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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
125/171

真なる聖女と、触れてはならぬ領域

「――以上が報告になります」

 

 共同討伐部隊に同行していたギルド職員、ワキトが言葉を結んだ。

 その場にいるのはフォルキア領主、エルディアス=ヴァン=フォルキア辺境伯。

 そして、グラン=テルムのギルド長、ザワード=ビコー。

 ソルフィーユとリュミエルも同席し、南フォルキアでの一連の顛末について補足を加えていた。

 

 だが、報告を受けた室内には重い沈黙が落ちていた。

 

「……にわかには信じられんな」

 

 やがてザワードが口を開く。

 腕を組んだまま、深く息を吐いた。

 彼の顔色は優れない。

 理解が追いついていないのは明らかだった。

 

「ノクティエルが同行した西フォルキアでは、ゴブリンやオークが集落を形成していたとの報告を受けている」

 

 エルディアスは資料に一度、視線を落とす。

 

「だが、規模は限定的だ。制圧可能な範囲に収まっていた……南とは、様子が違いすぎる」

 

 室内の空気がさらに重くなる。

 西フォルキアの異変は討伐対象で済む。

 だが、南フォルキアで起きたものは、明らかにそれではない。

 同じ領内で起きた出来事とは思えないほどの、隔たりがあった。


「戦闘となったトロールについてですが」

 

 ソルフィーユの凛とした声が部屋に響く。

 

「他の魔物とは比較にならないほど危険でした」

 

 その言葉に、ザワードが反応する。

 視線がソルフィーユに鋭く向けられた。

 

「聖女様。ギルドで情報を共有したい。文書では伝わらない、現場で感じた点を教えてほしい」

 

「承知しました」

 

 ソルフィーユは小さく頷く。

 

「まず、トロールは人間と同様に思考し、組織的に行動していました。明確な上下関係が存在し、一体の王を頂点として、階層的に配下が配置されていると推測されます」

 

 ソルフィーユの発言に室内に緊張が走る。

 

「加えて、特殊な幻覚、興奮作用を持つ物質を散布し、冒険者の精神を不安定化させたうえで罠へ誘導する――極めて狡猾な行動を確認しています」

 

 ザワードの表情がさらに険しくなる。

 

「そして、最も不可解な点ですが」

 

 ソルフィーユはわずかに視線を落とす。

 

「群れの規模です」

 

「……規模?」

 

 ザワードが返す。

 

「はい。あの数を維持するには、本来であれば相応の食料と生息域が必要です」

 

 ソルフィーユは淡々と続ける。

 

「しかし、渓谷周辺の調査において、それに見合う活動痕跡は確認されていません。現時点では、出現経路および維持条件ともに不明です」

 

 それは単なる強敵ではない。

 存在そのものが、説明できないのだ。


「これは、我々の知るトロールではない」

 

 エルディアスは資料から目を離さず、言い切った。

 

「姿形は酷似している。だが――別種と考えるべきだろう」

 

 指先で紙面を軽く叩く。

 

「たしか記録によれば、百年前のトロールは単独、あるいは小規模な群れで行動していたはずだ。だが今回の個体群は明らかに異常だ。統率、戦術、規模……いずれも既存の記録と一致しない。まるで――異界より現れたかのようだ」

 

 エルディアスの言葉に、室内の空気がわずかに張り詰める。

 

「エルディアス様」

 

 ザワードが口を開いた。

 

「まさかそれは、三百年前に聖王国ディオールを混乱に陥れたと言われている、『男爵級悪魔』が率いていた眷属の記録に近い、という理解でよろしいですかな?」


「……もしそうであれば、今回の件は局地的な異変ではなく、王国ディオールに戦火が呼び込むことにる」


 ――男爵級悪魔。

 およそ三百年前。聖王国歴千百年。

 一体の悪魔が三種の暗黒魔法を行使し、聖王国ディオールを混乱の渦へ叩き込んだ――と伝えられている。

 

 戦いは苛烈を極めた。

 当時の聖女と、五千の聖騎士。

 その命と引き換えに、ようやく終結へと至ったと記録されている。

 

 そして――今回、現れた四つ目の悪魔。

 同一個体であるかは断定できない。

 だが、脱出の際に耳に残った、あの名。

 

 ――アルヴァス。

 

 聞き間違いでなければ、アルヴァス=イル=レイディア教皇を指していた可能性がある。

 無論、確証はない。

 あの悪魔と教皇との関係も不明だが、アルヴァスは『不老の聖杯』の奇跡を受けた存在。

 時を越えて生きることが可能である以上、あの悪魔と面識があったとしても、不思議ではない。

 

