シンを追ってきた木星人
遊園地の一件から約一ヵ月後の9月1日。羽月はおぼつかない足取りで学校の門をくぐった。
「大丈夫か? 羽月」
時折倒れそうになっては、横にいるシンに支えてもらう。
「へーき、へーき・・・。ちょっと・・・歩いていても瞬きの一瞬で寝そうになるだけだから・・・」
羽月の目は数ミリのところでかろうじて開いているが、なにやら「zzz」と言う吹き出しが頭から出ている。
「薬でも打ってやろうか? すぐに目が覚めるぞ」
「危ない事言ってんじゃないわよ・・・。このくらいで・・・。たったの3日寝ていないだけなんらから・・・」
言っているそばからピサの斜塔のように傾いた羽月の肩をシンは掴む。
「まさか夏休みの宿題をあんなに残しているとは意外だった・・・。どうして毎日少しずつやらなかったのだ? リスクの分割と言うのはいろいろな事に当てはまり・・」
「残っちゃった物は仕方ないでしょ。・・・私はシンと違って部活もあるんだから・・・。一日中プラモデル作っているあなたが、いつ宿題をやっていたのかがすっごく不思議だわ・・・」
「お前が部活に行っている間にやっていたんだ。羽月が家にいる時は一緒にいる時間を無駄にしたくないからな」
「なっ・・・」
羽月の顔は真っ赤になり、眠そうな目はパッチリと開いた。
「そっ・・それにしてはシンの部屋に行ったときはいつもプラモデル作っているじゃない!」
「あれはプラモデルを作っている振りをしながら待っているんだ。どうせお前が邪魔しに来るだろうからな。おかげでまだガイグダン弐号機が完成していない」
「私と遊ぶのがまるで楽しみだったかみたいに・・・、ちょ・・調子の良い事いわないでよっ!」
「楽しいぞ。それに、お前が作るお菓子もとてもおいしい。俺が一度でも羽月と遊ぶのがつまらないと言ったか?」
シンは恥ずかしがる様子も、隠す様子も無く答える。その温度差が、羽月の顔を一層赤くさせた。
「あ・・・あ・・・あの・・・。シン! 物事はもうちょっと遠まわしに言ってよね! ストレートに言われると・・・照れちゃうわよっ!」
羽月はシンに向かって口をパクパクさせると、顔を隠すようにしながら猛ダッシュで教室へと走り去った。
「さっきの状態からドラッグ無しであの動き・・・。地球人の潜在能力と言うものはとてつもないな・・・」
シンはいつものように、ゆっくりと教室へ向かった。
羽月は気がつくといつもの教室の前だった。自分の靴を確認する。記憶には無いが、どうやらしっかりと上履きに履き替えていたようた。
「もう、何なのあの男は・・・。彼氏みたいな口ぶりで・・・。前は私の事タイプじゃないって言ってたくせに・・・。気が変わったならはっきり言えってのよ・・・。とか言って、私も結局遊園地のあの時からやっぱり言い出せないんだけどね・・・・」
[ガラッ]
羽月は勢い良く教室の扉を開けた。そして、首を捻る。後ろに二歩歩き、上を見上げると、『2―3』と書いてある。二年三組、確かに自分の教室だ。
「あなたが羽月ね」
見覚えの無い女の子が少しバカにしたような目をしながらそう言って、クスクスと笑った。しかし、羽月は何も言い返せない。
その子は肩に届くか届かないかと言うようなやや短めの髪だが、色は本物の金よりも金色に輝いている。目はにごりの無い完璧な緑色。金髪碧眼という言葉はこのような人間のためにある言葉なのだと羽月は思った。そして、女の自分でも目が離せなくなるような端正な顔立ち。このような衝撃を受けたのは初めて・・・。いや、シンと出会ったときに続いて2度目だった。
「ふーん・・・。実際この目で見ると・・・・」
彼女は現実には存在しないかと思われる美しい目で羽月を上から下まで見た。そして、その小さな口を開く。
「やっぱり原始人ね。体臭も強いし」
「・・・げん・・・し・・。た・・・たいしゅう・・・?」
「どうした羽月。教室に入らないのか?」
ドアの前で立ち止まっている羽月の後ろからシンが顔を覗かせた。そのとたんに金髪の少女は羽月を突き飛ばし、シンに抱きついた。
