北の国侵攻
教室に入るとすぐに担任の教師が入ってきた。羽月は慌てて席につき、シンはマイペースで席に向かう。ミリンは着席すると、転校〈学校入学〉二日目にして退屈そうに教室の外を眺めている。
本日も、先生の雑談による『つかみ』から入り、学校の行事や業務連絡について話をされる。中間テストの後にある文化祭の用意について先生が話し出すと、羽月は何やら嬉しそうにシンにチラチラ視線を向けている。それに気づいた光美は美鈴に合図を送り、二人でこそこそと笑っている。大月は熱心に先生の話を聞く振りをしながら机に広げているのはアニメの雑誌。本多は机の影に隠した携帯でテレビを見ているようだ。
新学期が始まって二日目。夏休み前と同じく、いたって普通の日常風景だった。
「それじゃ、一時間目は私の国語の授業だから・・・。ホームルームを終わらして、早めに授業に入っていいかな?」
ニヤニヤ笑う先生に向かって生徒はブーイングを送る。それを嬉しそうに見ながら自分の専門教科、国語の教科書を先生は広げた。
「ああっ!」
突然本多が叫んで立ち上がった。先生はもちろん、クラスの生徒はミリン以外全員注目をした。手には携帯電話を持っている。
「おい。携帯電話をしまえ」
本多が授業中に奇声を上げる事はたびたびあるので、先生は小さなため息を付きながら苦笑いを向けている。
「ちがっ・・・。せ・・・先生! みんなも! 携帯電話にテレビチューナーがついている奴はすぐ見てみろって! 8チャンだ! い・・・いやっ・・・。他のチャンネルでもやっているかも! せ・・・せ・・・・戦争だっ!」
ついに本多もここまで来たかという顔をみんなは見せる。先生はそれでも教師として無視をする訳にはいかず、とりあえず見てから再び注意をしようと、自分の携帯を開けた。
「本多・・・。お前・・・。アニメの話で先生をつろうとしているんだったら、二学期中ずっとゴミ係だからな」
生徒はざわつき、笑い声を上げる。口々に「ゴミ当番決定」とか、「先生、日直もずっとやらせようよ」と言っている。
「・・・・・・」
次第に教室は静まりだす。次々に生徒たちは先生の真剣な顔を見て黙り始めたからだ。携帯にテレビ機能がついている者はすぐにそれを起動させた。
〈・・・発見された多数の大型輸送機は自衛隊の防衛線を突破し、××山中に降り立ちました。当初、撃墜されたかと思われた機体の中から、無数のロボットが現れ都心を目指して侵攻を始めました。自衛隊にはかなりの犠牲者が出ており、避難に当たっている警察の中にも・・・〉
「何? ・・・これ映画か何かの宣伝?」
男子の一人がそう言ったが、笑うものは誰もいなかった。テレビが見られない生徒も、近くの友達に画面を見せてもらい、シンとミリンを除く全員がニュースを見入っていた。
「き・・・北のあの国だっ! 前ニュースでやっていた人型ロボットじゃないか、これっ! ね・・・狙いはやっぱり日本だったんだ・・・」
「そ・・・そんな。日本海にいるアメリカ軍の空母やイージス艦はどうして気がつかなかったんだろ・・・」
取り乱して頭を抱えて叫ぶ本多の両肩に手をかけ、大月が座らせながらつぶやいた。それを聞くと、本多は顔を上げて大月に言う。
「それはさっき言ってたぜ。突然レーダーにも映らず現れた空飛ぶロボット達に全部沈められたって・・・」
「そ・・・空飛ぶロボットって・・・。本多君・・・。この間の遊園地の・・・」
「あっ! ・・・嘘・・・。あんなかっこいいロボットだったのに・・・。悪者だったのか・・・」
残念そうな顔をしながら、本多はため息をついた。
「それにしてもどうして易々と日本に入ってきたの? 制空権が・・・。自衛隊の戦闘機も逆に撃墜されたの?」
「それも言ってたぜ、大月。ロックできないからミサイルで攻撃できないんだってさ。運んできた輸送機も、そこから出てきたロボットも・・・」
「追尾武器が使えない有視界戦・・・。この機動力のありそうなロボットに戦車が勝てるとは思えないよ。でも・・・ヘリなら・・・」
その時、本多の携帯にヘリが撃墜される映像が流れる。
「本田君! 音を大きくして!」
ボリュームを上げる操作をする本多の横で、大月がその携帯に刺さっているイヤホンを引き抜いた。
〈多数の飛行ロボットが現れました。その銀色のロボットから放たれる小型ミサイルはこちらのとは違い、ヘリコプターを追尾して破壊を・・・・〉
「これは・・・・科学が・・・。技術力がまったく違うんだ・・・」
大月は携帯を見ながらつばを飲み込み、青い顔をしている。
「だってよ! この国ってこの間まで食べ物も満足に食べられないような国だったじゃないかよっ! どこからこんなアメリカ軍以上の兵器持ってきたんだよ!」
