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(2)

 疲れた身体を優しく包む、肌触りのいいシーツに、腕を伸ばせば、女の柔らかい膨らみに触れる。


 戦地で、ゴツイ男達との雑魚寝とは、天と地程の差がある。


 ここはトカタン支配下のゼラミの街の宿屋。


 待ち望んだ到着に、カイルは好みの娼婦を見つけ、思う存分一夜を楽しんだ。


 サム等は街が見えた瞬間に、世界記録が出たのではないかと言うぐらいの猛ダッシュを決め、数人の女の子を買っていったと言う。


 夢は料理屋だと言うが、そんな金の使い方をしていては、いつまでたっても傭兵から足を洗う事は出来ないだろう。


 心地良い疲れをくれた女は、まだ眠っている。


 起こさぬ様にカイルは静かにベットを降り、部屋の窓を開けた。


 窓からは、ゼラミの広場を一望出来る。


 広場の中心には、市場でも出ているのか、朝から人の輪が出来ている。


 人の輪の中心にいる青年が、カイルを見つけ手を振る。


 寝ぼけ眼で手を振り返すが、人の輪はいっせいにカイルを指差し「頑張れよ」とか「凄いもの見せてくれ」とか言っている。


 人の輪の中心に、フェイクがいるのはいい。


 だが足元の召喚陣はなんだ?


 何より主役はフェイクではなく、明らかに群衆の注目はカイルである。


 段々頭が覚めて来て、カイルは椅子に掛けてあった服を着ると、宿屋を飛び出した。


 万雷の拍手をする群衆を掻き分け、フェイクの元に駆け寄る。


「お前さん、これは一体何の騒ぎだ?」


 もう答えを聞かなくても、薄々気付いてはいるが、聞かざるを得ない。


「勿論カイルが、召喚術をするのを見に来たお客さんだよ。二人でやるのは淋しいからね。宣伝しておいたからやる気出るでしょ」


 邪気のない笑顔に、殺意が湧く。


 こんな注目の中で、役に立たない魔獣が呼び出されたり、何も召喚されなかったりしたら、一生笑い者に成り兼ねない。


 ひっそりと誰もいない場所でやる筈が、既に逃走など出来ない雰囲気である。


 どちらかと言えば、マゾだと思っていたフェイクだが、どうやら天然のサドだった様だ。


「もしかして今からやるのか?俺にも心の準備ってのが必要なんだが」


「出会いはいつだって突然さ」


 視線だけで人が殺せると言う、邪眼の能力でも持っていたら、躊躇なく使えるのにと、カイルはさんさんと陽気を振り撒き、観衆を集めた太陽を怨み気に見る。


「やってやる!しょうもないのが召喚されたら、先生であるお前さんの教え方が悪かったって事だからな!」


 カイルは剣を抜き、召喚陣の中心へと歩む。


 無責任な群衆は、歓声を持って勇者を迎えた。





 召喚術は心との対話である。


 より己を理解し、召喚陣、言霊の正しき知識が必要な者への扉を開く。


 音も無く召喚陣の中心に血が一滴吸い込まれ、唄う様な言霊の旋律が響く。


 言霊に答え、召喚陣全体が青き光を発する。


 カイルの胸中は、少なくとも召喚失敗の恥は、かかなくて済んだと安堵している。


 青き光は一つの形へとなっていく。


 大型の四足の獣、黄色の身体、鋭く長い二本の牙。


「なあ、これ街中で呼び出すのは、まずくないか?」


 デスイーグルはCランク、レッドグリズリーでもBランク、ウッドランドドッグに至ってはDランクである。


 今目の前に現れたのは、それらよりも遥かに格上、話には聞いても見る事は殆どない。


「うんうん。やっぱり僕の見る目は、確かだったね」


 フェイクは満足気に頷いているが、観客の半数は既に逃げ出している。


 召喚された獣は、怒りもあらわに吠え、残っていた観客も逃げ出した。


 シビルタイガー。


 ランクは最上級クラスS。


 それが明らかに殺意を持って、カイルを見詰めている。


「契約はどうやるんだ?」


「さあ?」


 フェイクは無責任に答えた。


「さあってお前さん。こんなの街中に逃げ出したら、大事件になるぞ」


「これぐらいの魔獣になると、一筋縄では契約出来ないからね。死んでなければ、治してあげるから頑張って」


 シビルタイガーが大地を蹴り、カイルに向かって駆ける。


 持っていた剣を振り、血が宙を舞った。


 振った剣はあっさりかわされ、逆に爪で皮膚をごっそり持っていかれ、夥しい鮮血が腕を伝う。


 痛みと傷は、瞬時にフェイクの治癒によって、消えていった。


「上等だよ虎公。本気で殺り合う気だな。死んでも文句は聞かねぇからな」


 殺る気構えで、剣を握る手に力を込める。


 だが気合いを入れて戦っては見たものの、闇雲に剣を振っても簡単にかわされ、逆に鋭い爪と牙で傷付けられる。


 技量は明らかに、シビルタイガーが上だ。


 時折、召喚した魔獣に食い殺されると言うが、正にその状態である。


 フェイクの治癒がなければ、既に数度は戦闘不能になっている。


 あれだけいた観客も周囲には零となり、遠く離れた安全な建物から見ている。


 治癒で怪我は治して貰っても、体力が回復する訳ではない。


 カイルの動きは鈍くなっているが、シビルタイガーのスピードは最初と変わらず健在だ。


 長々とやり合っても勝ち目はない。


「認めてやるよ虎公。今度は、俺の命懸けって奴を見ていきな」


 スピードについていけない重い剣を捨て、ナイフに持ち替えカイルは駆ける。


 爪の攻撃は避ける事無くその身に受け、ナイフの如く鋭い爪は身体に埋まる。


 零距離からカイルを食いちぎろうと、開かれるあぎと


「腕一本ぐらいくれてやる!」


 その開かれた口中に、カイルは握ったナイフごと右腕を突っ込んだ。


 確かな手応えと、閉じた顎に右腕は食いちぎられたのか、お互いの鮮血で判別しようにも出来ない。


 構わず首に左腕を巻き付け、締め上げていく。


 暴れ狂うシビルタイガーの爪に、傷だらけになっていくが、先に降参したのはシビルタイガーの方だった。


 何かが繋がった感覚と同時に、シビルタイガーはカイルの右腕を吐き出した。


 皮一枚だけで、繋がっている様な凄惨な状態。


 フェイクはシビルタイガーの顎を開いて、ナイフを抜き治癒を掛けている。


「お前さん虎公より、俺の方がやばそうな感じなんだが、順番が逆じゃないか?」


 右腕は取れかけ、全身は傷だらけで、溢れ出る血の量も凄い。


 気を抜くとそのままあの世に、旅だってしまいそうだ。


「契約は出来たみたいだけど、僕がいなかったら両方死んでるよね。ちょっと反省しなさい」


 ああ、やっぱりこいつはサドだとカイルは思った。


 この日、シビルタイガーを使い魔にする、新たな召喚術士が誕生した。


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