(4)
全身が発する痛みに、カイルは顔をしかめる。
右腕と足は折れ、肋骨も何本か折れている様だ。
落ちて来た崖は遥か上空にあり、命があるだけでも奇跡だ。
地面に叩き付けられる前に、何かに受け止められて落下速度が落ちた様に感じられたが、何本か太い木が折れているので、きっとそれだろう。
立ち上がろうとしたが折れた両足は、まともに動いてはくれなかった。
「命があるだけめっけもんか」
そう呟いたが、その考えは簡単に覆された。
「まさか親か、兄弟って訳じゃないよな」
目前をよだれを垂らしながら、カイルを品定めするレッドグリズリー。
万全の状態でさえ、サムの助けがあって倒す事が出来た相手を、左腕一本で倒す等、奇跡の大安売りでもしていなければ無理だ。
ちょっと神様って奴がいたら、無駄な奇跡は要らないと文句を言ってやると、カイルは唯一動く腕で剣を抜いた。
「やっほ~思ったより、元気そうで良かった」
上空から緊張感とはなんぞやと、言いたくなる軽い口調。
人影は、カイルとレッドグリズリーの間に降り立った。
「ちょっと距離がありすぎて、全部の勢いを殺す事が出来なかったけど、もう少し我慢しててね」
お前さんじゃ無理だと思ったが、カイルが一度抱いた疑念は一瞬で晴らされた。
完全に捉えられたレッドグリズリーの腕に、フェイクの姿は掻き消え、いつ抜いたのかも解らぬ剣は首を切断した。
魔獣にごめんねと謝るフェイクの剣には、刃が付いていないはずだ。
初めて会った日に、何も感じられずフェイクは弱いと勝手に判断していたが、本当は逆だったのだ。
カイルが弱すぎて、フェイクの強さを感じる事が、出来なかったのだ。
フェイクがカイルの身体に手を当て、信じられぬ速度で痛みが引いていく。
「お前さんは何者なんだ?」
幾度目かも解らない質問に、お決まりの「フェイクだけど?」を返す。
「やっぱり召喚術を習ってみない?いつでも僕が守れるとは限らないよ」
お荷物だと思っていた相手に、守られてたと知ってカイルは苦笑する。
「そんな簡単に、覚えられるもんじゃないだろ」
「僕を誰だと思ってるのさ。召喚術にかけては、世界で右に出る者はいないよ」
テイマーすら知らないのにかと、茶化す気にもならない。
この男の底が知れないのだ。
「お前さんの見る目が確かかどうかは解らないけど、いっちょ本気で勉強って奴をしてみるか。頼んだぜフェイク先生」
「任せといてよ。ビシバシ鍛えるからね」
完全に痛みの無くなった身体を起こし、カイルはフェイクと隊が抱える問題について話し合った。
「仕方がないね。もうそれしかないと思う」
フェイクの肯定にカイルも頷く。
「ラームには死んでもらう」
この後、崖から落ちて怪我一つなく軍に戻ったカイルは、驚きを持って迎えられた。
完全に分断された軍は、三百人程迄減っている。
遠回りになるが、山岳を迂回して大本営に向かう。
そして今日も遥か上空には、デスイーグルが旋回している。
「なんでこれがこうなるんだ?」
「だから召喚術は、特定の相手を指定した送還の魔法を、不特定に変更した物なの。魔力が無い人でも使える様にした、魔法であって魔法でない特殊技術だと思って」
本日もフェイク先生のレッスンは継続中である。
身体ばかりを鍛えて、頭を鍛えて来なかったカイルは、苦戦中ではあるが、フェイクは粘り強く丁寧に教えている。
「今日もやってるな」
顔に入れ墨の入ったゼフィが、問答を繰り返す二人を楽しげに見詰めている。
「昨夜の奴らは、結局帰って来なかったのか?」
カイルの問いに、ゼフィの表情に陰りが浮かぶ。
「逃げたか、殺されたか。どちらにせよ、いなくなったのは間違いない」
トカタン軍の敗色は以前より濃くなり、脱走者の数は増えている。
何よりグルーの狩人は、獲物としてカイル達の軍を選んだ様である。
位置を確認しに来ただけなのか、デスイーグルは山間にその姿を消していく。
「相談なんだが、予定より早いが明日斥候に出てくれ」
斥候は小部隊の持ち回りではあるが、カイル達の順番にはかなり早い。
「皆狩人を怖がって震えてるって訳か」
そういう事だとゼフィは肯定する。
敵軍から攻撃を受ける事もあるが、現時点での最大の被害は、斥候に出た部隊に対する狩人の攻撃である。
「別に構わないが、その分の割り増し料金はいただくぜ」
「上に交渉しておく」
斥候の日時が決まり、カイルは直ぐさまラームを呼び出した。
目には生気がなく、僅か数日で髪には白いものが混じっている。
「単刀直入に言うが、お前さんが一人で死ぬのは構わないが、今のままじゃ仲間に危険が及ぶ」
実際数日前には、カイルを殺しかけたラームは、黙って頷き次の言葉を待った。
「だからな。お前さんは明日死んでくれ。これは隊全員の総意だ」
「私はカイルさんを殺しかけた訳ですから、抵抗はしませんので苦しまない様に殺って下さい。しかし、隊全員の総意なのは、正直ショックです」
「ああ苦しまない様に殺ってやる。運が良ければ、冥土の土産に敵ぐらい討てるかもな」
ラームが最後に仲間達と過ごした夜は、生涯忘れる事の出来ない一日となった。




