謎のファンクラブ
アルヴァス教皇が退室してから、しばしの休息を取る。
長い旅路の直後に続いた面談は、想像以上に消耗が激しかった。
それに、新たな置き土産まで残していった。
ソルフィーユは目を閉じ、思考を巡らせる。
何を優先するべきか。
どこから手を付けるか。
やるべきことは、いくつもある。
だが――
「……まずは、ギルドへ行きましょう」
人を待たせている。
彼らに報酬が渡るように、ギルドへ手続きはなるべく早く済ませる必要があった。
「かしこまりました」
リュミエルが即座に応じた。
▽
大聖都ミレニア東門近くにある冒険者ギルド。
久しぶりに足を踏み入れた瞬間、空気の密度が違った。
グラン=テルムとは比較にならない。
人の数も、声の量も、熱気も桁が違う。
行き交う冒険者の人種は多様で、装備も、雰囲気も、ばらばらだ。
都市そのものが、戦力の集積地になっている。
(……以前より、さらに増えている。何かあったのか?)
前回来た時よりも、明らかに人が多い。
それだけ、この街に何かが集まり始めている証だ。
ソルフィーユは周囲を見渡す。
月下の牙の誰かがいればと思ったが――
その時。
視線がぶつかった。
とある人物と、はっきりと目が合う。
次の瞬間、その人物は床を強く踏み鳴らした。
そして、迷いなくこちらへ歩み寄ってくる。
「姐さん! 探しましたぜ!」
低く響く声とともに、巨体が迫る。
「……どちら様ですか?」
ソルフィーユは表情を変えずに返した。
目の前の男は、明らかに堅気ではない風体だ。
大柄な体躯に、スキンヘッド。
鋭い目つきと相まって、威圧感は十分すぎる。
だが――見覚えはない。
「俺の名前はロッガ=ジルベスタ!」
男は胸を叩いて名乗った。
「ここで、姐さんに投げ飛ばされた奴ッスよ! あんとき、自分が調子に乗ってたって、ようやく分かったッス!」
見た目に反して、妙に腰が低い。
その上、にこにこと笑っている。
その顔で笑われると、余計に怖く見える。
ソルフィーユは特に気にしないが、隣では、リュミエルが静かに剣の柄へ手を添えていた。
(……そう言えば大声を出していた冒険者に、わざと煽って絡んだ気がする)
「ああ……思い出しました」
ソルフィーユは軽く頷く。
「お久しぶりですね。あれから、他の冒険者に絡んだりはしていませんか?」
「そんな滅相もないッス!」
ロッガは慌てて首を振る。
「こう見えて、今は新人冒険者の指導役をやってるんスよ」
「へえ、それは立派ですね」
ソルフィーユはわずかに感心したように言う。
「確かに、以前来た時より冒険者が増えている気がします」
周囲を見渡しながら続けた。
「何かあったのですか?」
「それがですね――」
ロッガは声を潜めるようにして言った。
「大聖都ミレニアの近く、南東のあたり、大きな穴が空いたんスよ」
「穴?」
ソルフィーユは眉をわずかに動かす。
「へい。地面にぽっかりと。そっから、魔物がわんさか溢れてきましてね」
軽く言っているが、内容は軽くない。
大聖都ミレニアは大混乱に陥っているのでは? と、思うが、ギルド内はいつもより人が多いだけで普段通りにも見える。
「二ヶ月前から、正規軍が対応に当たってたんですが……」
ロッガは肩をすくめた。
「完全には抑えきれなくて、ある程度間引いたところで――管理が冒険者ギルドに移されたんス」
「……ほう」
初耳だった。
アルヴァス教皇からも、その話は出ていない。
(……意図的に伏せた?)
