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小人の辞  作者: EndoArisa


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22/30

老香具師


 かつて、立体駐車場の入出庫警備をやっていたことがある。その駐車場はとある家電量販店の四階と五階の屋上にあって、入口も出口も人や車が盛んに行き来する通りに面していた。特に入口の方は市内の大通りの一つに面していたので、車一台入庫するのにも手こずることがよくあった。

 車道は五車線ほどあるので渋滞を起こすことはあまりなかったが、歩道がとにかく鬱陶しかった。特に平日の夕方、帰宅ラッシュの時間になると、ひっきりなしに人が通るのだ。そのせいで車を何分も待たせてクラクションを鳴らされたことも一度ではなかった。それに加え、入庫口のすぐ隣にコンビニがあるのも具合が悪かった。まるでタイミングを計っていたかのように、入庫しようとした瞬間にコンビニから人が出てくるのだから。あと、土曜は人通りが多かったが、日曜は意外と少なかった気がする。

 出口の方の通りは昼間と夜はそれなりに空いていたが、すぐ近くに住宅街や小学校があったので、夕方はひどく混んでいた。あと、近所には神社もあった。十月の中旬にはその神社を中心とした祭りが開かれるのだが、九月の半ばになるとその神社から祭囃子を練習する音が聞こえてきて、夏の終わりを感じたものだった。

 その祭りは二日あって、その間は周囲一帯の車道が規制される。駐車場も封鎖されるので我々警備員はお休みかと思いきや、うっかり車で来た客を契約駐車場へと案内する仕事があった。祭りの楽しい空気の中、朝から夜までいつも通りボケっと突っ立ってなければならないのだった。

 お祭りなので、当然屋台がたくさん出る。前夜から業者が資材を置いていって、気の早い者はもう屋台を組み立てていた。当日の昼前までには、大通りは交差点までズラッと屋台が並ぶようになった。とりわけ家電屋の前に屋台は密集していた。他は車道に寄って建っていた屋台も、この区画だけ歩道の両端に建っていた。

 その駐車場警備を始めて最初の祭りの日のこと。私は祭りの空気に当てられたのか、前夜から楽しみで当日も気分が高ぶっていたのだが、それも最初だけで昼を過ぎる頃にはうんざりするようになっていた。周囲からはいい匂いが漂ってきて、道行く人たちは楽しそうにしている、だが、自分は彼らに加わる資格がない、そのことに気づいたのだ。まだ八時間近く残っている勤務時間を、とてつもなく長く感じた。

 要領をつかんできて車に気を配る必要がないことが分かったので、ボーッと立っていると、ちょっとした変化に気づいた。朝からずっと空っぽだった屋台に、いつの間にか人が座っていたのだ。その屋台は店の前に建っているものの中で、一番私の近くに建っていた屋台だった。だから気づいたのだろう。

 その屋台にいたのは、年寄りの男性だった。どんな容姿だったか覚えていないが、一般的な高齢男性だったと思う。取り立てて醜悪でもみすぼらしくもない、普通の顔格好の老人だったはずだ。しいて挙げるなら、背は高かった気がする、あるいは背筋が伸びていたのでそう感じたのかもしれない。彼は私が見ていた限り、そして覚えている限り、ずっとパイプ椅子に座ったままだった。向かいの店主が知り合いに声をかけに行ったり、こっそり電子タバコを吸ったりしていたのと対照的だった。

 その老人は柿を売っていた。特になんの加工もしていない、そのままの柿だ。皮もヘタもついたままだった。それをザルに山と積んで、台に放っていた。他の店は仙台牛タンだの本格小籠包だのプリンアイスだの、いかにもウケの良さそうなものを売っていたので、ただの柿はひと際浮いて見えた。奇をてらわず、大衆に迎合せず、流行りに乗らず、小細工を弄しないその態度に、私は少し感心した。

 しかしながら、客たちはそうもいかない。足を止める人は誰もいなかった。当たり前だ。他にも屋台はたくさんあるというのに、スーパーでも買える柿を買う人はいないだろう。それに皮つきの柿なんて、荷物になるに違いないのだから。日が暮れて間もなく、私が再び入口の立哨(りっしょう)に向かった時には老人はいなくなっていた。

 ぽつんと屋台だけがあった。他の屋台はライトで煌々(こうこう)と光る中、老人の屋台だけが刻々と夕闇に沈んでいった。結局、柿は売れたのだろうか。私が駐輪場の立哨や休憩をしていた間に、あるいは売れたのかもしれない。私は休みだったので分からないが、祭りの二日目には売れたのかもしれない。でも、やっぱり売れなかっただろう。

 あの老人についてずっと何か引っかかるような、デジャヴのようなものを感じていたが、その日の帰りのバスで私はふと思い出した。それはボードレールの「老香具師(やし)」の一節。

「――彼がその輝かしい慰安者だった同時代人の後に、一人生きながらえた老文学者の姿である――友人もなく、家庭もなく、子供もなく、貧困と民衆の忘恩とのために次第に才能を失った、――老詩人の姿である」


 次の年も、その老人は同じ場所で柿を売っていた。昼過ぎにやってきて、夕暮れとともに去っていった。だが、私はすでにボードレールにも後続の象徴派詩人たちにも興味を失っていたし、新人賞に応募する作品が一行も進まないことに頭を悩ませていたので、老人にも柿にも注意を払っていなかった。

 その次の年、老人は現れなかった。屋台すらなかったので、当日に何かトラブルがあったというわけではなく、そもそも出店しなかったのだろう。私自身そのことに気づかず、歩行者に尋ねられてようやく思い出したのだった。

「毎年そこで柿売ってはるおじいさん、今年はおらんのやねぇ。」

 二日間の祭りを通して、十数回はそう尋ねられた。聞いてきたのは、あの老人と同じくらいのお年寄りばかりだった。

 彼はなぜ現れなかったのだろうか。出店のための手間が面倒になったか、祭りの喧騒に嫌気がさしたのか。あるいは、彼の輝かしい同時代人、彼を一人残していった同時代人たちの後を追うことにしたのかもしれない。


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