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風読みの魔女は静かに過ごしたい  作者: おおりく
5章 初めての中間試験

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第23話 試験当日、揺らめく光

 中間試験当日の朝、訓練場には、いつもとは違う張り詰めた空気が漂っていた。生徒たちは、それぞれの得意分野を胸に、緊張の面持ちで集合している。


「アリアちゃん、緊張してる?」


「うん……手が、少し震えてる」


 メアリの問いに、アリアは正直に答えた。隣に立つリアムが、そっと励ますように声をかける。


「大丈夫だ。これまで積み重ねてきた練習を、思い出せばいい」


「はい……頑張ります」


 試験は、剣術、結界術、属性魔法の個別評価に続き、最後に総合実技を行う四部構成だった。アリアの得意な薬草学のような座学要素はなく、純粋な実技のみで評価される。


「では、これより中間試験を開始する。まずは剣術からだ」


 試験官を務めるギデオン教官の号令に、生徒たちは緊張しながらも、一人ずつ、模擬剣を手に取っていった。


 アリアの剣術は、お世辞にも得意とは言えなかったが、日頃の鍛錬のおかげで、基本の型は着実にこなせるようになっていた。大きな失敗もなく、無難に評価を終える。


「次、結界術」


 結界術の試験では、簡単な防御結界を張り、一定時間維持することが求められた。アリアの結界は、決して強固なものではなかったが、丁寧に、安定して展開できた。


「維持時間、規定を満たしている。良好だ」


 ギデオン教官の淡々とした評価に、アリアはほっと胸を撫で下ろした。近くで見ていたメアリが、小さくガッツポーズをして見せる。


「アリアちゃん、ここまで順調だね!」


「うん、なんとか……。メアリの番は?」


「私は、もう少し先。ちょっと、お腹痛くなってきたかも」


 冗談めかして言うメアリに、アリアは思わず笑った。緊張が、少しだけ和らぐ。


(よし、ここまでは、順調……)


 そして、いよいよ属性魔法の個別試験の番がやってきた。


「アリア・ローゼン、前へ」


 名前を呼ばれ、アリアは緊張しながら試験場の中央に進み出た。周囲には、試験官だけでなく、評価の様子を見学する上級生や、他の教師たちの姿もちらほらと見える。


「課題は、対象への正確な風魔法の照射と、突発的に発生させる障害物への対応だ。準備はいいか」


「は、はい」


 ギデオン教官の合図とともに、目の前に的が現れる。アリアは深呼吸をし、練習してきた通りに、詠唱を紡いだ。


「見えざる大気の流れよ、我が呼び声に応え、的を撃て――」


 放たれた風の刃が、正確に的を捉える。周囲から、小さなどよめきが起こった。


「悪くない、正確な照射だ。……では、次だ」


 ギデオン教官が合図すると、いくつもの的が、不規則なタイミングで次々と現れ始めた。リアムとの特訓で慣れてきたはずの課題だったが、本番の緊張感は、練習とはまるで違っていた。


「あっ……!」


 一つ目の的への照射は成功したが、二つ目、三つ目と続くうちに、アリアの詠唱のリズムが、わずかに乱れ始める。焦りが、じわりと胸の奥に広がっていった。


(駄目、落ち着いて……)


 四つ目の的が、予想外の速さで背後に現れた瞬間、アリアの中で、何かが引っかかった。咄嗟に体を捻り、風魔法を放とうとした、その刹那――抑え込んでいた力の均衡が、ほんの一瞬だけ、崩れた。


 放たれた風の刃に、ごくわずかに、淡い金色の光が混じった。ほとんどの人間には、気づかれないほどの、一瞬の煌めき。的は正確に撃ち抜かれたが、アリアの心臓は、早鐘のように打ち鳴っていた。


(今の、まさか……)


 幸い、周囲の生徒たちは、次々と現れる的への対応に気を取られ、その微かな異変には気づいていないようだった。ギデオン教官も、淡々と評価を記録している。


「五つ目、当てられるか」


「は、はい……!」


 アリアは慌てて意識を集中させ、なんとか残りの的をすべて撃ち抜いた。試験が終わった瞬間、どっと全身から力が抜けるのを感じた。


「以上だ。ご苦労だった」


 ギデオン教官の言葉に、アリアは深く一礼し、震える足取りで列に戻った。


(気づかれてない、よね……。大丈夫、大丈夫のはず……)


 自分に言い聞かせるように、何度も心の中で繰り返す。だが、試験場の隅、観覧用の柵の陰に立っていた一人の人物が、今の一瞬を、確かに見ていた。


 白髪交じりの、癖のある髪をした初老の男。着崩したローブに、分厚い眼鏡。他の教師たちとは、明らかに雰囲気の異なるその人物こそ、古代ルーン文字学を担当する、ゼフィルス・ロイド教官だった。彼は、本来この試験の担当ではなかったが、たまたま資料を届けに来ていたところで、この光景に行き当たっていた。


 普段は、研究室に籠りきりで、生徒たちの前に姿を見せることも滅多にない変わり者の教官だ。今日も、届け物のついでに、ふらりと試験の様子を眺めていただけだった。その気まぐれが、思いがけない発見に繋がるとは、彼自身、想像もしていなかっただろう。


