いいから助けろ!
地面からおよそ50mの地点。ジェットコースターが最も高くまで上がった場所で、羽月は脱線したコースターにしがみついていた。何かの拍子で安全バーは外れたようで、シートベルトの隙間からも滑り落ちてしまっていた。
「嘘・・・・。どうして・・・。どうして・・・こうなったの・・・・」
羽月は下を見てつばを飲み込んだ。誰も座っていないベンチが米粒のようだ。先ほどまで楽しげに歩いていたコンクリートの地面が絶望を感じさせる。周りを見回しても、横向きになったコースターにぶら下がっている羽月がいかに足を伸ばしたところで届くものは何もない。
「手が・・・しびれて・・・」
コースター座席横の縁に捕まっている手にはすでに握力は残っていない。
羽月は唇を噛む。目からは涙が溢れてきた。
「シン・・・。私から言えば良かった・・・。あの時・・・好きだって・・・。キスしてって・・・。シン・・・。・・・・・シン・・・・・・・・・・好き」
「いやぁぁぁぁ羽月!」
耳に光美の声が聞こえた気がした。羽月の目にはスローモーションのように遠ざかっていくコースター。そして、少し視線を下げると見えたのは・・・。
「あ・・・観覧車だ」
羽月は笑顔を浮かべたまま落ちていった。
〈危険です 先ほどの機体のエンジンが暴走を始めています これは・・・自爆です〉
「重水素核反応炉か。どうなる?」
〈あたり一体は蒸発 爆風は数十kmにも及びます それだけじゃなく放射能も降り注ぎ 日本人には甚大なダメージと 深刻な環境破壊をもたらすでしょう〉
「ちっ・・・。俺が甘かったか。対応策は?」
〈核反応抑制粒子を散布します。あの機体に出来るだけ接近してください〉
ネロスはスピードを上げた。
「これは・・・遊園地に近づいていないか?」
〈こんな山奥より 出来るだけ人のいそうな施設に近づいてから爆発しようとしているのかもしれません 敵の来たルートと帰りのルートの方向が若干変わっていた事に気がつかなかった私のミスです〉
「問題ない。捉えたぞ。抑制粒子散布」
ネロスは銀色の機体を追い抜き、そのまわりを一周した。
〈散布完了 これで核爆発は起こりません ただの小規模な爆発です〉
[ドォ―――――ン]
バラバラになった機体の部品がネロスに猛スピードで向かうが、機体を球状に覆っている目に見えない電磁シールドに弾かれて地面に落ちる。
「思ったより大きな爆発だったな」
〈破片は広範囲に渡って飛散 遊園地の方向にも大型の物が飛んでいった模様 いけない フルスロットル〉
ネロスはシンが操作してもいないのに急発進した。
「どうしたんだ?」
〈飛んでいった破片の一つが遊園地のジェットコースターを直撃しました レールは大きく歪み コースターは転倒 乗っていた客の一名が投げ出されました〉
「・・・・・まさか」
〈性別は女性 年齢は10代 宙吊りでいつ落ちてもおかしくはありません モニター出します〉
「羽月!」
シンの目の前には今にも手を離してしまいそうな羽月が大きく映し出されていた。
「急げ! 急ぐんだ!」
〈到着予想時間28秒〉
「遅い! もっと早くだっ!」
〈駄目です これ以上は危険です〉
「俺はどうなっても構わない! スピードを上げろっ!」
〈違います これ以上のスピードを出すと 機体の大きさから衝撃波を抑えきれなくなり それは羽月に致命傷を負わせます〉
「くっ・・・」
〈あと12秒・・・11・・・10・・・9・・・〉
「羽月ぃ!」
シンの目の前で羽月の手が離れた。地面に向かってまっさかさまに落ちていく。
「そうだ! 反重力を使え! 指向性を羽月に向かって最大に伸ばせ!」
〈お勧めできません 多大な反重力を発生させるには金属水素エネルギーを使うことになり、ステルスモードが解けて敵にこちらの存在を知らせることになります!〉
「逆らうな! やれぇぇぇ!」
〈反重力システム最大稼働〉
「いやぁぁぁぁ羽月!」
目の前で羽月は落ちて行く。無駄だと知りながらも光美は走った。しかし、20mも進まないうちに羽月はコンクリートに叩きつけられた。
「は・・・羽月・・・・」
眩暈と共に足がもつれる。光美は転んでしまったが、その手は羽月に向かって伸ばしたままだった。
「わぁぁぁ。羽月・・・。はづ・・・。・・・・羽月?」
光美は瞬きを何度も繰り返した。50m先に横たわっている羽月の体が・・・宙に浮いているように見える。羽月は仰向けで、手足はだらんと地面に向かって伸ばしているが、それすらも地面にはついていない。
すばやく立ち上がると、一息もつかずに走る。羽月のそばに来ると声をかけた。
「羽月?」
「・・・・」
羽月は目を開けて空を見ていた。光美の声を聞くと、目だけを向け唇を少しだけ動かした。生きているどころか意識もはっきりしているようだ。光美は、
「・・・どういうことなの・・・これ・・・」
と、言いながら光美は羽月の体に触れてみた。すると、羽月はふわふわと体を上下に揺らす。
[ズシーン]
