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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
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盤上の波紋

「それでは、彼女のことをお任せいたしましょう」


 アルヴァス教皇が静かに告げる。


「畏まりました」


 ソルフィーユは一礼した。

 拒否という選択肢は最初から存在しない。

 だが、フランシスカ枢機卿。

 その名に、わずかな興味が芽生える。


 敵か、味方か。

 あるいは、そのどちらでもないのか。


 少なくとも、教皇自らが任せる人物だ。

 ただの枢機卿ではない。


(……借りを作っておくのも、悪くない)


 ソルフィーユは内心で静かに判断する。

 この依頼は義務であり、同時に機会でもあった。


「そう言えば、バードリー準男爵の件について何か分かったことはありましたか?」


「バードリー領で起きた事件、帝国についての調査ですが、実は進んではおりません」


「左様ですか」


「ええ、何かわかりましたら、情報を共有いたします」


 カレドニア帝国については、既に話の規模が国レベルだ。私が関与できることは少ない。

 ソルフィーユは目を伏せ、「よろしくお願いします」 と告げる。


「ところで――南フォルキアで確認されたトロールに似た魔物と、四つ目の悪魔についてですが」


 アルヴァス教皇の声が響と、ソルフィーユはわずかに身構えた。


「報告を精査した限り、三百年前――男爵級悪魔の降臨時と酷似した記録が残っています」


 静かな口調のまま、言葉を重ねる。


「その名は、巨躯原種トロール・プライマル」


 空気が一段、張り詰める。


「高い知性と、群を束ねる統率力を併せ持ち、当時は聖騎士五千を相手に苦戦を強いた個体です。現場でその個体と遭遇し――二人で生き延びた」


 わずかに口元が緩む。


「率直に、賛辞を送りましょう」


 エルディアス辺境伯とザワードギルド長の評価と、完全に一致していた。

 やはり――あの存在は、ただの魔物ではない。

 悪魔の出現と、同一線上にあるようだ。


「運が良かっただけです」


 ソルフィーユは簡潔に返す。


「地形も、こちらに有利でしたし――」


「ええ」


 教皇は頷いた。


「加えて」


 視線がリュミエルへ移る。


「リュミエルの神力も、あの場では大きく寄与していたはずです」


 その一言で、空気が変わる。

 

 リュミエルは表情を崩さない。  

 だが、リュミエルの鼓動が跳ね上がり、耳元で自分の心音がやけに大きく響いた。

 もちろん、あの場で神力の行使はしていない。

 何故、アルヴァス教皇はリュミエルが神力を持っているのを知り得たのか、不思議でしょうがない。


「……隠す必要はありませんよ」


 教皇はあくまで穏やかに言う。


「監獄塔から帰還して以降、彼女に神力が宿っていることは把握しています」


 逃げ場はない。


「もっとも」


 指を軽く立てる。


「相応の素養を持つ聖職者か、よほど感の鋭い者でなければ、神力を宿した人間が複数いるとは、まず気づかないでしょう」


 そして、わずかに声音を落とした。


「ただし」


 視線が鋭く細まる。


「リュミエルの件は、外部に知られると厄介です」


「はい。私も同様に判断し、リュミエルには神力の使用を禁じております」


 ソルフィーユは落ち着いた声音で答える。


「賢明です」


 アルヴァス教皇は小さく頷いた。


「聖女が神力を行使すれば、その代償は寿命に現れる」


 わずかに間を置く。


「ソルフィーユとは違って、ね」


 言い切ると、アルヴァス教皇はにやり、と笑う。

 その一言は軽い調子に見えて、含みが深い。


 ソルフィーユは表情を変えない。

 だが、内心で思考が走る。


 自分が意図的に流している噂と教皇の認識。

 そこに、明確なズレがある。

 つまり、アルヴァスは、表に出ていない情報を握っている。


 しかも、かなり核心に近い。

 知られている。

 どこまでかは分からない。

 だが、隠しきれてはいない。


 胸の奥に、微かな不快感が残る。

 見透かされているような感覚。

 手のひらの上で転がされているような、嫌悪。


 それでも、ソルフィーユは何も言わない。

 今、この場で踏み込むべきではないと判断していた。


「きっとフランシスカとも、良い関係を築けるでしょう」


 アルヴァス教皇は穏やかに言う。


「このまま――聖王国側に悟られぬよう、注意を」


「……畏まりました」


 短く応じるが、その一言は軽くない。

 

 国とレイディア教は、一枚岩ではない。

 今の発言は、その均衡を踏み越えかねない内容だ。

 もし外部に漏れれば――国内は二つに割れ、権力争いへと発展する可能性すらある。


(……危ういな)