「待て! 落ち着け! 本多と大月も静かにするんだ! 学校は安全だ! パニックになるな!」
先生は大声を上げ、教卓の前に出てみんなを落ち着かせようとする。
羽月も光美の携帯を美鈴と一緒に三人で見ていた。平和だと思っていた日本にこんなことが起きるなんて・・・。それも、見た事も無いロボットが東京のそばへ降り立ち、こちらに向かって近づいてきている。到底現実とは思えないが、ニュースも冗談でやっているとも思えない。実際、怪我をしている人がいる。そして、撃墜された戦闘機やヘリコプターを操縦している人はどうなったのか・・・。
羽月は怖くなり、手で自分の胸をぎゅっと押さえた。そして、隣にシンがいないことに不安になり、周りを見回す。
「え・・・。シン・・・?」
シンは自分の席に座っていた。頬杖をつき、ぼーっと黒板を眺めている。それが不思議に見えた羽月だったが、しかし、良く見るとシンの唇は少し動いているようにも見えた。
「動く事は出来ない。学校を破壊されるのは不快だ」
〈確かに敵は脅威ではありません この間の重水素核エンジンを積んだ飛行タイプが20機 ガスタービンエンジンを摘んだ玩具が100機程です ですが 私達にはとるに足らない戦力ですが この日本に配備してある兵器はその玩具にも遠く満たない物です 2時間ほどで首都は制圧されるでしょう〉
「弱肉強食だったかな。食物連鎖にも近い。強いものには抗う必要は無いだろう」
〈あなたは羽月を守ろうとしているようですが・・・〉
「そんな訳無い。木星人が原始人一人のために何かをしようとする事などありえない」
〈日本が占領されてしまうと 羽月も困った事になりますよ それに 日本人は知らない事ですが 恐ろしいのは重水素核融合路を搭載した飛行タイプの自爆です 羽月も助からないでしょうね クラスメートの子達も〉
「・・・・・」
シンは視線だけを動かして羽月を見た。その周りには光美と美鈴もいて、三人で携帯を見ながら心配そうな表情を浮かべている。
〈どうします? 今のうちに私に羽月を乗せますか? もちろんそれは羽月を救いたいと認める事になりますが〉
「・・・・お前は嫌な奴だな」
〈それに あなたと羽月には謎があるのです 二人の片方でも失うわけにはいかない〉
「・・・? 何を言っている」
そのとき、シンの目に大きな物が映った。三階のこの教室、その窓に流線型のフルフェイスのヘルメットをかぶった巨大な人間の頭部のようなものが見える。
両側につけられたナイフのようなブレードアンテナは、やや下に向かって湾曲をしている。これは・・・ミリンの駆るOVER DOLL TYPE GS―3S ARISだ。ARISと言うのはミリンが自分で付け加えた名前だ。製造番号すらも自分勝手に付け替える。木星人にはよくある事だ。
「! ・・・そうか、ネロス、お前も来い!」
シンは立ち上がった。その顔が笑顔なのは、本人も気が付いていなかった。シンは筆箱からペンを取り、それで切り取ったノートの端に何やら書き込み丁寧に折りたたむと羽月のそばへ行った。
「シン・・・。どうしたの? 笑って・・・」
「笑ってる? ・・・俺が?」
羽月はシンをチラチラ見ていたので、立ち上がって自分に笑顔で向かってくる事にすぐに気がついた。シンは片手で自分の顔を触り、一度首を捻った後、真剣な顔で羽月に言った。
「羽月、これから俺の言う事を良く聞け。お前はミリンから絶対離れるな。いいか? 絶対だぞ。ミリンがこの学校を動かなければここは安全だ。もし、ミリンがどこかへ行こうとするなら付いていけ。追い払われても付いていけ。もし、何かに乗ろうとしたならこのメモをあいつに見せろ」
シンから渡されたメモを、羽月はすぐに開いて読んだ。
『羽月も乗せてやってくれ。そうすれば、俺はお前と付き合っても良い』
「ちょっと! 何よこれ! 何に乗るのか知らないけど・・・。彼女と付き合う気ぃ?」
「おまえ・・・。こういうのはその時が来るまで開けないものじゃないのか・・・?」
羽月はシンの胸倉を両手で掴み、ガクンガクンと前後に揺すっている。
「とにかくだ! 俺は用事が出来た。すぐに帰ってくるから言う通りにするんだ! いいな!」
シンは優しく羽月の手を離させると、教室の扉を開けて出て行く。
「こらっ! 悠里! 出て行くんじゃない!」
「トイレです! 長いほうです!」
「・・・そ・・・そうか・・・」
すかさず叫んだ先生だったが、そう言われては仕方がないというような顔をした。そしてその後、「大物だなあいつは・・・」とつぶやいた。