「ユリー! 元気してた?」
「ヒ・・・ヒロ!」
目を白黒させているシンの腕を取り、金髪の女の子は笑顔で言う。
「ユリ! どうしたの? いつものように挨拶をしてよー」
彼女はシンの手をふくよかな自分の胸に押し付けた。
当然のごとく、教室から地響きのような低いどよめきが起こった。
「本日から当校へ編入となった、ヒロ・リラ・ミリンさん。アメリカ人だが、日本名の、『比呂ミリン』と読んで欲しいとの事だ。悠里シン君とは幼なじみらしい」
「ミリンでーす。よろしくでーす!」
先生の隣で彼女は両手を振る。芸能人さながらの・・いやそれ以上の容姿に、大月や本多はもちろん、教室中の男子の目がピンクのハートになって点滅していた。
「それじゃ、今日はこれまで。明日は短縮授業とは言え、夏休みの気分はしっかりと抜いておくんだぞ」
先生が出て行くと、始業式の間中、そして、今のホームルームの間中、元気なくうなだれていた羽月に光美が話しかけた。
「羽月どうしたの・・」
「ちっ・・・近づかないで!」
光美の顔を見ると羽月は立ち上がり距離をとった。
「な・・・なによ?」
「知らなかった・・・。私・・・臭かったなんて・・・。みんな気を使って・・・。言ってくれれば・・・」
羽月は涙をこらえながら唇を結んでいる。
「何言うのよ! 羽月は全然臭くないわよっ! それどころか香水を使っていないのにいい香りがするって!」
それを聞いても羽月はふるふると首を横に振った。
「本多君! 羽月はいい香りするよね? ちょっと匂い嗅いであげてよ!」
突然声をかけられて体を震わした本多だったが、ゆっくりと振り向くと、緩んだ顔で立ち上がった。
「え・・・良いの?」
「良い訳あるかパ――――ンチ!」
光美の拳を食らった本多は、3つ前の席の大月のところまで飛ばされた。
「ほら、あの反応! 見たでしょ? 羽月は変な臭いなんて全然しないって!」
「でも・・・あの子が・・・」
二人が見ると、シンにべったりくっつくミリンの姿があった。
「何なのあの子・・・。羽月は確かにズバ抜けてかわいいけど・・・。あの子は完璧だわ・・・。どんな遺伝子しているのかしら・・・。幼なじみって言ってたけど・・・」
納得のいかないような、何か引っかかりを感じるような顔をしている光美の横で、羽月は何か思い出したような顔をして口を開けた。
「あっ! そういえばヒロって名前・・・聞いたことある。ちょっと前にシンが言っていた。同じ国の学校へ通っていたって・・・。シンの事を好きな子の名前が・・・『ヒロ』。わたし・・・てっきり男だと思ってたけど・・・。そうだよね、日本ならその名前は男が多いけど、外国だからわかんなかったのか・・・」
それを聞いた光美は一度ミリンに視線を向けて唇を噛んだ後、羽月を見て言った。
「それじゃ、まさか・・・追いかけてきたって訳? ・・・これは強敵よ・・・」
「べ・・・別に私はシンの事を・・・そんなに・・・べつに・・・」
「いいの? シン君は私や美鈴も実はちょっと狙っている程の男なんだよっ!」
「え・・・ほんとに?」
口角を上げ、目を輝かせてそう伝えてきた光美に、羽月はしばらくもじもじとしていたが、小さな声で言う。
「・・・・・・・・・・・・だめ」
その言葉を聞くと光美は笑顔になった。
「まあ私達の話は置いておいて、とにかくシン君とあの子を二人っきりにさせちゃダメ! 胸まで触らせるような仲なんだから・・・。きっと元カノよっ!」
「元カノはコウさんとか言っていたような・・・。あの子はあまりって前・・・」
「羽月!」
「はいっ!」
光美は羽月の手をぎゅっと握った。
「シン君が一人や二人付き合った事があるからって何よ! 気にしちゃダメ!」
「う・・・うん」
そのまま羽月は光美に連れられてシンの下へ行く。そして、今日は始業式の日ということで部活は無いので、いつものメンバーにミリンを加えて帰る事になった。




