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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
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決別の日

 エルディアス辺境伯に別れを告げ、屋敷を後にした。

 リュミエルには、あと数日ほど実家で過ごしてもよいのではと勧めたが、やんわりと断られてしまった。

 ――きっと、この旅で得たものがあったのだろう。

 

 私自身も、得るものはあった。

 戦闘の感触。

 体格差が数倍ある相手とも渡り合える――その確信。

 だが一方で、分からないことの方が多い。

 

 トロールもどきの正体。

 悪魔の目的。

 そして――真なる聖女。

 答えはまだ遠い。

 

 それでも、大聖都ミレニアへ戻れば、何かに辿り着けるかもしれない。

 

 ――たとえ、その先で命を狙われることになろうとも。

 

 屋敷を出て、ギルドの前へ向かう。

 

 すると――

 

「ニャ〜! ソルフィーユ、リュミエル! 奇遇だニャん!」

 

 満面の笑みで現れたのは、ナナイだった。

 

「ナナイ。ギルドで報酬は受け取れましたか?」

 

「これニャ!」

 

 誇らしげに掲げたのは、ぱんぱんに膨らんだ袋。

 中身を主張するように、重たげに揺れている。

 

「一生遊んで暮らせるくらいは入ってるニャ!」

 

 どこまで本気か分からない台詞だが、満足しているのは間違いない。

 

「ナナイ殿は、このまま冒険者を続けるのですか?」

 

 リュミエルが問いかける。

 

「もしフォルキアに残っていただけるなら、非常に助かるのですが」

 

 その声音には、はっきりとした期待が混じっていた。

 ナナイの実力を、高く評価しているのだろう。


「いんニャ〜。アタイも、やりたいことができたから帰るニャ」

 

「カレドニア帝国に、ですか?」

 

「そうニャ。また会えたらいいニャ」

 

 あっけらかんとした言い方。

 だが、その目の奥に迷いはない。

 

「ええ。私たちも大聖都ミレニアへ戻ります」

 

 ソルフィーユは微かに微笑む。

 

「もし遊びに来てくれたら、歓迎しますよ」

 

「それは楽しみニャ!」

 

 ナナイは素直に頷き、取り繕うことのない喜びだった。

 

 彼女とは短い付き合いだった。

 だが、濃い時間でもあった。

 騒動は多かったが、戦闘では頼りになり――

 何より、あの場で命を救われた。

 

 ソルフィーユは手を差し出すと、ナナイも応じ、固く握り返した。

 

「ニャハハ。聖女様と握手ニャ。いい土産話ができたニャ〜」

 

「ガルドと次に会ったときは、仲良くしてくださいね」


「元から仲が良いニャ」

 

「それではナナイ殿、達者で」

 

「リュミエルも元気でニャ〜!」

 

 ナナイは軽やかに手を振る。

 そして踵を返し、町の出口へと歩き出した。

 振り返ることはない。

 その背中が、次第に人混みに紛れていく。

 ――それでも、不思議と遠く感じなかった。

 また、どこかで会う。

 そんな予感だけが、静かに残っていた。


湖畔近くの宿へ戻ると、テーブルを囲んで月下の牙の面々が集まっていた。

 

「ただいま戻りました」

 

「お帰り、ソルフィーユ様」

 

 ライナーが顔を上げる。

 

「領主様とギルド長との話はどうだった?」

 

 ソルフィーユは頷き、簡潔に要点を伝えた。

 真なる聖女に関する話題は伏せ、

 トロールもどきと悪魔についての情報だけを共有する。

 話を聞き終え、ライナーが腕を組んだ。

 

「……ギルド本部や国が動くレベルだな」

 

「そうじゃな」

 

 バロックも重々しく頷く。

 

「フォルキア領で起きたことが局地的なものとは思えん。他の地域でも、同規模の異変が起きておる可能性が高い」

 

 一度、全員を見渡す。

 

「ここに留まっても得られる情報は限られるじゃろう」

 

 静かに結論を置く。

 

「聖王国へ戻り、情報を集めるのが得策じゃな」

 

 その言葉に、誰も異を唱えなかった。

 すでに、進むべき方向は定まっていた。


 

