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風読みの魔女は静かに過ごしたい  作者: おおりく
5章 初めての中間試験

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第25話 結果発表

 中間試験の結果発表当日、教室にはこれまでにない緊張感が漂っていた。エルザ先生が、束になった評価表を手に、教壇に立つ。


「それでは、実技中間試験の結果を発表します。今回は、個人評価に加え、ペアで行った総合実技の評価も加算されています」


 教室中の視線が、一斉にエルザ先生に集中した。アリアも、膝の上でぎゅっと拳を握りしめる。


「まず、総合評価上位者から発表します。……一位、リアム・アークライト」


 当然と言えば当然の結果に、教室からは、感嘆というよりも納得のどよめきが起こった。リアムは、いつもと変わらぬ落ち着いた表情で、小さく一礼する。


「二位、リゼット・オルレアン」


「わ、私が、二位……!」


 驚いた様子のリゼットに、周囲の令嬢たちから歓声が上がった。


「そして、三位――アリア・ローゼン」


「……え?」


 アリアは、思わず自分の耳を疑った。教室中の視線が、一斉に自分に向けられるのを感じ、心臓が跳ね上がる。


「わ、私、聞き間違えたかもしれません……」


「聞き間違いではありませんよ、ローゼンさん。個別評価では平均的でしたが、総合実技での判断力と応用力が、際立って高い評価を受けています」


 エルザ先生が、丁寧にもう一度説明を繰り返してくれる。それでもまだ、アリアの頭は状況を上手く飲み込めずにいた。


「わ、私が、三位、ですか……!」


「ええ。総合実技での連携評価が、特に高く評価されています。剣術、結界術は標準的でしたが、属性魔法の応用力と、咄嗟の判断力が、他の生徒より頭一つ抜けていました」


 エルザ先生の説明に、教室のあちこちから、驚きとどよめきが広がった。


「アリアちゃん、すごいよ! 三位だって!」


 隣の席のメアリが、興奮した様子で肩を叩いてくる。アリアは、まだ実感が湧かないまま、ぼんやりと評価表を見つめていた。


(三位……。私が、まさか……)


「メアリの順位は、どうだったの?」


「私は、真ん中よりちょっと下くらいだったよ。でも、前回の実技よりは、ずっと良くなった気がする」


「メアリも、頑張ってたもんね。トビアスと一緒に、あんな大変な課題を乗り越えたんだから」


「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな。それより、アリアちゃんの三位、本当にすごいことだよ!」


