第6話 クラス分け
週明け、教室の掲示板には「実技クラス編成表」が貼り出されていた。属性測定の結果をもとに、生徒たちはいくつかの小クラスに振り分けられるのだという。朝から掲示板の前には人だかりができ、皆が自分の名前を探して目を光らせていた。
「わ、私、何組だろ……」
メアリが人混みをかき分け、掲示板に貼られた紙を覗き込む。アリアもおずおずと後に続いた。
「えっと……メアリさんは、Bクラス。水属性の中級班だって」
「ほんと!? やった、頑張ろ!」
メアリは無邪気に喜びながら、隣のアリアの名前を探した。
「アリアちゃんは……あ、あった。Dクラス、風属性の初級班」
初級——その言葉に、アリアはほっと胸をなでおろした。目立たない、地味な生徒として過ごすには、これ以上ない配置だった。
「良かったぁ……」
「良かったねって、なんか複雑そうな顔してるよ?」
「な、なんでもないです!」
誤魔化すように笑うアリアの横で、リゼットの名前が「Aクラス、光属性特進班」の欄に大きく記されているのが目に入った。「光属性」の文字に、アリアの心臓がひやりとする。
(リゼットさん、光属性なんだ……道理で、あんなに自信満々な感じなんだ)
そしてリアムの名前は――「Aクラス、複合属性特進班」。彼一人だけの、特別な枠だった。
「複合属性だなんて、さすがリアム様よね」
「風と光の両方が使えるって、本当みたい」
「特進班なんて、いったいどんな授業をするのかしら。想像もつかないわ」
「きっと、私たちとは比べ物にならないくらい、高度なことをするんでしょうね」
周囲の囁き声を背に受けながら、アリアはそっと視線を逸らした。自分とは、住む世界が違う人なのだと、改めて思い知らされる。掲示板の前を離れながら、メアリが小さく囁いた。
「特進班って、授業のレベルも全然違うらしいよ。厳しいって噂」
「そうなんだ……大変そうだね」
「うん。まあ、私たちには関係ないけどね!」
朗らかに笑うメアリにつられて、アリアも少しだけ肩の力を抜いた。
初めての座学の授業は、四元素魔法概論だった。担当は、白い口髭をたくわえた、恰幅の良い老教師。教室に足を踏み入れると同時に、独特の存在感が空気を変えた。
「儂はオズワルド。四元素魔法の理論を担当する。今日は基礎中の基礎、『属性適性と出力制御の関係』について話そう」
黒板いっぱいに図が描かれていく。魔力の性質、属性ごとの特性、そして出力の制御方法——アリアは必死にノートを取りながら、時折こっそりと、クロノが忍ばせてある鞄の中に視線を送った。
(今日の授業、ちゃんと聞いておかなきゃ。抑え込みのコツ、もっと知りたいし……)
「魔力には、大きく分けて四つの基本属性が存在する。火、水、風、土。そして、これらとは異なる特殊属性として、光と闇が存在することは、皆も知っての通りだ」
オズワルドの説明は淀みなく続いた。それぞれの属性の特性、相性、実際の戦闘や生活での活用法。アリアは、聞き覚えのある話も多いことに気づいた。クロノから断片的に教わってきた知識が、こうして体系立てて語られることで、より明確に理解できていく感覚があった。
「さて、出力制御において最も重要なのは、『心の静けさ』だ。動揺すれば魔力は乱れ、平静であれば魔力は御しやすくなる。これは、上級者ほど痛感する真理でもある」
オズワルドの言葉に、アリアは思わず身を乗り出した。
(心の静けさ……それだ、まさにそれが、私に足りないものだ……!)
