自宅対効果/ホーム・パフォーマンス
例えば、こんな話がある――
春から大学生になる青年が同郷で二個上の先輩に相談をしていた。大学のことについて、時間割やらサークルやら、どれほど尋ねても質問は尽きなかったが、とりわけ青年が話題にしたのは、やはり初めての一人暮らしのことだった。彼はそこに大学生のロマン、待ち遠しさと不安を同時に感じていた。
「いろんな物件がありますけど、やっぱり風呂場ですよ。これだけは譲れません。ユニットバスは絶対に嫌なんです。」と青年は言った。
彼の手もとには、大学生協から送られてきた賃貸物件のパンフレットが開かれてある。一ページに所狭しと並べられた物件情報のいくつかには、すでにボールペンで大きく丸がつけられているものもあった。彼は合格が決まって以来、毎日飽きずにこの冊子を繰っては良さげな物件を探していたのである。
「大学やスーパーが遠くても我慢できます。安アパートでも我慢できます。日差しが悪くても、治安が悪くても我慢できます。でも、風呂とトイレが一緒なのだけは、絶対無理なんです!」
青年は少々大げさな調子でそう言った。実際のところ確かにユニットバスは嫌だったが、心底嫌なわけではなかった。それよりも楽しみでたまらなかった。入試に合格した興奮がまだ冷めていなかったのだ。だが、その喜びを素直に表現するのは恥ずかしかったので、不安や悩みという形で発露させていたのである。彼は先輩からのアドバイスには興味がなく、自身の不安や悩みの中にある喜びの果汁を密かにすするのに夢中になっていた。
「俺もそうだったよ。でも慣れるもんだよ、ユニットバスにも。第一、掃除が楽になる。それに次に引っ越すときにも、物件選びの幅が広がる。今のうちに慣れといた方がいいと思うな。」と先輩は言った。
そうですかねぇ、といい加減に流して青年は別の話をしようとした、がしかし、
「人間はもっと狭い居住空間に適応すべきだし、きっとそうなっていくと思う。みんな狭い家に住むようになるんだ。近いうち、多くの人がそれで事足りることに気づくんだね。」
そう先輩が付け加えたので、彼は慌てて口をつぐんだ。先輩はまだまだ続ける。
「人々はワンルームに住むようになって、それでもまだ広いと感じるようになるんだ、無駄な空間が多いとね。それから六畳に住むようになって、五畳、四畳……そんな物件が増えるべきだし、これからかなり増えるだろう。俺はそう踏んでいる。」
青年は妙な圧迫感を感じて、周囲に視線をめぐらした。先輩の実家にある彼の部屋。間取り自体はなんの変哲もない、昔遊びに来ていた時と変わらない部屋だった。かつてと違う点、それが違和感の正体だったのだが、部屋の中にはモノがほとんどなかった。衣服箪笥や漫画の詰まった本棚、ゲーム機やテレビがなくなっていて、カーペットに丸テーブルが置いてあるだけだった。先輩は構わず話し続けていた。
「人間は狭いベッドの上で死んで、そのベッドよりも狭い墓穴の中で、その墓穴より狭い骨壺の中に納まるんだ。俺たちはこの事実を受け入れて、慣れるように訓練しておく必要がある。死ぬ瞬間と死んだ後に醜態をさらしたくないのならね。」
青年は先輩の家を後にした。いつの間にか興奮はすっかり冷めていて、不安と悩みの果実は硬くなっていた。彼は大学生活まで半月しかないことを思い出して明るい気持ちになったが、それと同時に漠然とした不安と煩わしさを抱かずにはいられなかった。
――そんなお話。