 興奮冷めやらぬ様子のメアリに、アリアは照れくさそうに頬をかいた。


 放課後、リアムが真っ先に声をかけてきた。


「アリア嬢、おめでとう。三位とは、大健闘だったな」


「あ、ありがとうございます……。リアム様こそ、一位、さすがです」


「いや、正直、君の順位には驚いた。総合実技での連携が、そのまま結果に結びついたということだろう」


 リアムの率直な称賛に、アリアは照れくさくなりながらも、確かな誇らしさを感じていた。


「リゼットさんも、二位だなんて、すごいですね」


 声をかけると、リゼットは扇子で口元を隠しながらも、まんざらでもなさそうな表情を浮かべた。


「当然の結果ですわ。……とはいえ、正直、少し驚いてもいるの。ローゼンさんに、三位の座を、あと少しで譲るところだったなんて」


「そんな、私なんてまだまだです」


「謙遜しないで。私、あなたのこと、少し見直したのよ」


 リゼットの素直な言葉に、アリアは思わず微笑んだ。以前は遠い存在だと思っていた彼女との距離が、こうしてまた一つ縮まったことが、素直に嬉しかった。


「これからも、色々、教え合っていけたら嬉しいです」


「ええ、望むところだわ。……あなたには、まだ隠している手札がありそうだけれど」


「え……?」


 リゼットの何気ない一言に、アリアの心臓が跳ねた。だが、リゼットは特に深い意味もなさそうに、扇子で口元を隠しながら微笑むだけだった。


「な、なんでもないですわ。ただの勘よ」


 それだけ言うと、リゼットは軽やかな足取りで去っていった。アリアは、その後ろ姿を見送りながら、心臓の高鳴りがなかなか収まらないのを感じていた。


 図書委員の作業室に顔を出すと、マーゴットやクララが、待ち構えていたように駆け寄ってきた。


「アリアさん、聞きましたよ! 三位だなんて、すごいじゃないですか!」


「アリアさんが評価されるのは、私も嬉しいです!」


 クララとマーゴットの祝福に、アリアは何度も頭を下げた。


「皆さんが応援してくれたおかげです。図書委員の活動で身につけた集中力も、きっと役に立ったんだと思います」


「あら、そう言ってもらえると、嬉しいわね」


 マーゴットが、満足げに目を細めた。


「そういえば、ソフィア先生にも、この結果、報告した方がいいかもしれませんね」


 クララの提案に、アリアは少し照れながらも頷いた。司書室に顔を出すと、ソフィアは眼鏡の奥の瞳を、わずかに細めた。


「聞きましたよ、三位だそうですね。……なるほど、着実に力をつけているようで、何よりです」


「ありがとうございます。図書委員としての活動が、色々な形で役に立った気がします」


「そう。……焦らず、これからも、その調子で積み重ねていきなさい」


 ソフィアの言葉には、単なる祝福以上の、どこか意味深な響きが感じられた。だが、その真意を深く考える余裕は、今のアリアにはまだなかった。


 その日の夕方、寮への帰り道、アリアとリアムは、久しぶりにゆっくりと二人で歩いていた。


「思えば、あの日、図書委員として一緒に活動を始めたことが、今の私たちの関係の始まりだったんですね」


「ああ。あの頃は、まさかこうして、共に中間試験を乗り越えることになるとは、思ってもみなかった」


「私もです。入学式の日は、リアム様とお話しすることさえ、想像もしていませんでした」


「あの入学式の一件は、正直、忘れがたい思い出だな。まさか、あんな形で君と初めて言葉を交わすことになるとは」


「そ、それは、思い出さないでください……! 今でも、たまに夢に見るくらい恥ずかしいので」


 リアムは、珍しく声を上げて笑った。屈託のないその笑顔を見るのは、アリアにとっても初めてだった。


「すまない。だが、あの一件がなければ、今のこの関係もなかったかもしれないと思うと、不思議なものだな」


「確かに、そうですね。あの時の使い魔たちの大喧嘩が、全部のきっかけだったんですから」


 二人は顔を見合わせ、思わず一緒に笑った。思い出話に花を咲かせながら歩く二人の間には、これまでにない、穏やかな親密さが漂っていた。


「そういえば、次の授業計画表を見たか? 来月から、学園外での実地学習が始まるそうだ」


「学園外での、学習ですか?」


「ああ。近隣の森や、村での実践的な採集や調査を行うらしい。詳細は、追って発表されるようだが」


 リアムの言葉に、アリアの胸には、新たな期待と、そしてかすかな不安が同時に湧き上がった。


(学園の外に出るのって、どんな感じなんだろう……)


 故郷を離れて以来、初めての学園外での活動になる。それがどんな経験になるのか、この時のアリアには、まだ想像もつかなかった。


 寮の部屋に戻ったアリアは、鞄から出てきたクロノに、興奮冷めやらぬ様子で、今日の結果を報告した。


「クロノ、聞いて! 私、総合三位だったの!」


「ほう、それは大したものだ。よくやったな」


 珍しく素直な称賛に、アリアは思わず頬を緩めた。


「今までの練習、全部、無駄じゃなかったんだなって、実感できた」


「当然だ。積み重ねたものは、必ずどこかで実を結ぶ。それが、今日という日だったわけだな」


 クロノの言葉に、アリアは深く頷いた。


「それと、リアム様が言ってたんだけど、来月から学園外での実地学習が始まるみたい」


「ほう、学園の外、か」


 クロノの声色が、わずかに変わった。何かを思案するような、静かな響きだった。


「クロノ、何か知ってるの?」


「いいや、何も。ただ、学園の外というのは、色々な意味で、予測のつかないことが起こりやすい場所だ。……気を引き締めておくに越したことはないぞ」


「うん、気をつける」


 クロノの忠告に、アリアは神妙に頷いた。だが、その忠告の裏にある、何か言葉にされていない意味合いには、まだ気づいていなかった。


「それにしても、三位とはな。あの入学当初の、怯えきったお前を思えば、大した成長ぶりだ」


「うっ……その言い方だと、まるで最初の私が情けなかったみたいじゃない」


「事実であろうが」


 容赦のないクロノの返しに、アリアは思わず口を尖らせた。それでも、その言葉の端々に滲む確かな誇らしさを、アリアは感じ取っていた。


「これから先も、色々あるだろうが、焦らず一歩ずつ進んでいけばよい。お前には、その力がある」


 クロノの、いつになく真摯な言葉に、アリアは胸が温かくなるのを感じた。


 その頃、学園の一角にある薄暗い研究室では、ゼフィルス・ロイド教官が、古びた文献の山に囲まれながら、一枚の羊皮紙に見入っていた。


「アリア・ローゼン、総合実技三位、か」


 どこからか手に入れた試験結果の写しを眺めながら、ゼフィルスは眼鏡の奥の目を細めた。


「属性魔法の応用力、咄嗟の判断力……ふむ、なるほどな」


 彼の手元には、あの日、試験場で走り書きした手帳が広げられている。「風を読む者」「銀の糸」――そんな言葉が、几帳面な文字で書き連ねられていた。


「面白い。実に、面白い生徒だ」


 ひとりごちるゼフィルスの声には、悪意の欠片もなかった。ただ純粋な、研究者としての探究心だけが、静かに燃え続けていた。彼がその探究心の先に何を見出すのか――それは、まだ誰も知らない未来のことだった。


 窓の外、二つの月が、今夜も静かに輝いている。中間試験という一つの試練を乗り越えたアリアの前には、また新しい章が、静かに開かれようとしていた。積み重ねてきた日々の先に、次はどんな出会いと、どんな試練が待っているのか――アリアの胸には、不安よりも、確かな期待が広がっていた。


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