思考が一瞬だけ走るが、表情には出さない。
だが、非常に気になる。
「そっから、妙なことになりましてね」
ロッガは苦笑した。
「そこから手にはいる素材なんかが、見たこともないような素材で、一攫千金を狙った連中が、次々と穴に潜り込んだんスよ」
「冒険者が増えていたのは、それが理由ですか」
「へい。若手に、行き場を失った傭兵崩れ……」
顎で周囲を示す。
「この辺にいる連中、半分はそれッス」
「……それで、結果は?」
ソルフィーユが問うと、ロッガの表情がわずかに引き締まった。
「帰還率、二割」
短く答える。
「え、それは――低すぎませんか?」
思わずリュミエルが声を上げた。
「へい。普通じゃねえッス。だから、腕の立つ奴が必要になった」
ロッガは凶悪な笑顔を作り笑う。
「そこで白羽の矢が立ったのが――」
自分の胸を親指で指しながら胸を張り、その表情は自信に満ちあふれていた。
「聖女様である姐さんにぶん投げられて、箔がついた俺っちってわけでさぁ」
「……私が聖女だと、知っていたのですね」
ソルフィーユが静かに言う。
「見た目が派手ッスからね」
ロッガはあっけらかんと返す。
「フードを被っていても、すぐ分かりま――」
言いかけて、口をつぐむ。
その視線が、ふと周囲をなぞった。
ざわめくギルド。
だが、その奥で。
こちらを見ている視線が、いくつかあった。
「姐さん、ちと場所を移していいッスか?」
「その方が良さそうですね」
少し目立ち過ぎたようだ。
ソルフィーユたちはロッガに案内され、ギルドの奥にある個室へ通された。
室内には必要最低限の調度しかない。
だが、音の反響の仕方や、外の喧騒がまるで届かない静けさからして、この部屋は盗聴対策も兼ねた防音室なのだろう。
席に着くと、ロッガは先ほどまでの意気揚々とした様子を引っ込め、ふっと真面目な顔になった。
こうしてころりと空気を変えるあたり、見ていて飽きない男である。
「姐さんの噂、聞いてるッスよ」
「噂、ですか?」
「へい。他の聖女とは違って、神力をたくさん使えるって話ッス。その噂を聞きつけて、国内外から人が集まり始めてるんですよ」
「ソルフィーユ様……」
リュミエルの不安が滲むような声が横から聞こえる。
「あながち間違いでもないので、困りましたね」
遅かれ早かれ、自分が多くの神力を扱えることは、いずれ知られると思っていた。 大聖堂や近隣の教会で治療を行い、さらに他領でも神力を振るっている以上、人づてに広まるのは時間の問題だったのだ。
「所かまわず神力を使うつもりはありません。ですが、然るべき場所で治療を行うのであれば、拒むつもりもありません」
「気を付けてくださいよ~? 姐さんを狙う輩なんて、ごまんといるッスからね」
「ご忠告、感謝します。ところで、私に対して変な動きとかあったりしますか?」
「? 細かいことは沢山ありますが、何かあったら、聖女ソルフィーユ様ファンクラブ一号の俺っちに言ってくれれば、親衛隊を引き連れて駆けつけやす!」
「は? なんですか、それは」
「よくぞ聞いてくれたッス。これが会員カードッス!」
ロッガが得意げに差し出したカードには、こう記されていた。
『聖女ソルフィーユ様ファンクラブ 会員番号一番』
「いえ、聞いているのは、そのファンクラブとは何なのか、ということです」
「聖女ソルフィーユ様の美しさ、儚さ、そして神秘的なお力に心を動かされた人たちが集まってできた組織ッス。聖女様のお力で癒された方々を中心に結成されまして、僭越ながらこの俺っちが、聖女ソルフィーユ様ファンクラブ総長を務めさせていただいておりまッス!」
――頭が痛くなってきた。
目立つことを避け、裏から静かに障害を取り除こうとしているというのに、この状況だ。
これほど目立つ連中に囲まれていては、やりづらいにも程がある。
「ソルフィーユ様のファンクラブ……」
リュミエルが小声で何かをぶつぶつと呟いている。 だが、それよりも優先すべきことがある。
「他に、私に関する噂や情報があれば教えていただけますか?」
「へい。まず、グランデル商会を贔屓にしてるって話が広まってましてね。連日、長蛇の列ができてるッス」
やはり、そこに波及しているか。
「それと、職人街で聖女様を見かけたって噂も出回ってます。そこから話が膨らんで、関係がありそうな職人を嗅ぎ回ってる怪しい連中もいるみたいッスね」
「……そうですか」
静かに息を吐く。
思っていた以上に広がりが早い。
そして、質が悪い。
「ありがとうございます。貴重な情報でした。今後も、私に関する動きがあれば、気軽に連絡をいただけると助かります」
「うおー! 姐さんに頼られた! これはもう命張るしかないッスね!」
先ほどまでの情報屋の顔はどこへやら、ロッガは一瞬でいつもの調子に戻る。
だが、その裏でどれだけ情報を掴んでいるのかは、今のでよく分かった。
その後もしばらく情報を擦り合わせ、いくつかの取り決めを交わしたうえで、解散となった。
――次は、月下の牙の報酬の件だ。




