第24話 総合実技、試練の刻
中間試験二日目。この日は、四部構成の最後を飾る「総合実技」が行われることになっていた。訓練場には、これまで以上に緊張した空気が漂っている。
「総合実技は、二人一組で行う。事前に組み合わせは発表済みだが、今一度確認しておくように」
ギデオン教官の声に、生徒たちは一斉に掲示板へと視線を向けた。アリアは自分の名前を探し、そして隣に記された名前に、思わず息を呑んだ。
「リアム・アークライト……!」
「どうやら、私たちは同じ組らしいな」
いつの間にか隣に立っていたリアムが、穏やかな笑みを浮かべていた。
「まさか、まさかご一緒できるなんて……」
「奇遇というより、これは何かの縁だろうな。日頃の練習の成果を、存分に発揮しよう」
リアムの落ち着いた言葉に、アリアは緊張しながらも、心強さを感じた。
周囲を見渡すと、メアリはトビアスと、リゼットは見知らぬ上級生の男子生徒と組まされているようだった。
「アリアちゃん、頑張ってね!」
「メアリも! トビアスと一緒なら、きっと大丈夫だよ」
互いに励まし合いながら、生徒たちは自分の出番を待った。少し離れた場所では、リゼットが組まされた上級生と、事前の打ち合わせをしている様子が見えた。
「オルレアン嬢、緊張しているのか?」
「そ、そんなわけないでしょう。ただ、少し、頭の中で手順を整理しているだけですわ」
「そうか。まあ、実技はぶっつけ本番だ。あまり気負いすぎるな」
上級生の気さくな言葉に、リゼットは戸惑いながらも、小さく頷いた。
強がるように答えるリゼットだったが、その横顔には、以前アリアが見抜いた通りの緊張が滲んでいた。アリアは小さく手を振り、視線で「頑張って」と伝えた。リゼットは一瞬驚いた表情を浮かべたあと、小さく頷き返してくれた。
「課題内容は、当日まで秘密にする決まりだ。今から、一組ずつ、試験会場となる特設エリアに案内する」
特設エリアは、訓練場の奥に急遽組み上げられた、模擬的な村の一角のような造りだった。木造の建物が並び、あちこちに水路や小さな橋が設けられている。
「マーゴット先輩が言っていた通り、本当に、想像もつかない状況設定なんですね」
「ああ。だが、幸い、剣術と結界術、属性魔法、それぞれの基礎は積み重ねてきたはずだ。落ち着いて対応すればいい」
二人で特設エリアの外観を眺めながら、アリアはふと、これまでの日々を思い返していた。剣術の基礎練習、結界術の応用、そして咄嗟の判断力を鍛える特訓――そのすべてが、今この瞬間のためにあったのだと思うと、不思議な感慨が込み上げてくる。
「アリア嬢、何を考えている?」
「あ、いえ……ここまで積み重ねてきたこと、全部、今日のためだったんだなって、思って」
「同感だ。無駄なことなど、何一つなかった」
リアムの静かな言葉に、アリアは背筋が伸びる思いがした。二人で肩を並べて過ごしてきた放課後の特訓の日々が、まるで走馬灯のように脳裏をよぎる。あの頃はまだ、こんなに息の合った連携ができるようになるとは、想像もしていなかった。
アリアとリアムの番が回ってきたのは、午前も半ばを過ぎた頃だった。
「では、開始する」
ギデオン教官の合図とともに、特設エリアの一角から、けたたましい音とともに水が溢れ出した。用水路の水門が、何らかの不具合で開いてしまったという想定らしい。水は、みるみるうちに模擬村の道を浸し始めている。
「これは……!」
「水路の氾濫、というところか。まずは、水の流れを止める必要があるな」
リアムが冷静に状況を分析する横で、アリアも素早く周囲を見渡した。水門らしき仕掛けが、少し離れた場所に見える。
「あそこの水門を、閉じないといけないみたいです」
「よし、私が水門まで結界で道を作る。君は、これ以上水位が上がらないよう、周囲に注意を払ってくれ」
「わかりました」
リアムが素早く詠唱を紡ぎ、水の中に足場となる結界を張っていく。アリアは、その間、周囲の建物や、逃げ遅れた住民役の人形が流されないよう、風魔法で水の勢いを弱める作業に集中した。
「見えざる大気の流れよ、水面に穏やかな凪をもたらせ――」
練習で培ったコツを思い出しながら、慎重に、けれど確実に、魔力を制御していく。以前のような焦りはなく、不思議なほど、心は静かだった。
(大丈夫。今の私なら、できる)
水門にたどり着いたリアムが、詠唱とともに、閉じかけの水門を強引に押し戻そうとする。だが、水門の歯車が錆びついているのか、なかなか動かない。
「くっ……思ったより、頑固だな」
「リアム様、私も手伝います!」
アリアは、水門の隙間に向かって、風の刃を鋭く打ち込んだ。錆びついた歯車の隙間に入り込んだ風が、内側から錆を削ぎ落としていく。
「今です、リアム様!」
「ああ、助かった!」
