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一章・偽る者

 普段は、それ程賑わってないはずのルスにある、酒場兼食堂である寂れた店。


 それがこの場所で祭りでも行われているかのように、店先まで長蛇の列ができている。


「これは店からのサービスでございます」


 カイルが座るテーブルに、店主がトンと酒瓶を置いていく。


 ホクホク顔の店主とは対照的に、苦虫を噛み潰したような顔で、カイルはラッパ飲みで酒瓶に口をつける。


 彼が不機嫌な理由は、目の前のこいつ。


「これ美味しいね。次はこれ持ってきてください」


 細身の身体の何処に、それだけの量が入るのかと呆れるほど彼は食べ、メニューの端から端まで頼みそうな勢いである。


 寂れた店がついてきた人で、一瞬にして大繁盛店に変わったのだ。


 酒の一本ぐらいサービスで貰っても罰は当たらないだろう。


「お前さんの辞書には遠慮って言葉が載ってないのか?飯は食わせてやるとは言ったが、メニュー全部頼んでいいとは言ってないぞ」


 ここで初めて、金色の髪を持つ青年は手を止める。


「そうなの?あんまりこちらに来る事がないからよく知らなくて」


 そんな事を言いながら、青年は次の注文を頼んでいる。


 彼の辞書には遠慮以外にも、理解や常識と言う言葉が載ってないらしい。


「こちらにあまり来る事が無いって事は、どっか遠くの地方貴族のバカ息子か。そういやまだ名前も聞いてなかったな。何て名前なんだ?」


 青年は眼を閉じ、腕を組み考えてからカイルに切り出す。


「ジョシュ、ガウ、グリード、ゴンベエ、ジョセフィーヌ、どれがいいと思う?」


 真剣な表情で聞いてくる青年に、カイルはとんでもないのに関わったと頭を抱える。


「お前さん偽名を使おうって相手に、どの偽名がいいかなんて相談してどうする」


「おおぅっ!よく偽名だってわかったね。カイルって超能力者?」


 こいつは馬鹿にしてるのか、それとも本物の馬鹿なのか?


 カイルは、疲れ切った表情で天井を見上げる。


「偽名ってばれてるなら僕の名前はフェイク。うんそれでいこう。てことでたった今から僕の名前はフェイクになりました」


 カイルは、深い深いため息をつく。


 傭兵の中でも、偽名を使っている人間は多い。


 罪を犯し逃げている者、過去の自分を捨てる者、その理由は様々だがここまであからさまな奴はいない。


 だが偽名を使っているのがわかったとしても、それは敢えて聞かないのが、傭兵の暗黙のルールでもある。


「で、お前さんは何しにこちらに来たんだ?頼りになる親戚でもいるのか?」


 フェイクは、ナイフとフォークをテーブルに置く。


 置いたのはただ単に、目の前の料理全てを食べ終わったからなのだが、先ほどとは打って変わって真剣な表情だ。


「知りたいんだ。人間を」


 奇妙な奴だが、この言葉に嘘偽りはないと、カイルは興味を惹かれた。


「まるで自分は人間じゃないって言うような言い草だな。それが何で傭兵なんかになろうとしたんだ?」


「誘われたから」


 こちらの答えは、単純にして明快だった。


「それなら傭兵は止めとけ。戦争ってのは汚い本性だけが見えて、人間に幻滅する事請け合いだぜ」


「本性・・・それって偽ざる人間の姿って事だよね。いいねそれ、仲介所に行けば傭兵になれるんだっけ?じゃあ今から行ってくる」


 待て!と止める間もなく、フェイクは立ち上がり店を出ていく。


 その後を潮が引くように、店内の客達が追いかけ壁となり、カイルはフェイクを見失ってしまった。


 思い立ったら即行動。


 こんな調子でフェイクは、家出してきたのだろうか?


 カイルが止めようとしたのは、傭兵にとって大事なのは生き残る事と同時に、勝つ方につく事である。


 戦争をしているトカタンとグルーは、どちらもそれ程大きな部族ではなく、仲も悪くなかった。


 それが一変したのは、両部族の境界線で燃える水が発見され、どちらも所有権を主張した事に端を発する。


 たかが部族間の抗争に法外な報酬がついているのは、どちらも勝利して燃える水から得られる利益を当てにしているからだ。


 負ければ当然報酬など得られない公算が高い上に、ルスで募集しているのは敗色濃厚なトカタン側だ。


 それにカイルは、既に何度も傭兵として幾つもの戦争に参加しており、相手の力量もある程度はわかるようになっていた。


 間違いなくフェイクは弱い。


 それもとびきりだ。


 強い奴ってのはそれなりのオーラなり、雰囲気なりを持っているものだが、フェイクからは何も感じなかった。


 一期一会。


 この世の思い出に飯まで食わせてやったと、カイルはフェイクの事は忘れると決めた。


「まあ三日も生き延びれば上出来ってとこだろうな。俺にはもう関係ない」


 行儀は悪いがこれが傭兵流のマナーってもんだと軽くなった財布を手に、一人になった店内のテーブルの上で、足を組んだカイルに店主が近づいてくる。


 マナーが悪いと文句でも言われるかと思ったが、店主の口から出たのは別の言葉だった。


「あの~他のお客様の御代を、頂戴しておりませんが?」


 はぁ?と店内を見渡すが、人っ子一人いない。


 もしかしてフェイクについていった客全部、これ幸いとそのまま食い逃げしたのか?


「他の客は、俺には関係ないぞ」


「ほうほう私には貴方が、全員連れて来た様に見えたのですが、見間違いでしたかね」


 弁明も言い訳も聞く気のない店主の持った、巨大な肉斬り包丁がきらりと光る。


 戦場で培った相手の力量を読む力はこいつは強いと伝え、カイルはあいつに関わるんじゃなかったと心底後悔していた。


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