「……ほう」


 ゼフィルスは、眼鏡の奥の目を、わずかに細めた。誰に聞かせるでもない、ひとりごとのような呟きだった。


「あの色……古語で言う『銀の糸』か。……面白い」


 その独り言には、驚きよりも、むしろ知的好奇心に満ちた響きがあった。彼は顎に手を当て、しばし何かを考え込むように、アリアの後ろ姿を見つめていた。


「風を読む者、か。……なるほどな。案外、言葉というのは、真実を語るものらしい」


 ゼフィルスは、懐から小さな手帳を取り出し、何やら走り書きを始めた。長年、解読不能とされてきた古代文献の中に、確か、似たような記述があったはずだ。「風を読む」という言葉が、単なる比喩ではなく、文字通りの意味を持っていたとしたら――。


(あの生徒、名前は……確か、一年A組の。今度、それとなく調べてみるか)


 彼の中で、研究者としての探究心が、静かに、しかし確かに疼き始めていた。それは、悪意からくるものではなく、純粋な知的好奇心によるものだった。だが、その好奇心が、いずれアリアの運命に、どのような形で関わってくるのか、この時のゼフィルス自身にも、まだ分かってはいなかった。


 その呟きは、周囲の喧騒に紛れ、誰の耳にも届くことなく消えていった。ゼフィルスは、それ以上何をするでもなく、静かにその場を後にした。彼の頭の中には、長年研究してきた古代の文献の断片と、今しがた目にした光景とが、パズルのピースのように、少しずつ結びつき始めていた。


 その頃、アリアは、列に戻ったところでリアムに声をかけられていた。


「アリア嬢、大丈夫か? 顔色が、少し悪いようだが」


「あ、はい……! 大丈夫です、少し緊張しすぎただけで」


「そうか。……最後の対応、見事だったな。あれだけ不規則な動きに、よく対応できたものだ」


 リアムの素直な称賛に、アリアはぎこちなく笑みを返した。彼にすら、あの一瞬の光は見えなかったらしい。そのことに、心の底からほっと胸を撫で下ろす。


「リアム様の番も、もうすぐですね」


「ああ。……緊張してきたな、正直」


 珍しく弱気な発言をするリアムに、アリアは思わず微笑んだ。


「大丈夫です。ここまでの練習、ちゃんと積み重ねてきましたから」


「君にそう言われると、不思議と自信が湧いてくるな」


 その言葉に、二人は互いに小さく笑い合った。


 昼休憩の時間、アリアはクロノに、こっそりと先ほどの出来事を報告した。


「クロノ、大変。試験中に、少しだけ光が漏れちゃったかもしれない」


「なんじゃと」


 クロノの声色が、一瞬にして鋭くなった。


「気づかれたのか?」


「たぶん、大丈夫だと思う。リアム様も、他のみんなも、気づいてなかったし」


「たぶん、では困る。よく思い出せ。誰か、こちらを見ていた者はいなかったか?」


 クロノの真剣な問いに、アリアは記憶を辿った。だが、試験の緊張の中で、周囲をつぶさに観察する余裕などなかった。


「わからない……。ちゃんと、確認しておけばよかった」


「まあ、済んだことは仕方がない。だが、これからは、より一層、気を引き締めることだ。お前の力は、ほんの一欠片でも、見る者が見れば、只事ではないと分かってしまうものなのだからな」


「うん……気をつける」


 クロノの忠告に、アリアは神妙に頷いた。


「それにしても、いよいよ後半戦だな。総合実技とやらは、無事にこなせそうか」


「うーん、正直、まだ想像がつかないの。何が出るか分からないから、余計に不安で」


「案ずるな。想定外の状況にこそ、お前の真価が出るものよ。……ただし、今日の午前のような『漏れ』は、二度とないようにな」


「うっ……分かってる。次は、絶対に大丈夫にする」


 クロノの厳しい言葉に、アリアは気を引き締め直した。だが、その忠告が届く範囲の外で、すでに一人の人物が、確かにその「一欠片」を見てしまっていたことを、アリアはまだ知らなかった。


 午後の試験が再開され、リアムの番が回ってくる。彼の結界術は、多重展開こそまだ完璧ではなかったが、それでも堂々とした、見事な出来栄えだった。


「さすが、リアム様……」


 試験を終えたリアムが、額の汗を拭いながら戻ってくる。


「なんとか、形にはなったと思う。多重展開は、まだ完璧とは言えなかったが」


「いえ、すごく綺麗な結界でした。見ていて、惚れ惚れしちゃいました」


「そ、そうか。それは、光栄だな」


 珍しく照れた様子のリアムに、アリアは思わずくすりと笑った。二人でそんな他愛のないやり取りを交わしながらも、アリアの心の奥底には、先ほどの一件が、小さな棘のように残り続けていた。


(大丈夫、きっと、誰も気づいてない……)


 自分にそう言い聞かせながらも、胸の奥のざわつきは、なかなか収まらなかった。その姿を見つめながら、アリアの胸には、誇らしさと、そしてまだ拭いきれない一抹の不安が、静かに同居していた。窓の外、傾き始めた太陽の光が、試験場を茜色に染めていく。中間試験は、まだ折り返し地点に差し掛かったばかりだった。


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