三章・テイマー
鋭い牙がカイルの鉄甲で、精神を攻撃するような不快な音を立てる。
左腕に食らい付いた、三眼の犬に似た魔獣を、剣で斬り打ち捨てる。
カイル達が走って向かうのは、自軍とは違う方向。
その周りには、先程打ち捨てた魔獣が群れをなし、カイル達を追い立てている。
魔獣はウッドランドドッグと呼ばれていて、それほど珍しいものではない。
通常は数頭で群れをなして狩りをする魔獣だが、五十を超える群れ等殆どない。
斥候に出たカイル達は、通常考えられないウッドランドドッグの群れに遭遇し、そのまま戦闘に突入した。
「見つからないか?」
「上手く隠れてるみたいで、まだ見つかりません」
カイルの問いに、ラームが渋面で答える。
「やっぱりテイマーですかね?」
風の刃を連発するサムが、息を切らしながらした質問に「間違いない。なんで金にならない相手ばっか会うんだ。疫病神がいるに違いない」とカイルは、その疫病神を睨み付ける。
その疫病神は、相変わらず笑みを絶やさぬままで、剣すら抜いていない。
「テイマーって何?」
疫病神の質問には、無言を持って答えた。
こんな数の魔獣を引き連れては、自軍には戻れない。
自分達でどうにかするしかないと、剣を振るい血路を開く。
「テイマーてのは、召喚術士の職業の一つです。群れをなす魔獣が召喚された時に、使い魔を群れのリーダーに据え付けて、群れ自体に命令するんです」
「へ~人間て色々と考えるんだね」
ラームの説明に、感心した様に頷くフェイクに対する苛立ちを、カイルは目前のウッドランドドッグにぶつけ、怒りをその身に受けた哀れな魔獣は、真っ二つとなった。
「余り一人で突出するな!」
バックルは果敢に一人で大斧を手に、魔獣の密集地に突っ込んでいる。
恐れ知らずのバックルの存在は頼もしいが、時に危うくも見える。
そのカイルの嫌な予感は的中した。
人影を見つけたバックルは、一人でその方向に駆け出し、ラームの「罠だ!」の声は届かなかった。
空気を切り裂いた無数の矢を全身に受け、バックルは膝を付き倒れた。
「弓から守ってくれ」
倒れたバックルに近付くカイル達四人に、弓が通用しないと解ると、敵は退いた。
周辺にはいくつもの魔獣の気配。
一気に片を付けるつもりはなく、じわじわと真綿で首を絞める様に殺るつもりだと、カイル達は歯がみする。
バックルには三本の矢が刺さっており、その内一本は肺を貫いていて、細く苦しげな呼吸を繰り返している。
「今楽にしてやる」
いくつもの死を見て来たカイルは、バックルは助からないと判断し、懐からナイフを取り出しそれを突き立てた・・・はずだった。
振り下ろしたナイフは、いつの間にか木の幹に突き刺さっていた。
手には軽い痺れが残っている。
ナイフが弾かれる瞬間を見ていたラームとサムは、驚きのあまり声をあげる事も出来ないで、成り行きを見守っている。
「お前さんの剣は、飾りじゃなかったんだな。けれど初めて使うのが、味方に対してなんてのは、どういう了見なんだ」
今まで一度も抜かれる事のなかったフェイクの剣が、初めて抜き放たれカイルのナイフを弾き飛ばした。
こんな時でもフェイクの顔には、笑顔が張り付いている。
「助かる人を助けただけだけど?」
「助かる訳ないだろ!肺をやられてるんだ。苦しんで死ぬより、早く楽にしてやるのが、戦場での優しさだ」
フェイクはカイルの言葉を無視して、バックルに刺さった矢を無造作に抜いていく。
「お前何考えて・・・」
言いかけてカイルは、言葉を飲み込んだ。
刺さった物を止血もせずに抜く等、相手に死ねと言ってるも同義である。
だがカイルに、それを言う権利はない。
苦しげにバックルの口から、血が地面に伝う。
萎んだ肺は空気を取り込めないのか、顔には酸欠の色も濃い。
バックルの傷にフェイクが手をやると、そこが光を放った。
変化は劇的だった。
細く消え入りそうな呼吸だったバックルが、いきなり大きく息を吸い込み、腹筋の力だけで上半身を起こしたのだ。
今にも黄泉路に旅立とうとしていた男が、自分の身体を何度も触り確かめる。
「傷がない」
八つの瞳が、ヘッドバットを喰らって、悶絶しているフェイクに注がれる。
今見たのは、治癒の魔法であるのは間違いない。
そして誰もが同じ疑問を持っている。
「誰か言霊を聞いたか?」
誰しもが首を横に振る。
治癒の使い手ですら滅多にいないのに、無詠唱の使い手等聞いた事もない。
カイルは、地面に転がったフェイクの剣を拾う。
剣には刃が付いていなかった。
「お前さん何者なんだ?」
「フェイクだけど?」
涙目で剣を受け取り、鞘に戻すフェイクは、お決まりの台詞を吐いた。
幹に刺さったナイフを抜き、しまうカイルの胸中は疑念が渦巻くが、そんなはずはないと振り払う。
「今日はここでキャンプを張ろう。あちらさんもゆっくり楽しみたい様だし、大事な話もある」
周辺には魔獣の気配が色濃く残り、カイル達は見張られたままで、逃がすつもりもないらしい。
「これだけ見張られてたら、火は使っても使わなくても一緒ですね。俺の自慢の料理を御馳走しますよ」
手早くサムが火を起こしに掛かる。
カイルの大事な話の内容が何なのか、誰もが気付いている。
フェイクの答えが、これからの生死をわけるかも知れない。
皆の不安を覆い隠す様に、空は夜の帳を降ろしていった。




