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小人の辞  作者: EndoArisa


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18/30

豚骨ラーメン


 祖父のクローゼットについて書いていたところ、匂いに関連して一つ思い出したことがある。

 祖父がガンで入院していた時のことで、僕は確か十歳かそこらだったはずだ。ある日のこと、僕は兄と母と一緒に祖父のお見舞いに行くことになった。母の仕事が休みだったということは月曜日で、僕も兄も休みの日だったから、何かしらの祝日だったのだろう。

 父は朝から病院に行っていて、僕らは昼から合流することになっていた。そのため、昼前に家を出て病院の近くで何か食べてから、祖父のところへ行こうということになった。何を食べたいかとか母から聞かれたかどうか、もう覚えてないが、結局ラーメンを食べることになった。

 子供の頃、僕ら兄弟は外食となるといつもラーメンだった気がする。母と出かけるときは、ファミレスに連れていかれることもあったが、大体ラーメンだった。父に至っては、これは断言できるのだが、毎回ラーメンだった。なぜだろう。昔はそれほどラーメンが安かったのだろうか。あるいは僕か兄のどちらかがラーメンが好きだと言っていたのだろうか。今となっては分からない。でも僕は昔からラーメン屋の少しベタついている机が好きではなかったから、自ら進んで行きたいと思ったことはなかった気がする。

 僕は豚骨ラーメンを食べた。これから見舞いに行くのに豚骨ラーメンなんて、今から考えると信じられないが、子供の頃の僕はそういう配慮を知らなかった。母と兄が何を食べたのかは覚えていない。もしかすると豚骨ラーメンだったかもしれない。ラーメンの味も覚えていない。でもマズくはなかっただろう。もしラーメンをマズく作れる奴がいたら、それは才能だ。


 それから祖父の病室に行った。そこでどんなやり取りがあったのか、もう覚えていない。記憶にあるのはただ一つ、祖父が言ったことだ。当時の祖父はすでに口鼻から管を入れられていたものの、まだ意識はあった。彼は僕らの方を見て、

「ラーメン食ってきたんか?」と言った。

 実際にはそこまで鮮明な言葉を発したわけではない。「アーエンクッエイアンカ?」みたいな感じだったと思う。でも僕は、豚骨ラーメンを食べたから匂いで分かったんだろうなぁ、と思って、

「うん、ラーメン食べてきたよ。」と答えた。

 すると両親から、この子は急にラーメンの話なんかしてどうしたの?みたいな反応が返ってきて、僕は驚いた。これは今でも確信を持って言えるが、絶対に祖父はラーメンのことを話していた。当時の僕もそう思って、今より強い確信を持っていたのでムキになって両親に反論したが、笑って流されてしまったのだった。


 確かによくよく考えると、衰弱しているうえに口や鼻に管を入れられているガン患者が、にんにくの臭いを嗅ぎ分けるものだろうか。それに関しては経験したことがないので分からない。あるいは、五感の一つを封じると、残りの感覚が研ぎ澄まされるという話があるから、もう視力も落ちて聴覚も落ちて、モノも食べれず、長い間ベッドに横たわったままだった祖父の嗅覚は、常人の何倍も敏感だったのかもしれない。

 思い返してみると、人と会う前は豚骨ラーメンを食べるのは避けようと思うようになったのは、この出来事がきっかけだったような気がする。それに祖父が亡くなって以降は、ラーメン自体あまり食べなくなったような気がする。


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