頓珍漢な質問
大学時代、専門科目の他に全学共通科目、いわゆる教養科目の単位もとる必要があった。ちなみに卒業に必要な単位は専門科目が約八十で教養科目が五十くらいだったか。四年でこの単位数はちょっと無理だと入学した時から思っていたし、今振り返ってみても僕には無茶だったと思う。あるいは、僕がドロップアウトした人間だから、大学を卒業する大変さというものを過大評価しているだけなのかもしれないけど。愚痴を言って共有できる友達の一人でも作っていれば、何か変わっていたのかもしない。
教養科目にはいろんな講義、例えば生物学とか代数学とか、イノベーション学みたいなのもあった気がする。そういったものを広く浅く学べて、みっちり学問を修めるだけの忍耐力と集中力のない、けど概要をさらって少しでも賢くなった気分になりたい、僕みたいな人間にとってはなかなか楽しめた。
そんな教養科目だが、一つだけ嫌な点があった。それは、教養科目の大半が学期末のテストだけではなく講義への取り組みも評価対象としていたことだ。それも意地の悪いことに、テストと授業参加の評価の割合が6:4、もっとひどいものだと5:5になっていて、テストだけではどう頑張っても単位をとれないようになっていたのだ。
講義への取り組みといっても、簡単なものだと出席だけだったり、ちょっとした提出物、例えば授業アンケートや宿題や講義時間のラスト二十分で終わるような課題だったり、その程度だった。面倒なものになると、グループワーク、例えばディスカッションだのディベートだのやった後に発表するようなものがあった。けど、グループワークなら同じ班の賢い人が話を回してくれるので、そこまで困ったことはなかった。
僕が一番嫌だったのは、講義中の質問が評価対象になるというパターンだった。確か法思想とかの講義だったはずだ。よくよく思い返すと、試験はなかった気がする。そんなわけはないのだが、それほどまでに授業参加が評価に与える比率が高かったことは確かだ。後にも先にも、毎回質問しなければ単位がとれないなんて講義はなかったと思う。
これまで僕は講義中に疑問を持ったことがなかった。完ぺきに理解しているからではなく、疑問を持つとそこで足が止まって話を聞きそびれてしまいそうになるので、いったん全部頭に入れてから咀嚼するようにしていたのだ。子供の頃から勉強に対してはそういう態度だったと思う。
そんな僕がたった九十分の講義の中で疑問点を見つけるなんて、土台無理な話だった。その講義の教授は教科書をもとに話をするタイプだったので、前日に該当範囲を読んでおいたが、なかなかピンとくる質問は思いつかなかった。どれもこれも的外れだったり数ページ後に答えがあったりするようなものばかりだった。
それでも質問しなければならない。
「それじゃあ質問がある人は?」
そう教授が言うと、みんな手を挙げる。四十人近い大学生が、我先にと手を挙げる光景はなかなかものすごい。授業参観日の小学生でもああはならないだろう。単位は大学生にとってそれほど重いものなのだ。誰が一番早かったかなんて分かるはずもないので、右端の方から順に質問をしていく。
「いい質問だ。」と教授が誰かの質問を褒める。
僕はそれが悔しかった。それまで一度もこの教授にそういう言葉をもらったことがなかったからだ。そして結局一度ももらえなかった。別にあんな年寄りに褒められたかったわけではないのだが。
じりじりと僕の番が近づいてきて、キリキリと僕の胃は痛んだ。待っている間、どれだけ必死に考えても、やはり的外れな質問しか思いつかなかったからだ。
自分がどんな質問をしたのか、もう七年以上前のことなので文章にできるほど鮮明には覚えていない。ただ、いい質問ではなかったことは確かだ。周囲の学生が阿呆を見る目を向けてきたことも確かだ。
「教科書には1+1=2と書いてありますが、1+一の場合は=2となるのでしょうか。それとも=二となるのでしょうか。」
これはほんの例えに過ぎないが、こういう頓珍漢な質問しか思いつけなかった。本質とは全く関係ない、どうでもいい、重箱の隅をつつくどころか重箱の形にケチをつけるような、そういう疑問しか浮かばなかった。そしてそれは、今の僕も同じだ。
思ったより長くなったし、めっちゃ自分語りになってる
メモに奥底に埋まってた大学時代の話、いい加減供養してやろうと思ったので




