運命は躾をしない
例えば、こんな話がある――
男は運命に抗って生きてきた。どれほど運命に弄ばれようと、想定外のトラブルや破綻、想像以上の困難や失敗が立ちはだかったときこそ、彼は尻込みするのではなく一層躍起になって運命に噛みついてきた。運命の女神が彼を小突こうとして迂闊にも差し出した手に、腕ごと噛みちぎらんばかりに飛びかかっていったのだった。猟犬がヒグマに食らいつくような勢いで彼は強大な運命と格闘してきた、そしていつも勝利してきた。やっつけられた運命の女神がそそくさと立ち去っていくのを見ると、肩で息をしながらも彼は達成感で満たされるのだった。
運命の女神は人間で遊ぶのが好きだった。暇な時間はいつもそうやって、壊してしまわない程度に人間を弄んだ。その日も女神は、男がこちらをじっと見つめてくるので遊んでやることにした。いい反応をしてくれるので、彼のことは気に入っていた。いつものように手を差し出してやると、男はものすごい勢いで跳ね回り、どうにか彼女の手にかみつこうとした。女神はペットの小型犬と戯れる飼い主の気持ちだった。
指を男の口に近づけて嚙みつこうとしたところでサッと引っこめる、その隙に空いている方の手で男の体をつつく、男が今度はそちらの手に嚙みつこうとする……そうやってからかっているうちに、とうとう男は女神の手に噛みついた。歯が深々と肉に刺さり、血が流れていた。しかし、女神は楽しそうだった。楽しそうにケタケタと笑って、男の頭や首筋を撫でまわすだけだった。
そうしているうちに、仕事の連絡が来た。戯れでは済まない、人間を完全に破滅させる仕事だ。人間をなんの猶予も慈悲もなく、不幸な運命に突き落とさねばならない。今日は何をしなければならないのか、老人を交通事故に遭わせるのか、若い女を通り魔に遭遇させるのか、子供をガラスに突っこませるのか。女神は憂鬱な気持ちになった。
運命の女神はすっかり興ざめして男を振り払い、急いでその場を立ち去った。
――そんなお話。




