第22話 仲間との特訓
放課後の訓練場に、アリアとメアリ、それにトビアスの三人が集まっていた。中間試験に向けて、一緒に復習をしようと約束していたのだ。
「よろしくね、アリアちゃん。私、本当に魔法が苦手だから、足を引っ張らないか心配で……」
「そんなことないよ。一緒に頑張ろう」
メアリの不安げな表情に、アリアは努めて明るく声をかけた。
「俺も、剣術はともかく、属性魔法はてんで駄目でさ。アリアの詠唱、見せてもらってもいいか?」
「うん、もちろん」
アリアは、軽く息を整えてから、風の初級魔法を唱えてみせた。手のひらから、小さなつむじ風が生まれ、地面の落ち葉を巻き上げる。
「おお、綺麗なもんだな」
「アリアちゃん、本当に上手だよね。詠唱の間、すごく落ち着いてるし」
「そ、そんな、そんなに褒められると照れちゃうよ……」
二人の素直な賞賛に、アリアは頬を赤らめながらも、内心では複雑な気持ちを抱えていた。今の自分の「弱さ」は、故郷にいた頃から比べれば、随分と控えめに調整されたものだ。それでも、こうして周りから評価されるたびに、ほんの少しの罪悪感のようなものが胸をよぎった。
(本当の力は、まだまだ、こんなものじゃないんだけどな……)
入学したばかりの頃は、目立たないよう、ひたすら力を抑え込むことばかり考えていた。だが、こうして仲間たちと過ごす時間が増えるにつれ、自分の力を誰かのために使うことへの抵抗が、少しずつ薄れてきているのを、アリアは感じていた。
そんな思いを振り払うように、アリアは気持ちを切り替えた。
「メアリも、一緒にやってみようよ。まずは、基本の詠唱からで大丈夫だから」
「う、うん。頑張ってみる」
メアリは緊張した面持ちで、教本通りの詠唱を口にした。だが、風はそよとも起こらず、彼女は肩を落とした。
「やっぱり、駄目だ……」
「焦らなくて大丈夫。メアリの詠唱、リズムはすごく良かったよ。ただ、最後の一節で、少し力が抜けちゃったみたい」
「そう、なのかな」
「うん。魔力を込めるタイミングって、詠唱の最後の一拍がすごく大事なんだって、リアム様に教えてもらったの。もう一回、やってみようか」
「なあ、俺にも、コツ教えてくれよ。剣を振るう方はまだいいんだが、詠唱になると、途端に舌が回らなくなるんだ」
「トビアスは、力の込め方が早すぎるのかも。詠唱の後半に向けて、少しずつ集中を高めていくイメージでやってみて」
「後半に向けて、か……よし、やってみる」
トビアスも真剣な表情で詠唱を口にしたが、こちらはまだ、目に見える変化は起きなかった。
「うーん、まだピンとこないな」
「大丈夫、一回でできる人の方が少ないから。何度も繰り返して、体で覚えていくものだから」
アリアの励ましに、トビアスは気を取り直したように、もう一度詠唱に取り組み始めた。
アリアの丁寧な指摘に、メアリは真剣な表情で頷き、もう一度、詠唱を試みた。今度は、わずかながら、地面の葉が揺れる。
「あ……動いた!」
「見て見て、動いたよ、メアリ!」
小さな変化に、二人は思わず手を取り合って喜んだ。その様子を見ていたトビアスが、感心したように口笛を吹く。
「アリア、教えるのも上手いんだな」
「そ、そんなことないよ。メアリが頑張ったからだよ」
謙遜しながらも、アリアは胸の奥に、ほんのりとした達成感を覚えていた。誰かの成長を、こうして間近で見守れることが、思っていたよりずっと嬉しいことなのだと、初めて実感していた。
三人で練習を続けていると、少し離れた場所から、聞き覚えのある声が響いてきた。
「あら、随分と賑やかにやっているのね」
振り返ると、リゼットが、いつもの取り巻きを連れずに、一人でこちらを見ていた。
「リゼットさん、練習ですか?」
「ええ。……その、もし、迷惑でなければ、少し混ぜてもらえないかしら」
珍しく遠慮がちなリゼットの態度に、アリアは驚きながらも、すぐに笑顔で頷いた。
「もちろんです。一緒にやりましょう」
「あ、ありがとう」
リゼットが加わったことで、練習の輪は、さらに賑やかになった。彼女の詠唱は、さすがに洗練されていたが、咄嗟の応用となると、まだぎこちなさが残っていた。
「試しに、一つ見せてもらえますか?」
アリアが促すと、リゼットは軽く頷き、優雅な所作で詠唱を紡いだ。教本通りの、非の打ち所のない詠唱だった。だが、いざアリアが不規則なタイミングで的を動かしてみせると、リゼットの魔法は、狙いを外して明後日の方向へと飛んでいってしまった。
「……嘘でしょう」
愕然とした様子のリゼットに、アリアは慌てて声をかけた。
「型が完璧な分、逆に、決まった通りにいかない状況に戸惑いやすいのかもしれません。私も、最初は同じでした」
「そう、なの……?」
「はい。リアム様に教えてもらったんですけど、型を崩さず、けれど反応の幅を広げる練習を、少しずつ重ねていくといいそうです」
