ミレニアギルド長
ギルド奥の個室を出ると、受付には長蛇の列ができていた。
ざわめきと人いきれ。
順番を待つだけでも、かなりの時間がかかりそうだ。
一番後ろに並ぶのは気が進まないのは、絡まれる可能性もあるからだ。
(……割り込みますか)
以前リュミエルに言われた通り、権力を使う選択を取ろうとした、その時だった。
服装からして、一人の受付嬢が、すっと前に出た。
「こんにちは」
丁寧に一礼する。
その無駄の無い一例に、ソルフィーユは彼女の評価を一段階上げた。
「ローラ=エクスリプス=デ=ベルサール様。依頼のご報告でよろしいでしょうか? 月下の牙からお話は伺っております」
にこやかな笑みのまま続ける。
「ギルド二階へご案内いたします。こちらへどうぞ」
私はフードは深く被っている。
それでも、迷いなく個人を特定してきた。
(……この受付嬢、結構強い)
足取りも素人には感じられない動きを見て、ソルフィーユはわずかに目を細める。
(思い出した。三ヶ月前。月下の牙との契約に立ち会っていた、あの職員だ。顔も、声も、間違いない)
ならば、偽名を把握しているのも不自然ではない。
「お願いします」
短く答えると、ソルフィーユとリュミエルは、彼女の後に続いた。
ざわめく視線を背に受けながら、ギルドの奥へと進んでいく。
二階の個室へ通されると、中は無駄のない執務室だった。
書類は整然と束ねられ、机上に無造作な乱れはない。
空気も澄んでおり、管理の行き届いた空間。
その中央、書類の山を前にして、一人の女性が座っていた。
長い薄緑の髪。切れ長の瞳。
静かな美しさと、隙のない気配を併せ持つ。
「ギルド長。ローラ=エクスリプス=デ=ベルサール様――いえ、聖女ソルフィーユ様をお連れしました」
「ご苦労様、エイシア」
エイシアと呼ばれた受付嬢が一礼し、静かに部屋を後にする。
「どうぞ、楽に掛けてちょうだい」
促されるまま、ソルフィーユはソファーに腰を下ろす。
リュミエルは一歩後ろに控え、背後に立った。
(……ギルドの情報網はわりと優秀らしい)
ソルフィーユはここまでの流れで確信した。
自分はすでに目を付けられている。ギルドの中枢に。
「突然お呼び立てして申し訳ありません、聖女ソルフィーユ様」
女性は丁寧に頭を下げた。
「ルディアナ=サスティンバーと申します。ミレニアギルドの長を務めております」
「初めまして。聖女ソルフィーユです」
簡潔に応じる。
「何かご用件があってのことかと存じますが――私は、月下の牙の依頼達成報告ができれば十分です」
「ええ、その件については承知しております」
ルディアナは落ち着いた声で返した。
「月下の牙からの報告も、すでに受理しています。そして、聖女様の報告をもって、依頼は正式に達成となります」
「こちらが報告書です」
ソルフィーユが告げると、リュミエルが無言で書類を差し出す。
ルディアナはそれを受け取り、目を落とし、なぞるように瞳を動かすと、長いまつ毛が動きに合わせて揺れる。
静かな紙の音だけが響く。
「……確かに、受理いたしました」
顔を上げる。
「グラン=テルムギルドからも報告は上がっておりますが――」
わずかに口元を緩める。
「大変な目に遭われたようですね」
「はい。トロールの群――いえ、それに類する魔物に襲撃され、多大な被害を受けました」
ソルフィーユは当時のことを思い出し、簡潔に述べる。
「トロールについては、死骸と魔石の調査をグラン=テルムギルドが進めております」
ルディアナは淡々と応じた。
「また、冒険者の死亡は避け難いとはいえ、生存率向上のための研修プログラムを現在実施中です。ところで――『穴』の件はご存知ですか?」
「ええ。噂の範囲で。まだ確認はしておりません」
「地方の魔物災害に加え、あの深く続く地下空間」
ルディアナは言葉を選ぶ。
「我々は『アビス』と呼称していますが――聖王国ディオールは、あの内部に強い関心を示しています」
視線がわずかに鋭くなる。
「ゆえに、冒険者の潜入を推奨しているのです」
「そうですか」
ソルフィーユは表情を動かさないのを見て、ルディアナは話題を切り込む。
「聖女様は、アビスにご興味は?」
「ありません」
返答に間は無く、即答だった。
その一言で空気が張り詰めるのを肌に感じる。
(ここで肯けば、非常に面倒な展開になるの確実……)
