ライナーたちの今後とミラーナの行方
一階へ降りると、喧騒が戻る。
その中で、見慣れた姿を見つけ、ソルフィーユは思わず声をかけた。
「ライナー」
「お、こんなとこにいたのか」
手を軽く上げて応じる。
「手続きは終わりました。報酬が受け取れるそうですよ」
「ああ、ちょうどその件と、別件で呼び出されてたのが終わったところだ」
ライナーは外の方へ指を指す。
「飯ついでに、少し時間あるか?」
「ええ、構いませんよ。リュミエルもお腹を空かせている頃合いですし」
「ソ、ソルフィーユ様!?」
リュミエルが慌てる。
僅かなお腹の虫が鳴っているのも気がついてるし、私もお腹は空いている。
丁度良い誘いだったので、断る理由もない。
「私も、大聖都に着いてからお茶しか口にしていません。何か食べましょう」
「……はい!」
▽
食堂に入ると熱気に溢れ、木製のテーブルが並び、皿のぶつかる音と笑い声が絶えない。
量は多く、値段は手頃の典型的な冒険者向けの店だ。
周囲では、装備を外した冒険者たちが酒を片手に談笑している。
その中で、ソルフィーユはフードを深く被ったまま、三人は簡単な食事を取っていた。
ソーセージを一口かじる。
塩気が強く、悪くない。
その最中、ライナーが本題を切り出した。
「実はな――月下の牙、皆んなでB級昇格試験を受けることになったんだ」
「おめでとうございます」
あっさりと告げる。
ライナーは一瞬、目を瞬かせた。
「……なんか、反応が軽くないか?」
「実は、ギルド長から先に伺っておりました」
「なんだよ。びっくりさせようと思ったのに」
「そもそも、B級がどの程度すごいのか分かっていないもので」
ソルフィーユは淡々と返す。
「おいおい、マジか」
ライナーは苦笑する。
「B級ってのはな、有名冒険者の仲間入りだ」
指を一本立てる。
「貴族からの依頼も普通に来る。名前も売れる」
さらにもう一本。
「それに、試験に受かれば――『クラン』が作れる」
その言葉に、ライナーの顔が明るくなった。
「……クラン、ですか」
ソルフィーユがわずかに首を傾げる。
「その顔、やっぱり知らないな。クランってのは、冒険者同士で組む組織だ」
「ギルドとは違うのですか?」
「別物だな」
即答する。
「ギルドは仕事の斡旋所。依頼を回して、報酬を管理する場所だ。クランは、冒険者を一つの隊にまとめる。リーダーを軸にして、目的のために動く」
「なるほど……」
ソルフィーユは小さく頷く。
「そのリーダーを、ライナーが? 失礼を承知で申し上げますが、ライナーは現場向きかと」
「はは、言うなよ」
ライナーは肩をすくめた。
「自分でも分かってる」
だが、すぐに表情を引き締めると、ライナーは食事の手を止める。
「けどな……今後、所帯を持つこともあるかもしれねえ。将来を考えりゃ、前に出て戦うだけじゃ限界がある」
「……なるほど。それであれば、組織を持つという選択は合理的ですね」
「だろ?」
ライナーが軽く笑う。
「ま、全部――B級に上がってからの話だけどな」
「そのB級昇格試験はどのようなことをするですか?」
「ん、商業国家連合にあるギルド本部に行かないと分からないらしい。ま、暫く留守にするからって話もあったんだが、そこで、ソルフィーユ様に頼みがあるだが」
「頼みとは?」
「あの馬と馬車を貸してくれないか?」
「構いませんよ。私も暫くは大聖都に居る予定なので、ついでに、月下の牙の皆さんが、試験に合格するようお祈りいたしますね」
「それは助かる。ソルフィーユ様にお祈りされれば、受かったようなもんと同じだな」
ライナーは笑いながら、今後の月下の牙の方針、近くに空いたアビスと呼ばれた穴について話した。
やはり、月下の牙もあの穴には興味があるようで、冒険者を育成し、深層へと挑戦するようだ。
「ギルドも本格的に動いているようなので、頑張ってくださいね」
