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小人の辞  作者: EndoArisa


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L・E・D RUNNER


 例えば、こんな話がある――

 人間同士にも相性があるように、人間と機械の間にも相性というものがある。洗濯機、電子レンジ、パソコン、スマホ、バイクや車なんでもいいが、安物にもかかわらず、なぜか一度も故障することなく、十年経ってもいまだ現役の機械が誰の家にも必ず一つはあるのではないだろうか。それはきっと相性がいい機械なのだろう。

 それとは逆に、高価で高性能なものを買ったはずなのに、半年もしないうちに故障したとか、不具合が生じるようになったとか、そういう経験もあるだろう。他にも例えば車なら、買い替えてからイマイチ運が悪いとか、この車に乗っている日は信号に捕まりやすいとか。携帯電話なら、買い替えてから恋人との関係がうまくいかなくなったとか、すぐに画面が割れてしまったとか。偶然や気のせいとも考えられるが、相性の悪い機械にぶつかったとも考えられるだろう。

 所有する機械との相性だけならまだしも、現代では一歩外にでれば機械があふれている。それら全てとの相性を意識しようとすると、なんだか気が狂いそうになる。もはや機械との相性という観念自体が馬鹿げているように思えてくる。でも、きっとそれはあるのだ。


 男は帰宅時のバスはいつも、家の最寄りの一個前で降りていた。そのバス停のすぐ近くにスーパーがあって、そこで買い物してから帰るようにしていたのだ。バス停があって交差点があって、その先がスーパーなのだが、そこの交差点、厳密に言えば歩行者信号がクセ者だった。あと十数歩で交差点というところで点滅を始め、横断歩道の太い白線へ踏み出そうとする直前に赤に変わるのだ。歩行者信号が赤に変わるタイミングというのはなんとなく分かるもので、男はいつも横断歩道のギリギリ手前で足を止め、それと同時に赤になった信号機を見て、やっぱりね、と言わんばかりにシタリ顔をするのだった。

 この歩行者信号について男は初めの数日は、ツイてないな、とがっかりした。数か月が経つと不愉快に感じるようになった。しかし数年も経つと、もう諦めがついていた。俺とコイツは抜群に相性が悪いのだろう、と思うようになって、素直に信号を待つようになっていた。その横断歩道は、車一台がやっと通れるくらいの狭いもので、車が滅多に通らない道に通じていたが、かといって男は信号を無視しようとはしなかった。仕事終わりという快い時間を、そんな些細な違反で台無しにしたくなかったからだ。

 そういうわけで、帰宅前は夕暮れの中に浮かぶ信号の光を眺めることが、男の習慣になっていた。気を付けの体勢でボヤッと立っている赤い人。なぜか左にしか歩かない緑の人。彼らは同一人物なのだろうか、とかくだらないことを考えることもあった。

 ある日のこと、男は帰りのバスで終始イライラしていた。職場で自分に非がないことで叱責された経験は誰にでもあるだろう、今日の彼もそうだった。その上、その日はバスがすし詰めで座れず、さらに道も混んでいたので余計に立たされることになった。ようやくバスを降ると、男は深呼吸した。疲れでぐったりした体に、ヘルメットや紅白旗などの入ったボストンバッグがずっしりと食いこんだ。

 今日は好きなもんを食ってダラダラして寝よう、そう気を取り直して彼は歩き始めた。と、真っ先に例の歩行者信号機が目に留まって、少し顔をしかめた。信号は緑だった。無機質に、人間などに興味なさそうな様子で点灯していた。しかし、男はそれが挑発しているように見えた。どうせ自分が近づいたら、いつものように点滅するのだろう、と思っていた。

 男がいつもの位置まで来ると、やはり信号は点滅し始めた。男は無性に腹が立ち、理不尽を感じて、思わず駆けだしていた。一日の立ち仕事で足は棒のようだったし、荷物は重かったので小走り程度の速さだった。それでも距離は十数歩程度で横断歩道も短かったので、どうにかなるだろうと冷静に考えていた。

 しかし、数歩走って男は目を疑った。信号機の緑の人が、いつもと様子が違って見えた。手と足を振り上げて、まるで走っているような姿勢だったのだ。その上、点滅の速度も明らかに速かった。まるで自分の歩調に合わせているかのようで、気味が悪かった。男はもう横断歩道手前まで来ていた。

 彼の足は意思に反して止まった。それが習慣のせいか、あるいは本能的なものかは分からない。息がひどく上がって、男は膝に手をつかずにはいられなかった。そのまま信号を見上げてみると、信号は赤になっていた。いつもは気を付けをしている人が、胸の前で手をバツにしていた。その赤色はまるで怒っているかのように、攻撃的に光っていた。男は振り返ってみたが、背後には誰もいなかった。

――そんなお話。


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