 あるいは……三百年前の戦いは、本当に終わっていたのか――。


「聖女様の報告では、悪魔が現れたとのことだが」

 

 エルディアスがソルフィーユに問う。

 

「ええ。空間が突如閉鎖され、女性の姿をした悪魔が出現しました」

 

「名は名乗ったか?」

 

「いいえ」

 

 首を横に振る。

 

「あの状況で対話の余裕はありませんでした。聞き出せた情報も、わずかです」

 

 ザワードが腕を組み、思案する。

 

「……空に現れた巨大な目とやら。神託の書にも何らかの変化が出ている可能性がありますな」

 

「あり得るな」

 

 エルディアスも頷く。

 

「ここからでは確認はできんが、既に聖庁が動いている可能性は高い」

 

「私たちはこの後、大聖都へ帰還予定です。神託の書について何か判明しましたら、飛竜郵便にてご連絡いたします」

 

「それは助かる」

 

 エルディアスが短く応じると、ザワードが続けた。

 

「聖女様、今回の件についてはギルド本部にも報告を上げます。後日、本部から照会が入る可能性がありますが、ご対応いただけますか」

 

「問題ありません」

 

 ソルフィーユは迷いなく答える。

 

「今回の件は、決して他人事ではありませんので」

 

 会話が一段落すると、ザワードが退出していった。

 彼はこれからフォルキア領での問題に多忙になるだろう。


「南フォルキアでの共同討伐依頼の遂行、感謝する。報酬の他に、約束どおり、真なる聖女の情報を提供しよう」


「報酬は冒険者の遺族に当ててください。私は情報だけで結構です」


 その言葉にリュミエルは何か言いたげだったが、小さく溜息を吐くと背筋を伸ばした。


「……聖女とは本当に聖人なのだな。まあいい、冒険者遺族も暫くは生活できるし、フォルキア領出身者も多い……感謝する」


「お気になさらず。私の力が及ばなかった結果ですので」


 少しの間、部屋の中に沈黙が広がる。

 ソルフィーユはエルディアスの次の言葉を待っているのだ。


「――では、真なる聖女とはなんなのか、私が知っている範囲でお教えする」


「真なる聖女とは何か……どこまで知っている?」

 

 エルディアスは探るような口調でソルフィーユに問いかけた。

 

「いえ。呼び名だけで、詳しいことは存じません」

 

 ソルフィーユは首を振った。

 

「……真なる聖女とは、『世界と繋がる器』だ」

 

 その一言で緊張がソルフィーユの背筋に走る。

 

「器、魂、神力。この三つが揃って初めて成立する。神力とは力ではない。この世界そのものだ」

 

 言葉の意味が、すぐには飲み込めない。

 だが、エルディアスはソルフィーユの気持ちとは裏腹に話を続ける。

 

「門は、世界と世界を繋ぐ。そして聖女は、その門に最も近い存在だ。そして、世界を満たす……それは何なのか、それを語れる者は、限られた者だけだろう」


「……悪魔は門について語っていました」

 

 ソルフィーユが静かに口を開く。

 

「門を開いて、何をしようとしているのでしょうか……」

 

 わずかな沈黙のあと、エルディアスは視線をソルフィーユに向け答えた。

 

「原初の聖女――そして、それに連なる歴代の聖女を辿れば……見えてくるやもしれん」

 

「原初の聖女……?」

 

 思わず言葉を繰り返す。

 初代聖女。

 聖典にも名を残す存在。

 女神レイディアと共に、この世界に人の安住の地を築いたとされる始まりの聖女。

 

「だが、忠告しておく」

 

 エルディアスの声が一段と低くなる。

 

「軽々しく過去の聖女を調べるべきではない」

 

「……なぜですか?」

 

 問いかけた瞬間、空気が張り詰める。

 

「確認できているだけでも、数名の聖女が『触れてはならぬ領域』に踏み込み、命を落としている」

 

 重々しい口調たが、そこに何かが滲む。

 

「――百代目聖女と妻も、その当事者だった」

 

 ソルフィーユは、息を呑む。

 声が出ない。

 隣では、リュミエルだけが真っ直ぐに父を見つめていた。

 その瞳は揺れない。

 逃げることなく、事実を受け止めるように。

 重い沈黙が、室内に満ちていった。

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