天地無用
もしお伽噺にあるように大地の上空に天国があって地下に地獄があるとして、天国と地獄の位置だけを取り替えたら、きっと愉快だろう。亡者や悪魔が地下の天国に住み、聖人や天使が天空の地獄に住むのだ。
ついさっきまで地獄にいた連中は、驚くに違いない。先ほどまで赤黒かった景色は澄んだ青空と眩しい太陽になり、針地獄や血の池地獄だったものが、食卓に並ぶご馳走の山や聞いたこともない妙なる音楽へ変わっているのだから。灼熱の暑さも温暖で過ごしやすい気候に変わり、地獄の最下層にあった永久凍土もヤシの木が生えた南国の小島に置き換わるのだ。
そこではあの極悪なサタンでさえ、器の大きい山賊の頭領のように豪快に笑いながらウクレレを弾いているかもしれない。そしてユダやらブルートゥスやらが、その音色に合わせてフラダンスを踊っているかもしれない。
ミルトンが失楽園で書いたように地の底に追いやられ、ダンテが神曲で書いたように半永久的に辛酸を舐めさせられ続けていた彼らは、このまさに驚天動地な事態を理解すると狂喜乱舞した。彼らはついに天国を手に入れたのだ。かつての失敗を覚えていた者は、感慨深い思いと同時に呆気なさも感じた。
地下の天国はお祭り騒ぎだった。かつては罪人と獄卒の関係だった者同士が肩を組み、楽しそうに歌っていた。悪魔はこれまでの鬱憤を晴らすかのように、神なる人をかたどった像を破壊したり、天使たちの絵画に卑猥な落書きをしたり、花や動物を蛇や腐った果物や排泄物に変化させたりした。彼らの中には、恐れ多くも、全能なる存在の玉座に座った者もあった。
黙っていなかったのは天使の方で、天上に地獄が現れるや否や、すぐさま武器を手に取って軍隊を編成した。千里眼で地底に天国があるのを確認して、悪魔が何か悪さしたに違いないと考えたのだ。しかし出征する直前に、たくさんの天使が血を吐いて死んだ。地獄の瘴気に耐えきれなくなったのだ。
打つ手がなくなった天使たちは、神様に直訴することにした。残った中で最も地位の高い天使が神様のもとに行って、
「すいません、なんか天国が地獄になって、地獄が天国になってるんですけど!どうなってるんですか、仲間がたくさん死んだんですけど!」と言った。
知らない人がいきなり家に来て、ものすごい剣幕でまくし立ててきたら、誰だって面食らうし怖いだろう。それは神様も例外ではない。だから、できるだけ早く帰ってもらおうと思って、
「分かった、分かった。どうにかしてみるよ。」と天使をなだめて追い返した。
調べてみると、先の天使が言ったように、天上が地獄に地底が天国になっていることが分かって、神様はうんざりした。本来であれば、混乱が生じないように慎重に天国と地獄の位置を元に戻す必要があったが、神様はこの問題を丁寧に扱う気になれなかった。生み出したばかりの人間界にすら興味を失っていたのに、どうしてそれ以前に作り出した天国と地獄にまだ興味があるだろうか。
だから神様は大雑把に、まるで砂時計をひっくり返すように、天地を真っ逆さまにしたのだった。もし何かトラブルがあっても、あとは天使たちがうまいこと処理するだろう、そう思いながら神様は再びふさぎこんで暗い思索にふけった。
ドンチャン騒ぎで暴徒のように天国を荒らしまわっていた地底の者どもは、気づくと真っ逆さまに落下していた。先ほどまで地面だと思っていたものは天井になっていた。空から降ってくる悪魔や悪鬼や亡者を見て全てを察した天使たちは、天上を目指して飛び立った。こうして元通り、天上は天国になって地底は地獄になり、天国には天使たちが地獄には悪魔たちが住むようになったのだった。
もちろん、寓話や比喩にも満たない与太話だ。けれど、ひょっとしたら実際に起こったこと、あるいは今も起こっていることかもしれない。久しぶりに会った友人の人相や性格が醜悪になっていたり、昨日まで優しかった同僚が悪辣になっていたり、人格者と評判の芸能人がとんでもない事件やスキャンダルを起こしたり、そのように変わってしまった人間を見聞きしたことは誰だってあるだろう。
天地が逆さまになって、天上から落っこちた悪魔たち。もう地獄には戻りたくないと必死に抵抗した結果、彼らの多くが地上にしがみついた。そして、天使たちから身を隠すために地上の人間に憑りついて隠れ蓑にしたのだ。多くの善良な人々がある日を境に豹変するのは、これが原因かもしれない。あるいは周囲に怪しまれないように、巧妙に少しずつ人格を乗っ取る奴もいるだろう。歳を重ねるごとに意地悪になったりケチになったりする人がいるのも、これが原因かもしれない。