 ――それから一日をかけ、出立の準備を整えた。


 フォルキア領を発ち、バードリー領を抜けて王国管理地へ――。

 順調に進めば、およそ一か月で到着する見込みだ。


 今回の旅は三か月契約。

 日程的にも、ちょうど収まる計算になる。


「ソルフィーユ様、忘れ物はありませんか?」


 リュミエルが荷をまとめ終え、最後の確認をする。


「大丈夫です。明日は予定通り出発できます」


 ソルフィーユは頷き、問い返す。


「リュミエルこそ、やり残したことはありませんか?」


「……私は、大丈夫です」


 わずかな間を置いての返答。

 だが、それ以上は何も言わなかった。


「そうですか」


 ソルフィーユは敢えて深くは踏み込まない。

 彼女は子供ではないし、ここに来る前の暗さに比べると、今は自信がついているように見える。

 あとは彼女次第なのだ。


「今夜は打ち上げがあります。ギルド併設の食堂に集合とのことです」


「楽しみですね」


 リュミエルが微かに微笑む。


 出発前の、束の間の静けさ。

 その時間が、ゆっくりと流れていた。


 ――その夜。


 ギルド併設の食堂は、宴の熱気に包まれていた。


 南フォルキアへ向かった冒険者で、生きて戻ったのは月下の牙を含め十名のみ。

 だが西フォルキアの部隊も合流し、百名を超える人々が集まっていた。


 店内は満席。


 外にも急ごしらえの卓と椅子が並べられ、酒と笑い声が夜を満たしている。


 共同討伐の達成。

 その名目で開かれた宴だった。


 ――そして。


 ソルフィーユは、代表として、亡くなった者たちへ祈りを捧げる。 


 魂の安らぎを願い、静かに目を閉じた。

 歓声の中に、ほんのわずかな静寂が落ちる。

 やがて、再び喧騒が戻った。


「あの〜……聖女様」


 食事を取っている最中、遠慮がちな声がかかる。

 顔を上げると、見覚えのある男が立っていた。


 ――誰だったか。

 一瞬考え、すぐに思い出す。


 グラン=テルムへ入る前、リュミエルに殴られていた男。

 確か、マイコーという名だった。


「どうかなさいましたか?」


「あ、はい……その」


 落ち着かない様子で視線を泳がせる。


「リュミエルの姿が見当たらなくて……ご存知ないかと思いまして」


「私も探しているのですが、朝から見ていません」


「……そうですか」


 マイコーの表情がわずかに曇る。


「伝言があれば、お伝えしますが」


「い、いえいえ! 聖女様にそんなことは……!」


 慌てて手を振ると、マイコーはそのまま小走りで食堂を出ていった。


 喧騒の中に、その背中が消える。


 ――リュミエル。

 いったい、どこへ行ったのだろうか。


 ▽


 湖畔。

 南とはいえ、冬の夜気は容赦なく冷たい。


 一枚羽織ったリュミエルは、波打つ水面を背に、ただ一人で立っていた。


 ――砂を踏む足音が近づく。


「リュミエル。呼び出して、何の用だ」


 振り向くと、そこに立っていたのは、ノクティエル。


 西フォルキアの討伐を指揮した男。今や領内での影響力も、無視できない位置にある。


「……お兄様」


 リュミエルは、静かに口を開いた。


「私は、明日ここを発ちます」


「そうか。もう二度と会うこともあるまい」


 淡々と続ける。


「お前も、母上と同じ運命を辿るだろう」


 冷えた言葉。

 だが――リュミエルの瞳に宿る火は、揺らがない。


「いいえ」


 はっきりと否定する。


「私は母の意思を継ぎ、必ず戻ってきます」


 そして一歩、踏み出す。


「お兄様は父上の意思を継ぎ、このフォルキア領を守ってください」


「……ふん。言われるまでもない」


 短く鼻を鳴らす。


 沈黙が流れると、湖面が揺れ、風が二人の間をすり抜けた。


「――最後に」


 リュミエルが口を開く。


「一勝負、していただけませんか」


 手にしていた模擬刀を放る。

 砂地に突き立ち、鈍い音を立てた。


 ノクティエルはそれを一瞥し、無言で剣を取る。

 そして、刃先がまっすぐリュミエルへ向けられた。


「最後に手合わせしたときのこと、覚えているか? お前は負けて、この町を出ていった。今回も同じだ。俺に負けて、泣きながら出ていく姿が目に浮かぶ」


 挑発。

 だがリュミエルは、微動だにしない。

 ただ、剣を構えた。


「参ります」


 砂を踏み込み、上段から振り下ろす。

 単調な軌道。

 ノクティエルは一瞬で見切り、刃を滑らせて受け流した。


 ――成長がない。


 そう断じ、踏み込もうとした瞬間。

 間合いが消えた。


 リュミエルの体が、剣の振れない距離へ入り込んでいる。


 その手に、模擬刀はない。

 代わりに――拳。


 視界の端から、ゼロ距離のフックが突き上がると、鈍い衝撃。


 顎を打ち抜かれ、脳が揺れる。

 足元が崩れ、意識が遠のいた。


「……ずるいぞ」


 尻もちをつき、立ち上がれないノクティエル。


「剣での勝負ではないのか」


「剣で勝負するとは、一言も言っていません」


 リュミエルは答える。


「私はこの町を出て、守るだけでは、勝てないと知りました。私は――どんな手を使ってでも、ソルフィーユ様を守ります」


 ノクティエルを見下ろす目。

 蔑む目ではなく、決断の目。


「聖騎士として、その道を歩みます」


 短い沈黙のあと、ノクティエルは口を開く。


「……勝手にしろ」


 ノクティエルはリュミエルから視線を外して言う。


「誰も止めん」


「はい。勝手にします」


 リュミエルは小さく頷く。


「それでは、お兄様。さようなら」


 背を向け、足取りは迷いなく真っ直ぐ歩きだす。

 ギルドの方角――賑やかな声のする方へと歩いていった。


 その背中を、ノクティエルは見送る。

 やがて視界から消えたところで、ぽつりと呟いた。


「……『さよなら』と言われて、どの顔で食堂に行けばいい」


 苦い自嘲。

 負け、別れを告げられた直後だ。

 それでも向かわねばならない。

 あの喧騒の中へ。


 湖面に、月が揺れている。

 ノクティエルはその光を見つめながら、ふと、母の微笑を思い出した。

 そして、さよならの意味を何度もノクティエルは考えた。


 静かな夜だった。

 グラン=テルムの夜は、まだ長い。



 



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