何を求められるか想像に難くない。
自分は聖女であって、冒険者ではない。
ルディアナの目的は別にある。
「聖女様のお力であれば、アビスの正体にも迫れるかと」
「国からの正式な命であれば別ですが、個人の意思で足を踏み入れることは、まずありません」
「……民が困っていても?」
わずかな間の後、ルディアナが問う。
試すような一言だが、その余計な一言は敵に回しておかしくない発言だ。
「人質を取るような言い回しをする方の話は、信用できませんね」
切り返しは即座だった。
ルディアナの纏う魔力が僅かに揺れるのを感じ、静かな応酬の後、空気がひりつく。
「……ごめんなさい。悪気はなかったの」
ルディアナは、わずかに肩を落とすと、魔力を引っ込める。
「聖女様なら、きっと話を聞いてくださると思って」
悲しげな表情を浮かべるが、その目は笑っている。
「身分上、勝手な行動は取れないのです。ご期待に添えず、申し訳ありません」
「そうよね」
ルディアナはあっさり頷いた。
(断れることも織り込み済み……か)
「いいわ。この件は、なかったことにしましょう」
「ええ」
ソルフィーユも頷く。
「私も、ルディアナギルド長が人を道具としか見ていないことは、忘れることにします」
「あら、心外だわ……でも、ここまでにしておきましょう。あ、そうだ――」
思い出したように、ぱん、と軽く手を合わせると、ルディアナが目を見開いた。
「聖女様が雇った月下の牙だけど、昇級試験のため、ギルド本部へ向かわせることになったわ」
「……ギルド本部? ですか」
「そう。商業国家連合ゾエティスにある、冒険者ギルドの本拠地。そこで、彼らにはB級昇格試験を受けてもらう」
「試験内容は?」
「秘密よ」
ルディアナは微笑む。
「でも――彼らなら問題ないと思うわ。大丈夫、心配しないで。試験は常に公平よ。きっと、成長して帰ってくるわ」
穏やかな声音だが、その公平という言葉に、どこか引っかかりが残る。
その後も、ルディアナは次々と質問を投げてきた。
任務の詳細。
戦闘の感触。
トロールの挙動。
答えているうちに、いつの間にか時間が過ぎていく。
「ごめんなさいね。聖女様とお話できるのが、とても楽しくて」
ふと、話を切り上げるように微笑む。
「いえ。私も、ギルドの事情を詳しく知ることができて有意義でした」
ソルフィーユは形式通りに応じた。
「何か困ったことがあれば、いつでも来てちょうだい。力になるわ」
「……機会がありましたら、ぜひ」
二人の間にわずかな間が流れたが、それ以上は踏み込まない。
ソルフィーユは立ち上がり、そのまま執務室を後にした。
▽
ソルフィーユがルディアナの執務室から出るのを見送った後、少し経ってからエイシアが執務室に入室してきた。
「ギルド長、どうでしたか?」
ルディアナは書類にペンを走らせていた手を止め、視線をエイシアに移す。
「取り込むのは難しいわね。人当たりが良く、温厚な性格って聞いてたけど全く逆、ナイフのような人間よ」
「ギルド長がそう仰るなんて、よっぽどですね」
「何故、聖女をふらつかせているのか、なんとなく理解できるわ」
「私には分かりませんが、聖女様が国内を自由に移動できる今、各国が動き出しております」
「ええ、帝国のA級クラン『蒼銀の黎明』が聖女に関する情報を買い漁ってるわ。急によ? 理由が分からないわ」
「たしか、商業国家連合が雇ってる『獣王傭兵団』の団長も聖女様にご熱心だとか」
「監獄塔に密かに幽閉されてたのに、シャバに出たと思ったらコレよ。聖女が国外に連れ出されたら、聖女マグノリア以降の大問題に陥るわ。政治、軍事バランスが崩れるから大人しく大聖堂に引き籠もってればいいものを……」
「ギルド長、カリカリしてると皺が増えますよ」
「……全部、あの聖女が仕事を増やして……。本部からの圧がヤバいっての! あーくそっ! 私もアビスに潜ろうかしら」
「書類を片付けてからにしてください」
「はぁ……私は諦めないわ。聖王国を敵に回しても、あの聖女、何としてもギルドに取り込んでやるから」
「さっきまで、マグノリアのようになるって仰っていたではないですか」
「他国に取り込まれたらの話ね。私に考えがあるのよ」
エイシアとの会話をきり上げ、ルディアナはペンを取ると書類に目を通し始める。
そして、判を押しては次から次に増える書類に埋もれていった。