「特に、出力を『絞る』技術は、出力を『高める』技術よりもずっと難しい。制御とは、力を使わないことではなく、力を使いこなすことだからだ」
その一言が、すとんとアリアの胸に落ちた。今まで、ただがむしゃらに「抑え込む」ことばかり考えていたが、それは単なる我慢比べのようなものだったのかもしれない。
(力を、使いこなす……)
授業の後半では、実際の事例をもとにした簡単な演習問題も出された。「もし自分が水属性で、火属性の相手と対峙したら、どのような戦術が有効か」といった、思考力を試す問いに、アリアは夢中になって取り組んだ。
授業が終わり、教室を出るところで、アリアはふと、隣の席だった男子生徒に声をかけられた。
「なあ、君、さっきの授業、すごい集中して聞いてたよな」
赤毛の快活そうな少年だった。たしか、リアムの取り巻きの一人として、初日に見かけた顔だ。
「あ、えっと……」
「俺、トビアス。よろしくな! 君、風の初級班だろ? 俺も実は、そこそこ苦手でさ」
人懐っこい笑顔で話しかけてくるトビアスに、アリアは少し戸惑いながらも、小さく頭を下げた。
「あ、アリア・ローゼンです。よろしくお願いします」
「堅っ! まあいいや、また授業で会ったらよろしくな」
軽い足取りで去っていくトビアスの背中を見送りながら、メアリがくすくすと笑った。
「アリアちゃん、また新しいお友達? モテるねえ」
「そ、そんなんじゃ……!」
慌てて否定しながらも、アリアの胸には、ほんの少しだけ温かいものが灯っていた。
放課後、アリアは思い切って、実技棟の裏にある人気のない小さな中庭で、こっそり自主練習をすることにした。オズワルド先生の言葉が、まだ頭の中に残っている。
(力を使わないことじゃなくて、使いこなすこと……)
鞄からするりと抜け出したクロノが、傍らの石段に腰を下ろす。
「ほう、殊勝な心がけだな」
「今日の授業で、なんとなく分かった気がするの。今までの私、ただ我慢してただけだったのかもって」
アリアは両手を胸の前に構え、目を閉じて深呼吸をした。体の奥に渦巻く莫大な魔力――それを無理やり押し込めるのではなく、そっと撫でるように、慣らすように、意識を巡らせていく。
指先に、ほんのわずかな風が生まれた。今までのような、力任せの抑え込みとは違う、静かで安定した流れ。
「……あ」
目を開けると、掌の上で、小さな風の渦がくるくると穏やかに回っていた。今まで感じたことのない、心地よい感覚。
「ふむ、悪くないぞ。筋が良い」
クロノの珍しい賛辞に、アリアの頬が緩んだ。
「ほんと? やった……!」
ふと、背後で小さな物音がした。振り返ると、木陰から、こちらをじっと見つめるプラチナブロンドの髪が見える。リアムだった。
「あ……」
目が合った瞬間、リアムは何も言わずに、そっと踵を返して去っていった。何を見られたのか、どこまで見られたのか——アリアの胸に、また新たな不安がじわりと広がる。
(今の、見られた……よね。どこから……?)
それでも今日は、悪いことばかりではなかった。掌に残る、あの静かな風の感触を思い出しながら、アリアは小さく息をついた。
夕食の席で、アリアはその日あった出来事を、努めて明るくメアリに話した。オズワルドの授業のこと、トビアスとの出会い、そして自主練習でつかんだ小さな手応え。
「アリアちゃん、なんか今日、生き生きしてるね」
「そ、そうかな……?」
「うん! 何か掴んだ感じがする。私も、頑張らなきゃ」
メアリの明るい言葉に励まされながら、アリアは食後の紅茶をゆっくりと味わった。窓の外には、夕暮れの淡い光が差し込んでいる。
自室に戻ったアリアは、寝台に横たわりながら、今日一日の出来事を反芻した。クラス分け、初めての座学、リアムとの新たな遭遇——目まぐるしい一日だったが、確かな手応えを感じられた一日でもあった。
「目立たないように過ごすっていう決意は、少しずつ形を変えながらも、まだこの胸の中に確かに息づいている」
そう小さく呟いて、アリアは目を閉じかけたが、ふと思い直したように起き上がった。机の上に置いていたノートを開き、今日の授業で学んだことを、忘れないうちに書き留めておくことにする。
「制御とは、力を使わないことではなく、使いこなすこと……」
オズワルドの言葉を丁寧に書き写しながら、アリアはその意味を改めて噛みしめた。今まで自分がやってきたことは、力に蓋をするだけの、いわば消極的な対処法だった。けれど、本当の制御とは、もっと能動的で、繊細な技術なのかもしれない。
「クロノ、聞いていい?」
「なんだ」
寝台の隅でくつろいでいたクロノが、片目だけを開けて応じる。
「クロノから見て、私の魔力って、どれくらい特殊なの? やっぱり、すごく目立つ量なのかな」
クロノはしばし黙り込んでから、ゆっくりと口を開いた。
「正直に言えば、この学園でも指折りの規模であろうな。おそらく、リアムやリゼットといった特進班の生徒たちよりも、遥かに」
「そ、そんなに……」
予想はしていたが、改めて言葉にされると、その重みがずしりと胸にのしかかる。
「だが、量が多いことは、それ自体が悪いことではない。問題は、それをどう扱うか、だ。今日の授業で得た学びは、決して無駄にはならぬぞ」
クロノの言葉に、アリアは小さく頷いた。
「うん……。もっと上手く、自分の力と付き合えるようになりたい」
「その意気だ。焦らず、着実にな」
いつになく穏やかなクロノの声音に、アリアは少しだけ安心して、ノートを閉じた。窓の外を見上げると、二つの月がいつもより一層澄んで見える気がした。
目立たないように過ごすという決意は、少しずつ形を変えながらも、まだこの胸の中に確かに息づいている。そう小さく呟いて、アリアは静かに目を閉じた。窓の外、二つの月が今夜も静かに輝いていた。