 ソルフィーユは内心でそう結論づける。


 聖女という存在は、それだけで価値を持つ。

 信仰の象徴であり、同時に、政治の駒でもある。

 だからこそ慎重に扱われ、そして、利用される。

 聖女が二人存在していることを、公にはできないのだ。


「さて」


 教皇が話題を切り替える。


「四つ目の悪魔の件ですが――報告書以外に、私へ伝えるべきことはありますか?」


 その問いが、静かに突き刺さる。

 心がわずかに揺れるが、ソルフィーユは視線を逸らさない。

 思考を一度沈め、必要な情報を選別する。

 何を語るべきか。

 何を伏せるべきか。

 そして――どこまで踏み込むか。

 短い沈黙ののち、口を開いた。


「悪魔は、明確な意思を持っていました」


 ソルフィーユは淡々と告げる。


「狙いは――私の体です」


「ほう……」


 アルヴァス教皇はわずかに目を細めた。


「それで?」


「新たな門を開くと」


「なるほど……少し、見えてきました」


 その言葉に、ソルフィーユの視線がわずかに鋭くなる。


「……真なる聖女と関係があるのですか?」


 教皇はくすりと笑った。


「レオナールとの謁見で出た話題ですね」


 ゆるやかに首を傾げる。


「ソルフィーユは、どこまで知っていますか?」


「……いえ、何も。よろしければ、真なる聖女について教えていただけますか?」


 エルディアスから得た情報は敢えて伏せる。

 もし、触れてはならぬ領域だとすれば、危害が加えられる可能性は否定できない。


「そうですね」


 教皇は静かに言葉を選ぶ。


「真なる聖女とは――ソルフィーユ、貴女は門そのものです」


 その一言が、重く落ちる。


「世界を満たす存在」


 続く言葉も、淡々としている。

 だが、その意味は軽くない。

 

 ソルフィーユは、わずかに目を伏せた。


(……同じだ)


 エルディアス辺境伯から聞いた説明と寸分違わない。

 つまり、この認識は教皇個人の見解ではない。

 ある程度、共有された事実に近い。


 門は――開いている。

 今もなお、私の体を通して。

 そう考えれば、この状態は本来、危険極まりないはずだ。


 だが、トロールの渓谷での一件以降、異常はない。

 違和感もなく、拍子抜けするほど平穏だ。

 だからこそ、余計に不気味だった。


「世界を満たす存在……真なる聖女である私は一体、何なのですか?」


 アルヴァス教皇は、わずかに微笑む。


「それは――真なる聖女は世界と繋がり、神の世界に繋がる……かもしれませんね」


 静かに言葉を置く。


「神の世界……? それはどんな場所なのですか?」


「ふふ。私と同じ場所に立てれば、理解できるでしょう」


 答えではない。

 だが、拒絶でもない。


(……やはり、知っていて私を外に出した、か)


 ソルフィーユは内心で結論づける。

 教皇は知っている。

 ただ、今は明かさないだけで、知る段階ではないと判断されている。

 

 その基準は何か。

 力か。

 立場か。

 あるいは――


(不死……? それとも、地位)


 思考は巡る。

 だが、答えは与えられない。

 この場では、踏み込むべきではない。

 ソルフィーユはそれ以上追及しなかった。


 アルヴァス教皇は、ソルフィーユの目を見ながら静かに言葉を継ぐ。


「貴女は貴女の務めを全うなさい。ただ、不用意に知識を得れば、快く思わない者も多い」


 穏やかな声音のまま、核心だけを残した。


「私にできる協力は限られていますが……何かあれば頼ってください」


「ご忠告、感謝いたします」


「長話になってしまいましたね」


 教皇が席を立つ。

 それに合わせ、リュミエルが扉の前へと進み出る。


「お見送りは結構」


 教皇は軽く手を振った。


「久しぶりに、大聖堂を見て回ってから帰りますので」


 そのまま、護衛も伴わず、静かに部屋を後にする。

 足音はすぐに遠ざかり――やがて、完全に消えた。

 残されたのは、張り詰めていた空気の名残だけ。


「……ソルフィーユ様」


 沈黙を破ったのは、リュミエルだった。


「私、アルヴァス教皇のことが……全く分かりません」


 抑えていた言葉が、ぽつりと零れる。

 ソルフィーユは短く息を吐いた。


「同意見です」


 視線を扉へ向けたまま、静かに続ける。


「彼は真実を知っています。ですが――自ら動くことは、ほとんどないでしょう」


 今回の依頼も同じだ。

 アルヴァス教皇は、自ら手を下さない。

 ただ石を投げる、水面に小さな一石を。


 それだけでいい。


 波紋は勝手に広がり、やがて形を変え――大きなうねりとなる。


 そして、気づいた時には、すべてを呑み込んでいる。

 ソルフィーユは、その静かな広がりを思い描いた。



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