「ありがとう。先輩も頑張ってな」
「はい、応援してますね!」
腹が満たされ、ライナーと別れを告げる。
今後の彼らの活躍を注視しておこう。
「さて、リュミエル。今、私が危惧していることはわかりますか?」
路地裏を歩きながらソルフィーユはリュミエルに問いかける。
「……ロッガ殿の話が気になります。グランデル商会と、私たちに関係がある職人たち、でしょうか」
「そうですね。グランデル商会はタイガー商会との衝突以降、他の勢力が下手にグランデル商会に手は出してこないでしょう」
「と、なると、ミラーナ殿やエルヴァン殿が危険が迫ってる可能性がありますね」
「その中で、警戒心が低そうなのは……」
ソルフィーユの足取りがわずかに速まる。
言葉にしなくても、答えは同じだった。
視線を交わすとリュミエルが頷く。
互いに理解している。
次に狙われる場所を。
東門近くの路地を抜けると、喧騒が背後へ遠ざかり、ソルフィーユたちは職人街へと足を向けた。
▽
ミラーナの自宅兼工房に辿り着いたとき、玄関の扉は大きく開け放たれていた。
中を覗くだけで分かる。相変わらずの散乱ぶり――だが、それだけではない。どこか、空気が抜けている。
生きた気配が、ない。
彼女の無事を確かめるには、踏み込むしかない。
足場を選びながら室内へ入る。工具、布、金属片が無造作に積み重なり、視界を遮る。
だが、その中に人の気配は一切ない。
「……一足遅かったようです」
呟きは、やけに乾いて響いた。
前回はまだ追える痕跡があった。逃げる背中を追う余地があった。
だが今回は違う。最初から何も残されていない。
――いや、正確には。
残されすぎている。
この雑然とした空間では、どれが元からの物で、どれが侵入者の痕跡か判別がつかない。
意図的に荒らされたのか、それともこのままだったのかすら曖昧だ。
「……困りましたね」
その瞬間。
背後を何かが掠め、空気がわずかに歪む。
ソルフィーユは反射的に振り返る。
だが、そこには何もない。影すら残っていない。
静寂だけが戻る。
ただ――気のせいではない。
そう判断した直後、視線が足元に落ちた。
今までそこに無かった一枚の紙が、床に滑るようにして止まっている。
拾い上げるとそれは変哲はない、ただの紙切れだった。
だが、指先に触れた瞬間、わずかな引っ掛かりを覚えた。
紙質ではない。重さでもない。
――存在の違和感。
「……メモ、ですか」
視線を落としたまま、ソルフィーユはわずかに目を細めた。
「……このメモによると、ミラーナはアビスの方へ連れていかれたようですね」
紙面から視線を上げずに告げる。
「本当ですか?」
奥の部屋から物音を立てながら、リュミエルが姿を現した。肩に布を引っかけたまま、足元の器具を蹴飛ばしている。
「ご丁寧に、攫った男たちの特徴まで書いてあります」
簡潔だが、必要な情報は揃っている。
――出来すぎているほどに。
リュミエルがメモを覗き込み、眉を寄せた。
「この筆跡……どこかで見た覚えがあります」
「ええ、私もです」
ソルフィーユは紙を指先でなぞる。
かすかに残る魔力の残滓が、指先にまとわりついた。
見覚えのある『癖』。
だが、輪郭が掴めない。
――意図的に、ぼかされている。
思考を巡らせようとしたが止めた。今ここで立ち止まる理由にはならない。
紙を折り、懐へ収めた。
「リュミエル。アビスへ向かいます」
一歩、外へ踏み出す。
「はい!」
迷いのない返答が背中に重なる。
工房を飛び出すと、冷たい外気が頬を打った。
ロッガから聞いた情報――大聖都ミレニアの南東に突如現れた『アビス』。
不吉な名に相応しく、そこに繋がる気配が遠くからでも微かに伝わってくる。
冷たい冬の風が止むと、街の喧騒がどこか遠のく。
二人は視線を交わすことなく同時に地を蹴り、一直線にアビスへと駆け出した。




