(3)
敵本陣強襲部隊250人の内一隊として、敵総大将を討ち取るべく、カイル達も出陣する。
位置的には後方。
このまま後方にいては、大功を挙げる等覚束ない。
先頭が敵軍と接触し、乱戦となっているが、まだカイル達は後方で待機している。
「いつ抜け駆けする?」
バックルが、今にも飛び出して行きそうな勢いで問う。
「まだ早い。ラーム少人数でも行けそうな道はあるか?」
ラームは使い魔との視覚を共有し、上空から本陣への突破口を探り、その目を開いた。
「左陣が敵を押し込めそうです。その後方から回り込んでいけば、本陣に辿りつけそうです」
「よし!一気に行くぞ!サム弓は任せる」
カイルの判断は早い。
僅か五人で大将を討ち取るには、大多数の名もなき兵は相手にしていられない。
敵は左陣に任せて、その後方を斜めに突っ切る。
時折矢が向かってくるが、サムの風壁により当たらず逸れていく。
そのまま大きく戦場を回り込み、本陣右後方から突っ込む。
いくら敵影が薄いところを選んでも、全く敵に遭遇せずに辿り着けはしない。
先頭を行くバックルの大斧が振られ、血しぶきが上がる。
少人数での抜け駆けはリスクも高いが、大功を立てる為には、安全策ばかりを取ってもいられない。
身体が切れているのか、それとも相手が弱すぎるのか、カイルもあっという間に三人を切り伏せ、本陣に向けて一目散に走る。
その目に迫る大将旗を捉え、カイルは行けるとさらに加速する。
その時、先頭を行くバックルが、真横に飛んだ。
比喩ではなく、そのままスライドする様に、飛ばされたのだ。
破竹の勢いで進んで来たカイル達は、初めてその場で足を止めた。
「もう少しだってのに、スープのダシにするぞこの野郎」
カイルの目の前で、巨体を揺らし威嚇するレッドグリズリー。
バックルは上手く斧で攻撃を受けたのか、大きな怪我もなくラームに助け起こされている。
「こいつは俺がやる!周囲の敵は任せる!」
カイルを除く三人は、すぐさま陣形を整え、辺りの敵と交戦している。
敵本陣に突っ込んだのだ。
味方等周囲にはいない。
四人なら何とか倒せると思ったレッドグリズリーを、一人で素早く仕留めなければならない。
マスターである召喚術士を倒すのが一番楽だがと、息を整えながら周囲を見回すが楽は出来そうにない。
動き続けていたから切り抜けて来られたが、止まってしまった今は、ここは死地となる。
アドレナリンが身体の隅々迄行き渡り、集中力を極限迄高める。
「いや~おっきいよねぇ。知ってる?東方には、白黒の熊がいるんだってさ」
せっかく高めた集中力は、瞬時に瓦解した。
もう一人いたのを思い出す。
「生きるか死ぬかの瀬戸際だってのを、理解してるか?」
勿論だよとフェイクは、いつになく真剣な表情で続けた。
「全力で応援するから頑張ってね」
集中力どころか、全身が脱力しそうになりながらも、カイルはレッドグリズリーに向かって駆ける。
驚異の破壊力を誇る腕を潜り抜け、両手で持った剣を渾身の力を持って、叩き付ける。
厚い脂肪を切り裂き、その下の筋肉に迄達したが、刃の半分も埋まってはいない。
逆に攻撃したカイルの腕が痺れ、着ていたレザーアーマーの肩当てを易々と、レッドグリズリーの攻撃は剥ぎ取っていった。
もしまともに頭に喰らえば、高い場所から落とした西瓜の如く、砕け散るだろう。
仲間達も、それほど長くは持たない。
時間はかけられないのに、カイルの攻撃はレッドグリズリーの天然の鎧に防がれ、致命傷には程遠い。
「魔獣なら問題ないから、僕がやろうか?」
死地にいると言うのに、緊張感のかけらもないフェイクに、怒鳴り返す。
「お前さんは熊より、周りの敵をどうにかしろ!」
フェイクも敵三人に囲まれ攻撃を受けているが、避けるのだけは抜群に上手いらしく、剣も抜かないままかすり傷一つ負わずにかわしている。
とんでもないお荷物だが、カイルも仲間も助けに行く余裕はない。
レッドグリズリーの攻撃はモーションが大きく、かわすのはそれほど難しくはないが、いかんせん防御が高すぎる。
手間取っている間にも、カイル達を囲む敵兵の数は増えていく。
攻撃を後ろに避けて下がった時、トンと背中が誰かにぶつかり半回転した。
「選手交代。そっちは任せるね」
カイルの目の前には、先程迄フェイクを攻撃していた三人。
よっぽどフェイクに翻弄されていたのか、息も絶え絶えの様子で、肩で息をしている。
カイルは仕方ないと、疲労困憊の敵を一瞬で屠る。
背後ではフェイクの「うひゃっ」と言う情けない叫び声。
見るとレッドグリズリーの攻撃を、両手で頭を押さえてしゃがんでかわすフェイク。
カイルはその背中目掛けて走り、その背を踏み台に宙へと舞い上がる。
跳び上がったカイルを迎撃しようと、レッドグリズリーも立ち上がり、その腕を振った。
その軌道はカイルを捉える軌跡だったが「暴風」とサムの声とともに、もう一段高い場所へ舞い上がり、その攻撃をかわした。
眼下に見える無防備な首へ、カイルは渾身の力を持って剣を突き立てる。
胴体は厚い脂肪と筋肉に守られているが、首は鍛えるのが難しくその切っ先は貫通した。
さらに剣の柄を蹴り、頭の半ば迄切り裂くと、レッドグリズリーは断末魔もなく、その場に崩れ落ちた。
同時にカイル達を囲んでいた敵兵が、潮が引く様にいなくなっていく。
レッドグリズリーが倒れされたからではなく、本隊が敵本陣を攻撃し始めたのだ。
みるみる遠くなっていく、敵大将旗にカイルは倒したレッドグリズリーの上で「ちくしょう」と力無く呟いた。
大魚を逃した。
レッドグリズリーがいかに強敵だろうと、ただの一魔獣に過ぎない。
壊されたレザーアーマーの修理代にすらなりはしない。
「生き残れただけでよしとするか」
地べたに潰された蛙の様になっているフェイクを見て、もう一度小さくちくしょうとの呟きは自軍の勝鬨に消されていった。