アリアの説明に、リゼットは真剣な表情で耳を傾けた。
「私、基本の型は完璧に叩き込まれているのだけれど、想定外の状況になると、途端に頭が真っ白になってしまうの」
「分かります。私も、応用の練習、まだまだで」
同じ悩みを共有できることに、リゼットはどこかほっとした様子だった。
「ローゼンさんも、そういう悩みがあるのね。てっきり、何でもそつなくこなす人だと思っていたわ」
「そんなことないですよ。得意なことも、苦手なことも、ちゃんとあります」
アリアの率直な言葉に、リゼットは小さく笑った。
「そういうところ、素直で好きよ。私も、もっと肩の力を抜いて、練習に取り組んでみようかしら」
四人での練習は、思いのほか活気に満ちたものになった。互いの得意分野を教え合い、苦手な部分を補い合う。かつては、こうして誰かと横並びで学ぶことに、強い不安を感じていたアリアだったが、今は、その時間が心から楽しいと感じられた。
「リゼットさんの詠唱、発音がすごく綺麗ですね。私も参考にさせてもらいたいです」
「あら、そう? 家庭教師に、うんざりするほど発音矯正をさせられたもの。役に立ったなら、何よりだわ」
リゼットは扇子で口元を隠しながらも、まんざらでもなさそうな表情を浮かべた。
「じゃあ、代わりに、私の応用練習に付き合ってもらえるかしら。ローゼンさんの、あの咄嗟の判断力、少し分けてほしいくらいだわ」
「私の方こそ、勉強させてください」
二人で笑い合いながら、互いに教え合う時間は、あっという間に過ぎていった。メアリとトビアスも、初歩的な部分でつまずきながらも、少しずつ手応えを掴んでいく様子が見て取れた。
日が傾き始めた頃、練習を切り上げ、四人は連れ立って寮への道を歩いた。
「今日は、ありがとう、アリアちゃん。少しだけ、自信がついた気がする」
「私も、なんだか、久しぶりに楽しく練習できたわ」
メアリとリゼット、それぞれの言葉に、アリアは胸が温かくなるのを感じた。
「みんなで頑張れば、きっと大丈夫だよ」
その言葉に、四人は揃って頷いた。
「そういえば、アリアさんは、リアム様と一緒に練習してるんでしょう? 進み具合はどう?」
リゼットの問いに、アリアは少し照れくさくなりながら答えた。
「はい、お互いの苦手なところを補い合ってます。リアム様、結界術の多重展開に苦戦してて」
「あの方でも、苦手なことがあるのね。ちょっと意外だわ」
「私も、最初は驚きました。でも、真剣に取り組む姿は、すごく格好いいんです」
思わず口にした言葉に、アリアは自分でも赤面した。メアリが、にやにやとした笑みを浮かべる。
「あら、アリアちゃん、今、頬が赤いよ」
「な、なんでもないよ! ただの、事実を言っただけで!」
慌てて誤魔化すアリアの様子に、四人はどっと笑いに包まれた。夕暮れの帰り道が、いつもより賑やかに感じられた。
寮の部屋に戻ったアリアは、鞄から出てきたクロノに、今日の出来事を報告した。
「ほう、あのリゼットとかいう娘まで、仲間に加わったか」
「うん。なんだか、意外だったけど、一緒にやってみたら、すごく楽しかった」
「良い傾向だな。一人で抱え込むより、支え合う方が、よほど力になるものよ」
クロノの言葉に、アリアは深く頷いた。
「私、今日、メアリに教えてる時、なんだか、すごく嬉しかったの。誰かの成長を、間近で見られることが」
「ほう、それは、悪くない発見だな」
「うん。目立たないように、静かに過ごすことばかり考えてたけど……こうして誰かの力になれることも、悪くないなって、思えた」
クロノは、しばし黙り込んでから、静かに答えた。
「お前は、少しずつ、自分の力を、恐れるものから、誇れるものへと変えつつあるようだな」
その言葉に、アリアはハッとした。確かに、以前の自分なら、こうして人前で魔法を使うことに、もっと強い恐れを感じていただろう。今は違う。周りの目を気にするよりも、目の前の誰かを助けたいという気持ちの方が、自然と勝るようになっていた。
「もちろん、本当の力は、まだまだ抑えたままだけどね」
「うむ、それでいい。すべてを曝け出す必要はない。だが、抑えることと、隠すことに怯えることは、また別の話だ」
クロノの言葉に、アリアは小さく頷いた。
「今日みたいに、みんなで頑張れる時間が、これからも増えるといいな」
「フン、欲張りなことよ。だが、悪くない望みだ」
クロノは丸くなって、満足げに目を閉じた。その穏やかな寝息を聞きながら、アリアはベッドに横たわり、今日一日の充実感を静かに噛みしめた。
窓の外、二つの月が、今夜も静かに輝いている。中間試験の日は、着実に近づいていた。それでも、アリアの心には、以前ほどの重い不安はなかった。仲間と共に積み重ねてきた日々が、確かな支えとなっていることを、アリアは静かに実感していた。




