないからな。ギリギリ搔き集めて先月分がやっと払えたぐらいだ」


 やはりカイル達が目論んだ通り、ランバルはとっくに手を引いていたのだ。


 自分達の台所事情を包み隠さずあっさり口にするなど、トカタン族はゼフィに限らず戦時に置いては甘いとしか言いようが無い。


 実直で正直者、平時に友人とするならこれほど信頼出来る人々もいないだろう。


 それだけに勝てなかったのは残念でならないと心底思える。


 いっその事燃える水など見つからなければ良かったのだ。 


「お前さんとここまで一緒に戦ってこれた事を誇りに思う」


「私もだ」


 差し出したカイルの手を力強くゼフィが握り返す。


 これが今生の別れだ。


 手が離れた時にはカイルの脳裏は、これからの行動の具体策を考え始めていた。


 この場所から徒歩で森の中を行くなら、ランバル領地を目指せば一週間、アストン領地なら四日ぐらいだ。


 持ってきた食料では足りないが、幸い森の恵みには事欠かない。


 戦地から離れていけば安全に離脱できるはずだ。


 そんな思考を暢気な声がかき消す。


「ね~ね~あそこに誰かいるよ」


 フェイクが指差す方向を凝視するが、青々とした森林が見えるだけで人の姿など見えない。


「鳥か何かを見間違えたんじゃないのか?俺には何も見えないぞ」


 カイルに賛同するように、口々にワシもじゃ私も俺もと続く。


「私は目がいい方なのだが、残念ながら私にも何も見えない」


 とどめにゼフィまでがカイルに賛同して、フェイクは頬を膨らませながら「も~」と空中に円を描く。


 描かれた円の中の景色だけが、どこかを切り取った様に変わる。


「この魔法は俺も知ってますよ。ファンリでやる学校対抗戦で、離れた観客席からでもよく見えるように光の屈折率を変える魔法でしょ。それにしても本来はもっと大人数でやるもんだと聞いてますけどね」


 サムが魔法の解説をしているが、誰の耳にも届いてはいない。


 フェイクが出鱈目なのはとっくに知っている。


 今更何をやろうが大した驚きではない。


 それよりも全員の視線は、映し出された風景に釘付けになっている。


 確かにいる。


 枝に隠れてわかりづらいが、かなりの人数がせわしなく動き回っている。


 顔に刺青を入れたトカタン族ほどわかりやすくはないが、グルー族も一般的な人より浅黒い肌をしており、よくよく見れば判別は難しくない。


 明らかに雇われの部隊よりもグルー族の比率が高い。


「ここをもう少し大きく出来るか」


 ゼフィの指示した場所の倍率があがり、一人の太った男の姿が映し出される。


「いたぞ。こいつがグルーの族長メイナスだ」


「随分太っているんだな」


「族長が肥えているのは豊かさの象徴だからな。うちの族長も似たような体型をしているだろう」


 トカタンの族長と余り面識はないが、確かに随分丸っこい体型をしていたような気もする。


 両部族はとてもよく似ている。


 族長の体型も考え方も、権力の一極集中もだ。


 討ち取る事が出来れば逆転もあり得るし、一度支援を止めたランバルも手違いで支援が遅れたとでも言って、素知らぬ顔で支援を再開するだろう。


「確認しておきたいんだが、討ち取ったら報酬はどのくらいだ?」


「希望に添えるかはわからんが望むままだ」


 口約束ではあるが、信用出来ない相手と念書を交わすよりも信用に足る言葉だ。


 カイルの頭の中は離脱など、とうの昔に吹き飛んでいる。


 自然と高揚しここまでの強行軍の疲れも不思議と感じていない。


 それはカイルに限らず全員がそうだろう。


 目の前に人生で一度巡り合えるかどうかという獲物がぶら下っているのだ。


 成功の可能性が殆どないからと、諦められるほど大人なら最初から傭兵などやっていない。


「まだ随分距離がある。一度足を取りに戻るか?」


「歩いても夜には着ける。目的はメイナスの首のみだ。夜陰にまぎれて奴の首を獲る」


 誰もがその眼に野獣のような光を灯している。


 一つの戦局を自分が変える事が出来るかも知れない、歴史に名を残せる可能性もある。


 何より成功すれば今後の生活を心配する必要のない報酬だ。


「陣の配置を考えれば、情報は奴らの策の一つだったのでしょうが、いわゆるこれが策士策に溺れるというやつでしょうね」


 サムの言うとおりここに到着するまで、伏兵を配置しやすい場所は星の数ほどあった。


 さらにこの丘に大軍を持ってくれば、周囲の森に兵を伏せて囲んで殲滅できたはずだ。


 当初の予定通り半分の兵を割いていれば、殲滅させられていただろう。


 気付かれない様に少人数で動いた事が功を奏した。


 殺れるとカイルの胸は更に高揚を高めていった。

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