重い作業機械が地面に落ちたような音がし、軽い突風に光美はあおられた。ゆっくりと光美が目を開けると、すぐそばに見たことも無いような鋼鉄の巨人が立っていた。
「な・・・なにこれ・・・。遊園地の展示物? ・・・さっきまであったっけ?」
到底現実のものとは思えないロボットの胸部ハッチが開き、中から黒いパイロットスーツを着たヘルメットの男が降りてきた。男は黒いシールドを光らせて、じっと羽月を見つめていたかと思うと、腰の高さに浮かんでいた羽月を抱き上げた。
「ちょ・・・ちょっと・・・。羽月をどうするつもり・・・・」
そう言った光美の前を男は通り過ぎ、近くにあったベンチに運ぶと羽月を横たえた。
「え・・・あれっ・・・。あ・・・ありがとう・・・ございます」
光美もベンチのそばへ寄り羽月の頭を撫でた。それを見ると、男はすぐにロボットに乗り込んだ。
「あの人・・・。今笑った・・・・。ような気がした。顔は見えなかったけど・・・」
小さな音を立てると、またもや軽い突風を起こして飛び去った。あの巨体にしては驚くほど静かだと光美は思った。
「光美ちゃーん。羽月ちゃんは・・・。怪我ないのぉ」
美鈴も目を覚ましたらしく、光美達の元へ駆け寄って来る。遠くの方から大月と本多も叫びながら興奮した様子で走って来る。
「み・・・見ました! 今の! 完全にロボットじゃないですかっ! それも、昨日テレビに映っていたような怪しいものじゃなくて・・・どうみても・・本物・・・・」
「大きな音がしたからゲーセンから出てきたらよ・・・あれだもんな・・・。それに誰か乗ってたろ? まじかっけー・・・」
「はっ!」
二人の男子登場で我に返った光美は羽月の体を調べる。どこからも出血をしていないようだった。
「羽月! 痛いところ無い? 大丈夫なの?」
羽月は心配顔の女の子二人と、何が起こったのか分かっていない男子の前で体を起こした。そして、自分の両手を見て、自分には怪我が無い事を知ると、光美を見て言った。
「・・・・・あっ! 光美の方が怪我しているじゃないのっ!」
「本当だぁ。光美ちゃん、ひょっとして羽月ちゃん受け止めちゃったのぉ! すっごぉーい!」
光美のズボンの両膝は破れ、見えている膝はすりむいて血がにじんでいた。
「受け止められる訳無いじゃない。あそこから羽月は落ちたのよ・・・」
光美が指さした場所を、全員は首が痛いくらいの角度で見上げた。そして、首を戻し周りを見るが、硬いコンクリートだけでクッションになるような物は一つも無かった。
「・・・・・」
みんなは無言のまま羽月に目を向けたが、擦り傷どころか服に汚れ一つ付いていない。
「一体・・・どういう・・・奇跡? 私はずっと羽月を見ていたけど・・・何がなんだか・・。わかるのは・・・羽月の体が宙にふわふわっと・・・」
「おーい」
のんびりとした声だった。見ると、歩いてくる少年はシンだ。いつものように、クールな微笑を浮かべている。
「すまないな。用事が長引いてしまった。そろそろ閉園だぞ。かえろ・・」
光美と美鈴の間、大月と本多の前を風が横切った。次の瞬間、シンの胸に飛び込む羽月の姿があった。
「ありがとう・・・シン・・・」
羽月は腕をシンの首に回し、顔をその胸に押し付けた。
「な・・・何の事だ?」
「わからない・・・。でも・・・、どうしてかそんな気がして・・・」
棒立ちの少年に抱きつく少女。夕日に照らされる二人に、友人たちは気を使って背を向けていた。
〈羽月は何かに気がついていたのでしょうか? シン 野生の感というか 地球人は鋭いですね〉
「まったくだな。しかし、敵にこちらの存在が知られたなら、木星やお前の事はしばらく黙っておこう」
〈ところで 厄介な事が分かりました バラバラになった機体の一部を調べてみたところ その痕跡から・・・ かかわっているのは とんでもない文明人です〉
「とんでもない? ・・・未知の文明か?」
〈銀河最強の国の一つです それは・・・木星帝国〉
「も・・・木星? まさか・・・。ありえないだろ。どうして地球なんかに干渉するんだ? ・・・それに、もしそうならば俺を地球に派遣する許可を出すわけが無い・・・」
〈木星は現在一つの意志によって動いているわけではありません 人間風に言うと 『てんでバラバラ』 何かがあったのかもしれませんね〉
「こんな原始的な人間が住む星に干渉するような、奇特な奴がいるとは思えないが・・・」
〈私が知っている限りでは一人いますがね 普段感情の起伏が小さいあなたがどうしてあんなに熱くなったのですか?〉
「・・・よく言う。全てのパワーを搾り出しただけでは足りず、光学迷彩のエネルギーまでまわしたお前も・・・。なかなか熱いA・Iだ」
〈あなたに似てしまったんですよ きっと〉
「なかなかいいコンビじゃないか。俺達は・・・・」
〈同感です〉
シンと交信を終了した数十分後、ネロスのコクピットに再び明かりがともった。
〈そんな・・・ これは・・・おもしろい しかし・・・これをシンに言うべきか・・・ まさか シンと・・・羽月が・・・・〉
ほどなく光は全て消えた。