リアムが力を込めて水門を押すと、今度こそ、ゆっくりと水門が閉じていった。溢れ出していた水の勢いが、みるみるうちに収まっていく。
「やった……!」
アリアは、思わず安堵の声を漏らした。だが、ほっとしたのも束の間、今度は別の場所から、ぱきぱきという不穏な音が響いてきた。
「あれは……橋が!」
水に浸かり続けていた木造の橋が、耐えきれずに軋み始めている。橋のたもとには、まだ避難できていない住民役の人形が数体、取り残されたままだった。
「くっ、まだ課題が続くのか。……アリア嬢、落ち着いて対応しよう。まずは橋の補強が先だ」
「はい! 私も、できることを探します」
想定外の連続する課題に、アリアの心臓が早鐘を打つ。それでも、これまでの練習で培った冷静さが、確かに彼女を支えていた。
「橋は、私が結界で補強する。その間に、まだ助けが必要な人形を、風で引き寄せてくれるか」
「はい!」
二人の連携は、これまでの練習の成果を存分に発揮するものだった。リアムが作った足場を伝い、アリアが正確な風の制御で人形を橋の下から引き上げる。息の合った連係に、周囲で見守っていた試験官たちも、小さく感嘆の声を漏らしていた。
「以上で、課題は終了だ。……見事な連携だった」
ギデオン教官の淡々とした、しかし確かな評価の言葉に、アリアとリアムは、思わず顔を見合わせた。
「や、やりました……!」
「ああ、君のおかげだ。水門の錆、あのままでは開かなかった」
「リアム様の結界がなかったら、私一人じゃ、何もできませんでした」
互いを称え合う二人の間には、これまでにない、確かな一体感が生まれていた。
「まさか、二段階で課題が続くとは思いませんでした」
「ああ。だが、おかげで、より実践的な対応力が試された気がする。……正直、いい経験になった」
「はい。一人だったら、絶対に対応しきれなかったと思います」
「それは、私も同じだ。君の風魔法がなければ、水門の錆は取り除けなかった」
互いに認め合う言葉を交わしながら、二人は試験会場を後にした。額に滲んだ汗が、達成感の証のように、日差しを受けてきらりと光った。
試験会場を出たところで、メアリとトビアスの組が、少し疲れた様子で戻ってくるのが見えた。
「アリアちゃん! そっちはどうだった?」
「なんとか、乗り越えられたよ。メアリたちは?」
「私たちは、火事の想定だったの。トビアスが火を抑えてる間に、私が水で消火して……もう、汗だくだよ」
「大変だったんだね、お疲れ様」
「アリアちゃんたちは、余裕そうに見えたよ。二人とも、すごく息が合ってた」
「そんなことないよ、内心は必死だったから」
謙遜するアリアの横で、トビアスが疲れきった様子で肩を回した。
「俺なんて、火の勢いに気圧されて、最初は完全に固まっちまったよ。メアリが冷静に指示出してくれなかったら、どうなってたことか」
「トビアスも、ちゃんと最後まで頑張ったよ。二人で協力できたから、乗り越えられたんだと思う」
メアリの優しい言葉に、トビアスは照れくさそうに頭をかいた。少し離れた場所では、リゼットも試験を終えたらしく、上級生と何やら話し込んでいる姿が見えた。
「リゼットさんも、無事に終わったみたいだね」
「うん、良かった」
互いの健闘を称え合いながら、四人は自然と笑顔を交わした。
その日の夜、寮の部屋に戻ったアリアは、鞄から出てきたクロノに、興奮気味に今日の出来事を報告した。
「クロノ、聞いて! 今日の総合実技、リアム様と息がぴったり合ったの!」
「ほう、それは重畳」
「水門が錆びついてて大変だったんだけど、二人で協力したら、ちゃんと乗り越えられて……。魔法も、ちゃんと制御できたし、変な光も出さずに済んだの」
最後の一言に、クロノはわずかに目を細めた。
「それは何より。焦らず、着実に力を使いこなせるようになってきた証拠だな」
「うん……。なんだか、今日は、すごく達成感があるの」
「それに、リアムとの連携も、なかなか見事だったようだな」
「うん! 水門の錆を取り除くのも、人形を助けるのも、二人で息がぴったり合って。一人だったら、絶対にあそこまでできなかった」
「ほう。誰かと力を合わせることの意味を、少しずつ学んでおるようだな」
クロノの声には、からかうような響きと、それ以上の温かさが滲んでいた。
「うん……。目立たないように、一人で静かに過ごすことばかり考えてたけど、こうして誰かと支え合うのも、悪くないなって、最近すごく思う」
「フン、随分と丸くなったものよ。まあ、それも悪くない成長だ」
クロノの言葉に、アリアは深く頷いた。窓の外、二つの月が、今夜も静かに輝いている。中間試験は、明日の結果発表を残すのみとなった。積み重ねてきた努力の成果が、どのような形で実を結ぶのか――アリアの胸には、不安よりも、確かな期待が広がっていた。




